交友関係広げろ俺以外見るな


仕事を終えて帰路に就いていたリヴァイは、駅近辺の大通りを忙しなく行き交う人々の姿に、ふと、視線を止めた。
仕事帰り風のOL達が楽しそうに並んで歩いていたり、何かの打ち上げだろうか、数人の男女グループが既に赤らんだ顏で盛り上がっていたり、幸せそうにデートをしているカップルがいたり……。そう、丁度マホぐらいの年齢の、働き盛り、呑み盛り、遊び盛りの女性達が、夜の帳が下りてきた街中に招かれる様に増えてくるのだ。
そんな女性達の姿とマホの姿は、余りにも違い過ぎて、本来マホが望む日常というのは一体何だろうか……とふと、疑問に思うのだ。
仕事を辞め、アパートの大家として日々住人達の為に甲斐甲斐しく家事をこなすマホ。それが彼女の日々の日常で、たまに友人と遊びに行く事も殆ど無い。
勿論、彼女がそんな日常を不満そうにしている素振りなど全く見られないが、こういう街並みを目にすると、リヴァイは心のどこかで(本当にマホは今の日常に満足しているのだろうか)と疑問を抱くのだった。


「あ、リヴァイさん。お帰りなさい。お疲れ様」

リビングに足を踏み入れればすぐに、その声と共にキッチンから出迎えてくれるマホの姿に、一気に疲れも飛んでしまう程の安らぎを感じながら、リヴァイはマジマジと彼女の顏を見つめた。

「ど、どうしたんですか?私の顏に何か付いてます?」

落ち着かない様子でオロオロとするマホに「いや……」と返して、キョロキョロと動いていた彼女の頭にポン、と手を置いた。

「お前は、この生活に不満は無いのか?」

リヴァイからの問いが全くの予想外だったのか、マホは黒い瞳を何度もパチパチと瞬かせた。

「え、えっと?不満って、日本の経済事情とかそういうレベルの話ですか?」
「そうじゃねぇよ馬鹿。遊びに行ったりとか、殆どしないだろ、お前……」
「そう……です?皆で色んなところに行ってるとは思うんですが……?」
「そういうのじゃなくて……友人と会ったりとか全然しねぇだろ」

マホの眉が僅かに下がる。

「あー…その、友人とかは皆仕事してる娘達ばっかだし、微妙に距離を感じたりしちゃうんですよね」

アハハ……と乾いた笑いを見せるマホの姿が痛々しく、リヴァイの胸を締め付ける。

「お前だって、立派にアパートの大家として働いてるじゃねぇか」
「いや、でも私の場合はちょっと特殊ですし。でも、そっか。リヴァイさんの目から見て私って友達がいない寂しい女に見えてました?」
「そうじゃねぇが……。毎日家事に追われてるとストレスも溜まるだろ。もっと交友関係を広げろよ」

別にそんな事まで言うつもりは無かったが、自己犠牲気質のマホに、やんわりと言っても無駄だろうとリヴァイは思っていた。それプラス、少し良い彼氏というのを演出してみたかったのかもしれない。
そんな自己満足で放ってしまった言葉に、リヴァイは直後に後悔する事にる。
真っ直ぐな瞳でリヴァイを見ていたマホが、彼の言葉にホッとした様に笑った。

「リヴァイさんがそこまで言ってくれるなら、断ろうと思ってたけど行ってきます」

先程までの勢いは何処へやら、たちまちリヴァイの眉が訝しげに歪んだ。

「行くって何だ?何処に行くつもりだ?」
「実は今日、中学の頃の同級生から連絡が来て、同窓会に声を掛けてもらってたんです。でも、夜からだし他県だし、そうなるとアパートを一晩留守にする事になるから、無理だな……って、え、あ、あの、リヴァイさん?」

ギラギラと怒りを湛えた灰色の瞳が自分を睨み付けている事にやっと気付いて、マホは不安そうにリヴァイの名を呼ぶ。

「泊りがけで同窓会?そんなもん行って良いわけねぇだろ」
「いや、あの、泊りがけじゃなくて、遅くなるから実家に泊まろうと思ってるんですが……」
「そんな小さい事はどうだっていい。お前が一晩アパートを空けるのが問題だ。行くな。断れ」
「えっ……さっき交友関係を広げろって」
「前言撤回だ。俺以外見るな」

余りに身勝手な命令だ。
それなのに、そんな恋人の独占欲が少し心地良いと思ってしまうあたり、私も重症だとマホは心の中で思うのだった。

「同窓会ってのは男も来るんだろうが」
「そりゃ、来ますけど……」
「許可出来るわけねぇだろ。どうしても行くなら俺も着いて行く」
「いやそれ、KYにも程がありますから」

行くな行くなとしつこい恋人に苦笑して、マホはせっせと夕飯の準備をしながら言う。

「少なくとも私は、この日常に幸せを感じてますよ」

湯気の立つ鍋を覗き込んで彼女は幸せそうに笑った。

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