何で俺にだけ内緒なんだよ


「ぎゃああああ!!」

浴室の方からマホの何とも色気の無い悲鳴が聞こえてきて、反射的に俺はソファから立ち上がった。

「おい、何があった」

色気の無い悲鳴だろうが何だろうが、マホの身に何かあった事には間違いないだろうと思い、すぐ様浴室に向かおうとしたが、そんな俺の前にバッとミカサが立ち塞がった。
真っ黒い瞳がジトリとこちらを睨み付けてくる。

「幾ら恋人でも、風呂場を開けられるのは抵抗があると思う。ので、私が行く」

そんなもん知るかと言ってやりたかったが、グチグチと言い合いになるのも面倒だ。早くマホを助けてやりたいという思いも手伝って、ミカサの意見を尊重する事に決め、俺を睨み付ける瞳に向かってゆっくりと1度、頷いた。
ノシノシと浴室の方へと歩いて行くミカサの背中を成す術も無く見送る俺の周りにも、いつの間にやらガキ共が集まって来ていた。

浴室、正確には脱衣所だろう。扉の向こうで何やらマホとミカサがボソボソと話してる声が聞こえていたが、内容までは分からなかった。ただ、何となく声のトーンからしてさほど緊急事態というわけでは無いだろうとは予想が付く。だからといって気にならないはずもなく、雑音の様に耳に届くボソボソ声にウズウズとした苛立ちが沸き上がって来ていた。
と、そんな俺の心情を察したみたいに脱衣所の扉が開き、いつも通りの愛想の無い顏をした(俺も人の事は言えないが)ミカサが出てきた。

「おい、マホは何だったんだ?」

すぐ様そう尋ねる俺に、ミカサは抑揚の無い声で返答する。

「別に大した事じゃない。ただ―…」

その続きをミカサが発する前に、もの凄い勢いで脱衣所の扉が開き、髪も半渇きでかろうじてパジャマだけは着たマホが泣きそうな顔でミカサに飛びついてきた。

「い、言っちゃだめ!ミカサ!!」
「駄目?」

マホの必死の形相に、少し怪訝そうにしているミカサの数倍俺の顏は不機嫌になっていた事だろう。
そして、そのマホの言動が他のガキ共をも刺激した。

「おい、何だよマホ!俺達にも教えろよ!」
「そうだジャン!もっと言ってやれ!自由の翼に隠し事は無しなんだぞ!」
「そうですよ!教えてくれないなんてひどいです!」
「み……皆、マホさんにも言いたく無い事ぐらい―…」
「いや、それでも言うべきだろ!教えろよミカサ!!!」

グイ、とエレンがミカサの腕を掴んで引っ張り、ミカサはエレンがらみの時だけに見せる乙女染みた表情で瞳を揺らした。

「マホ。エレンが教えろというのを私は無視出来ない」
「うっ……せ、せめてリヴァイさんには言わないで……」
「は?おい……」

マホの口から出た聞き捨てならない発言に、思わず突っ込みをいれてみるも、マホは何故か恥ずかしそうに俯きやがるし、ミカサは早速と手でメガホンを作りエレンの耳元に近付けると、コソコソと耳打ちしだした。
それを聞いたエレンは意外そうに目を見開き、俯いているマホをチラリと見遣った。

「別にそんな事どうでもよくねーか?」
「私もそう思う。でもマホがチビには言うなというなら可哀想だから言わないであげた方が良い」
「お、おい!俺達にも教えろよ」
「大丈夫です!兵長には言わないですから!!」
「俺馬鹿だから分かんねーけど、多分大したことじゃないんだろ?でも教えてくれ!!」
「ねぇ、ミカサ。僕の勝手な予想だけど……」

そう言ってアルミンが今度はヒソヒソとミカサに耳打ちし、ミカサはその通りという様に大きく頷いた。
その間にエレンがジャンに同じ様に耳打ちし、ジャンがコニーに、コニーがサシャに……と府伝言ゲームの様な図が出来上がっていた。
そして誰もが意外そうに一度マホを見て、男共に関しては理解出来ないといった感じで首を傾げている。

