俺が悪かったからそんな顔すんな
マホが正式に調査兵団の兵士となってから3ヶ月が過ぎた。 元より彼女の物腰柔らかな性格は、人受けがする。 まだ憲兵団所属だった頃は、積極的に関わるのは幹部クラスの人間ばかりだったが、今となっては兵歴や役職問わず、調査兵団内で彼女と話す兵士は多くなっていた。 その日も、リヴァイが通りがかった渡り廊下で、1人の兵士に何やら声を掛けられているマホがいた。普段ならさして気にはならないのだが、その兵士が“男”であった為に、ピクッとリヴァイは眉を寄せて、廊下の影に隠れる様にして少しずつその方へと距離を詰め、2人の会話に耳を傾けていた。
「この間マホがくれたお菓子、美味かったよ、ありがとう」 「ほんと?良かった……」 「また余ってたら分けてくれよ」 「勿論!また今度内地に行った時に買ってくるね」 マホの言葉に、兵士は嬉しそうに笑って「宜しく頼むよ」と告げ、その場を離れて行ったのだが、離れる直前にマホの肩にポンと手を置いていったのを、リヴァイはしっかりと見ていた。 既に彼の表情には黒い影が差していたが、マホが嬉しそうに笑って男性兵士の背中を見送っている事に更に表情はドス黒さを加速させる。
「マホ……」
身を潜めていた廊下の影からヌッと姿を現したリヴァイの声は、地底から這い上がってきたかの様に低く、それに驚いてマホはビクッと肩を跳ねさせた。
「リヴァイさん?あ……の、何か怒ってます?」
元より彼の目付きは悪いが、恋人であるマホの目からは、不機嫌のオーラがしっかりと見えていた。 リヴァイは、普段よりやや大股でマホの前まで来ると、大して背の変わらない彼女を上から睨み付ける様に軽く顎を突き出した。
「お前は男に菓子を渡して気を引きたいのか?」
リヴァイの口から出た冷たい言葉は、マホの頭をハンマーで殴り付ける様な衝撃を連れて来る。
「え……何、言ってるんですか……」
シュンと眉を下げてそう返したマホ顔には、隠しきれないショックの色が浮かんでいた。 マホがどれほど菓子が好きか、そして、自分が買った菓子を人に渡す事にどれだけ喜びを感じておるか、それはリヴァイも良く知っている。 先程の兵士とのやり取りだって、深い意味など無い事も分かっている。 けれど、それでも、胸奥から溢れるドス黒い感情は、なかなか消えてはくれないのだ。
「男に触られて嬉しそうにしてんじゃねぇよ」
その相手がリヴァイにとって部下だろうが上司だろうが同僚であろうが、マホと絡んでいればその瞬間は、“男”という生き物でしかない。
「嬉しそう……って、それは、お菓子を喜んでもらえたから……」
言いながら語尾に力が無くなっていき、とうとうマホは泣きそうな顔で俯いた。 そんな彼女の姿に、自分自身の大人気の無さに、チクリと胸が傷むのをリヴァイは感じた。 今迄自分が、付き合ってきた相手に対してここまで独占欲や嫉妬心を剥き出しにしてしまう事など無かった。逆に言えばそれ程マホが大切という事なのだが、その所為で余計にマホを苦しませてしまう。 その遣る瀬無さにチッと舌打ちをすれば、それでさえもマホは怯えた様子でビクッと肩を震わせた。
違う……こんな顔をさせたいわけじゃない……
グッと握っていた拳を広げて、本来の目的を思い出したかの様に、リヴァイの手はマホの髪を優しく撫でた。
「おい……」 「あの、リヴァイさん。怒らせるような事して……ごめんなさい」
まだ、何か言われると思ったのか、下がった眉で懸命に許しを乞う彼女の姿に、リヴァイは白旗を振った。
「俺が悪かったからそんな顔すんな……」
愛する者が悲しんでる顔など、どうして見たいわけがあるだろうか。
「で、でも、ごめんなさい」
それでもまだ謝ろうとするマホをリヴァイはソッと抱き寄せた。 まだ業務中だとか、此処が人の行き来の多い渡り廊下だとか、そんな事は今のリヴァイには些細な事でしかない。
マホが、恥ずかしそうに笑うまで、リヴァイの腕はマホを抱き寄せたまま離れなかった。
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