笑ってみろと言われても
春の到来とはいってもまだまだ夕暮れ以降は寒い季節、仕事から帰ってきたばかりのリヴァイさんにと淹れた、暖かいミルクティーの入ったマグカップを両手で包み持ってリビングに戻った私は、室内を吹き抜ける風の冷たさにヒッと肩を竦めた。 見れば、ついさっきまでソファに座っていたリヴァイさんの姿は室内に無く、庭に面した窓が開き、カーテンが風に靡いてる。
「り、リヴァイさんっ?」
カップの中身を零さない様にしながら、窓へと歩み寄った私は、庭先にしゃがみ込んでいる特徴的な髪型の後姿にホッと胸を撫で下ろした。 私の声に気付いてクルリと振り返った顔はいつも通りの仏頂面で、思わず笑ってしまう。 悪い意味じゃなくて、安心してなんだけど、そんな私を見たリヴァイさんはキュッと眉を顰めた。
「おい、マホ。何笑ってやがる」 「いやぁ、なんか、リヴァイさんはやっぱりリヴァイさんだなぁとシミジミ……」
何言ってやがる……と呆れた顔をしながら、リヴァイさんはスクリと立ち上がってこちらへと戻って来た。
だって、さっきまで居た場所から忽然と消えたりされたらどうしても、“その時”が来たんだと連想してしまうから……。ちゃんとそこにリヴァイさんが居る事に、とんでもなく安心してしまうのだ。
「ん?」
段々と距離が近付くにつれ、リヴァイさんが右手に何か持ってるのに気付いた。
ああそれで、リヴァイさんはさっき庭にしゃがんでたのか。今まで庭にあるのを見た事は無かったけど、どっかから種が飛んできたのだろうか。
リヴァイさんが手に持っていたのは、黄緑色の茎の先端に華やかな黄色を咲かせた1輪のタンポポだった。 それをヒョイと掲げてリヴァイさんは至極真面目な顔で言う。
「お前に似てる」 「はい?」 「この花がお前に似てると……」 「いやすみません、全然意味が分からないですが……」
これはあれか、“君は花のように美しい”的な意味なのか。いや、リヴァイさんに限ってそんなキザったらしい事を考えるとは思わない。 おそらく深い意味なんてなくて、何となく私をイメージしてくれた的な事なんだろう。
「押花にして持ち歩こうかと思った」 「何ですかその乙女な発想」
リヴァイさんらしからぬ発言だけど、“私”をイメージしてくれた花を持ち歩くなんて言ってくれるのは悪い気はしない。 なんとなく春のフワフワホワホワした気分に浸っていたら、バタバタと賑やかな足音が二階から降りてきた。
「マホ!親父からカメラが送られて来たから皆で写真……」
ピカピカのカメラを手にリビングに顔を出したエレンが、リヴァイさんの手元を見て驚いた様に目を見開いた。
「おおっ!!花持ってるじゃないですかリヴァイ兵長!丁度良いからマホとリヴァイ兵長の2ショットを先に撮らせて下さい!!」
何が丁度良いのかは分からないが、ニコニコしてエレンは私とリヴァイさんに横に並ぶ様指示してくるので、当然リヴァイさんが動くはずもなくて、私がリヴァイさんの隣へと移動する事になる。 エレンから少し遅れてリビングに顔を出したアルミンとミカサも、リヴァイさんの手の中のタンポポに不思議そうな顔をしている。
「撮りますよ……って、リヴァイ兵長!!何でそんな不貞腐れた顔なんですか!!笑って下さいよ!」 「馬鹿言え。俺は元々こういう顔だ。笑ってみろと言われても困る」 「人相が悪すぎる。表情筋をもっと鍛えるべき」 「おいミカサ。てめぇには言われたくねぇぞ」 「で、でも僕は、その方がリヴァイ兵長らしくて良いと思いますよ」
アルミンの優等生発言に、エレンも納得したのか、結局リヴァイさんはタンポポを持った仏頂面で、私だけが笑っている−よく考えたらマグカップを持ったままっていうシュールな構図だけど−写真がシャッターに収められた。
その後でやっぱり“何でリヴァイ兵長はタンポポを持ってたのか”という話題になって、だいぶ温くなったミルクティーを啜りながら堂々とさっきの乙女発言を繰り返すリヴァイさんの顔は相変わらずの仏頂面だった。
「ん〜……俺には、タンポポとマホってのが全然分かんねーけど……」
私も分からない、分からないけれど、エレンが「絶対違うだろ」的な顔で、私とタンポポを交互に見てくるのは何だか複雑だ。
「私にも良く分からない。けど、そういう感情は悪くない……と思う」
珍しくミカサがリヴァイさんの発言に賛同する形で、瞳を輝かせている。そんなミカサの隣でスマートフォンを弄っていたアルミンが、「あ、あったあった!!」と、嬉しそうな声を上げるので、皆の視線が一斉にアルミンに集まった。
「おいアルミン。何が『あった』んだ。押花の簡単な作り方か?」 「え、違いますよ、すみません。タンポポの花言葉を調べてて……」 「花言葉?」
思わずオウム返しした私に、ニコリと笑ってアルミンは頷いた。
「幾つかあるみたいですけど、代表的なのは、『神託』『真心の愛』それから……」
その後を言い淀むアルミンを促す様にジッと見つめてみれば、青い瞳を伏せて女の子みたいな可愛らしい口元からポソリと申し訳程度の声が聞こえた。
「……『別離』です」
その言葉に、ドクン、と胸が騒いだのは私だけじゃなかっただろう。 リヴァイさんの手に持たれたタンポポの黄色い花がプルルと、微かに震えた。
タンポポの花を私に似てるのだとリヴァイさんが思った理由は最後まで分からなかったけれど、『真心の愛』も『別離』も確かに私とリヴァイさんに繋がってて、見えない未来は『神託』に任せるしかないのだと、そう思わされた夕暮れだった。
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