たまには俺に守らせろ


ゲホゴホとベッドの上で苦しげに咳込んでいるマホの周りを、使用人達が飲み物を運んだり、タオルを用意したりと、忙しなく動き回っている。汗ばんで赤らんだ顔で、それでもマホは心配そうに我が子に視線をやる。
まだ赤ん坊でありながらも、母親の具合が悪い事に気が付いているのか、使用人の腕に抱かれたまま泣きもせずジイとマホを見つめていた。

「マホが風邪……だと?」

その状況をリヴァイが知ったのは、当然自宅に着いてからで、一人分の食事を用意している使用人を咎める様に睨み付けた。
そんなリヴァイの視線に気付いているのか、料理を並べる使用人の手元は少し震えている。

「朝から少し具合が悪そうだったのですが……」

完全にベッドで横になったのは昼過ぎだったと言う使用人の言葉に、悔しげにリヴァイは下唇を噛んだ。
よくよく思い返せば、今朝方のマホは少し元気が無かったし、もっといえば昨晩、寝る前にも咳をしているのを聞いていた。
もしその異変に気付いてやっていれば、もっと早くに回復していたかもしれないし、看病だってしてやれたのに……
そう思うと、1人で食卓に着いているこの時間すらも勿体無く感じて、一口も料理に手を付けないまま、ガタッとリヴァイは徐に立ち上がった。
後ろに控えていた使用人が、緊張した様子で目を見張り息を呑んだ。その空気を感じ取ってリヴァイは、彼なりの精一杯の優しい声で言う。

「飯は、後でいい。アイツの様子を見てくる」

「かしこまりました」と使用人が返事をした頃には、既にリヴァイは食卓を後にしていた。

寝室の扉の前には、マホが幼い頃からずっと彼女の世話をしている使用人が立っており、その腕には赤ん坊が抱かれていた。
足音に気付き振り向いた使用人は、リヴァイの姿を認めるやいなや、強張った顔で首を横に振った。

「旦那様、今日は寝室に来ない様にと奥様は申しておられます。今晩は客室のベッドでお休みになって下さい」
「マホの様子を見に来た。いいから通せ」
「ですが……」

乱暴に使用人を押し退ける様な真似はしないものの、心配のオーラを全身から放つリヴァイの気迫に押され、使用人は渋々と扉から少し立ち位置をずらした。

いつもよりヒンヤリ冷たく感じるドアノブを回せば、ガチャと素直な音を立てて扉は開いた。
静かな室内は、どことなく空気が重く感じられて、その重みに押し潰されない様に慎重にリヴァイは一歩一歩ゆっくりと室内に足を踏み入れて行く。

「だ……れ、ってリヴァイ!?ちょっと、何で入ってきてるのよ……」

リヴァイが来た事がそれ程予想外だったのか、マホはガバッと勢い良く上体を起こしたが、朦朧としていた身体は直ぐにフラリと倒れ込みそうになる。
そんな彼女を支える様に、リヴァイはベッドに腰を下ろし弱々しいその腰に腕を回した。
ケホッと遠慮がちな咳を零してマホは悔しげに眉を寄せる。

「駄目よリヴァイ。すぐに寝室から出て」
「何言ってる。そんな事出来るか」
「移ったらどうするのよ……」
「俺は鍛えてるからな。滅多な事で風邪など引かん。大丈夫だ」
「でも……」
「たまには俺に守らせろ」

いつもは鼻っ柱が強いマホが、随分と弱々しく見える。それだけでリヴァイの胸はズキリと傷んだ。

「守らせろ……って、いつも守ってくれてるじゃない」
「守れてねぇよ。俺より強いからな。お前は」
「何それ酷い……」

そう言って唇を尖らせるマホの表情は、熱っぽく赤い頬の効果も手伝って、随分と幼く見えた。
母である姿も妻である姿も、今は鳴りを潜め、年相応の1人の少女は、縋る様にリヴァイの服の袖をキュッと掴んだ。

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