コイツ等には同じ場所に俺がいるという認識はあるのだろうか。
あから様な仲間外れに、イライラが頂点に立っして俺はグイッとマホの肩を掴んだ。

「おいこらマホ。何で俺にだけ内緒なんだよ。教えろ」
「やっ……さ、触らないで下さい!!!」

泣きそうな声でそう言って、マホは俺の手を振り払ってきた。
それは大した力じゃないはずなのに、俺の手は簡単にマホの肩から滑り落ちた。
ハッとした様に俺の顏を見て、マホはバツが悪そうに瞳を泳がせ、下唇を噛んでいる。
それほど、俺が悲愴な顔をしてたんだろう。
何せ、マホに拒絶されるなんて事は俺の中で有り得ない事で、そのショックで既に全身から血の気が引いている。

マホと出会うまでに、関わってきた女の数は人並みにはあると思う。
惚れた腫れたと近付いて来て、親密になったかと思ったら、心変わりがしたと離れていった女もいた。
それでショックを受けた事も、引き止めようと思った事も、今まで一度も無い。
人の気持ちは変わるもので、それは仕方ないと思っていたし、俺自身がそこまで1人の女に惚れ込んだ事も無かった。

マホが、初めてなのだ。
表情1つでこんなに感情が左右される事も。
拒絶されて絶望を感じる事も。
隠し事をされて苛立ってしまう事も。

「……俺に知る権利はないのか?」

そう告げた自分の声の、余りの弱々しさに胸が苦しくなった。
依然、赤い顏をしたままのマホも、弱々しく俺を見つめる。

「ち、違います。そうじゃなくて……」
「じゃぁなんだ。ガキ共には言えて、俺には言えないのは、お前自身が俺を拒絶してるからじゃないのか」
「ち、違うっ……」

ブンブンとマホが首を横に振って必死な顔で訴えてくる。
そんな俺達の周りで、コニーやサシャが「そうじゃないんですよ!」「だからっ……」と何か言いたそうにしてるのがチラチラ視界の端に映ったが、今はもう、マホ以外からは聞きたくないと、頑なに思っていた。

「マホ。そうまでして隠す意味があるとは私は思わない」
「そうだぞ!大体な、リヴァイ兵長がそんな事でマホの事を嫌がるわけねぇだろ」
「そうですよ。このまま内緒にする方が後生です」

ミカサ達が口々に放つ言葉に、マホはモニョモニョと困った顏で唇を揺らした。
よく分からないが、エレンの言葉から察するに、マホは俺に嫌がられると思って内緒にしているのだろうか……と考えて、何か言ってやろうと俺は困った顏をしているマホをジッと見つめた。

「おいマホ。何をそんなに隠したいのか理解できねぇが、俺がお前を嫌う事は絶対にない。例えばだが、お前の股から突然男のモノが生えてきたんだと言われたとしても、お前を愛する自信がある」

我ながら良い例えだと思ったが、バッと更にマホの顏は赤面し、真後ろからジャンの「ちょっ!なんちゅー事言ってんすか!アンタ!!!」と、焦った様な突っ込みが飛んできた。
有り得ない例えをしたつもりではあったが、目まで血走らせる勢いで真っ赤になっているマホを見てると、一握の不安が俺の中に芽生えてくる。

「お、おい。まさかお前、本当に男の―…」
「ち、違いますよ!!!そんなわけないです!!」
「じゃぁ何だよ。いい加減話せ」

言って再びマホの肩をグイと掴むと、今度はその手を振り払われる事は無かった。

「ちょ、ちょっと耳貸して下さい……」

それでも恥ずかしそうにボソボソというマホに、不覚にもドキッとさせられながら、俺はプルルと震えている口元に耳を持っていってやった。

コショコショと小声で囁く声が放つ吐息が俺の耳をゾクゾクと擽る。

(た、体重が、ちょっと増えてたんです……)

余りにも可愛すぎるその告白に、ガキ共がいるのも忘れて俺は、全く太ったとは思えないその体を思い切り抱き締めた。

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