鈍感すぎるのをなんとかしろ


自分の恋人を褒められるのは嫌ではない。嫌ではないが、褒め方によっては不快にもなる。
ツバサの店内、定位置のカウンター席の一番端に腰掛けてリヴァイは、グラスの淵に唇を付けたまま、後方から聞こえる声に聞き耳を立てていた。
後方のテーブルには3人の男性客が座っており、今現在、料理を運んで来たマホを引き止めてしきりに話しかけている。

「ほんとマホちゃんの作る料理は美味いよな!」
「毎日でも通いたいぐらいだ」

称賛する声に対して、マホは控えめに笑い返してペコリと頭を下げた。

「そう言ってもらえる事が、励みになります」

確かにマホの料理は美味い。それはリヴァイもよく知っている。だが、そうやって誉める客の半数以上は下心が見え隠れしているのもリヴァイは気付いていた。

「あれ、マホちゃん?その指、切ったの?」

1人に男の声に、ピクッとリヴァイは眉を寄せてゆっくりと後ろを振り返る。
テーブルに座る3人の客の男の前に立ったマホは、右手の人差し指をピンと立てていた。

「あ、さっき、芋の皮を剥いてた時に……。鈍臭いんです。私……」

1人に男の手が伸びて、マホの人差し指をキュッと掴んだ。

「痛そう、大丈夫?」
「えっ?あ、あの、大丈夫です。お気遣い有難うございます」

今すぐ席を立って、男の手を引き剥がしたい衝動をリヴァイはギリギリのところで持ち堪えた。
此処はマホの店であって、リヴァイからしたら目障りな男でも、マホにとってはお客様なのだ。リヴァイがあの場に乱入してしまえば、困るのはマホなわけで……。
けれどもそれを黙って見過ごせるほどリヴァイは我慢強くは無い。
グラスに残っていた酒を一気に煽り、空になってグラスを頭上まで上げると、後方のテーブルに向かって怒鳴る様な声を放つ。

「おい!さっきと同じヤツを頼む」

ビクッと肩を上げて振り向いたマホは、リヴァイの鋭い視線に少し怯えた表情で、「は、はいっ」と小さく返事をした。

「すみません、では……」

テーブルの男達に向かってマホがそう言えば、渋々といった顏でマホの指を掴んでいた男は手を放した。
フン、とリヴァイは鼻息を荒くして、後方に向けていた顏を正面に戻した。


最後の客を見送り、店頭のランプを消して店内に戻ってきたマホを、グイッとリヴァイは抱き寄せた。

「リヴァイさん……?」

不思議そうな声は、彼の苛立ちなど全く気付いてはいないといった様子で、それが更にリヴァイの胸にモヤモヤとさせる。

「お前、客にベタベタ体を触らすなよ」
「えっ?そんな事してないです……よ?」
「触らせてただろうが、3人連れの客に」
「指……の事ですか?あれは私の怪我を心配して―…」
「そんなもん、お前に触る為の口実に過ぎねぇだろうが」
「そんな言い方……」

解せぬ、といった態度のマホに、キッとリヴァイは眉間の皺を深くさせて、彼女の右手首を掴んでグイッと目前まで引き上げた。
人差し指の先、白いテープが恥ずかしそうに巻かれている。その彼女の指、テープが巻かれている箇所にソッとリヴァイは唇を付けた。

「リヴァイ……さん?」

チュ……チュッと、小さなリップ音が静かになった店内にやけに響き、それはマホの体をゾクゾクと粟立たせる。

「男が女を褒める時なんざ、半分以上が下心だ」
「えっ……?」
「鈍感すぎるのをなんとかしろ。お前が客の男に厭らしい目で触られてるのを見てるのもそろそろ限界だ」
「す……みません」

心の狭い男だと、自分でも分かっていた。それでも、嫌なものは嫌なのだ。
まだ片付け途中のテーブルにトサリとマホの身体を押し倒すと、恥ずかしそうにしている彼女に至近距離まで顏を近付け、ニヤリとリヴァイは笑った。

「なぁマホ。1つ俺に提案がある。」

マホの眉が訝しげに潜んだ。

「文句を言うとか、追い出すとかは……駄目ですよ……?」
「そんな事はしねぇよ。次から、お前をエロい目で見てる客の料理は俺が運ぶ」
「えっ!?そんな、リヴァイさんに給仕なんてさせられません!毎日お疲れなのに……」
「あんな場面を何度も見せられると余計疲れるんだよ」
「でも……」
「それとも何か?お前は俺が心身共に疲れていくのが嬉しいのか?」
「そ、そんなわけ……」

ブンブンと横に振られたマホの首を、ス、と抑え、リヴァイは彼女の唇にチュッと吸い付いた。

「なら、決まりだな」



それからしばらく、ツバサの店内では

「ええっ!?マホちゃんが運んで来てくれると思ったのに〜……」
「味は同じだろうが。文句あるなら食うな」

という、客とリヴァイとのやり取りが頻繁に飛び交うようになるのだった。

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