「兵長。好きです。これ、受け取って下さい!!」

「そんなくだらねぇ事言ってる暇があったら訓練に専念しろ」

私の一世一代の告白は、受け取ってもらえなかったチョコレートと一緒に砕け散った。



訓練生の頃から憧れていたリヴァイ兵長の所属する調査兵団に入団した年、まだまだ青い考えと、トキメキいっぱいの恋への憧れで、女性が想いを告げる日として定められた日にかこつけて、小さな箱に手作りのチョコレートを詰めて告白して、そしてあっさりフラれた。

眠る前に、過去の失態を思い出してうわぁぁっと恥ずかしさで枕に顏を埋める出来事があるとしたら、間違いなく私はこの告白の件だろう。

新兵だった故に考えが甘っちょろかったのだと、その時に私は実感した。
まぁ、たった1年前の出来事なのだけど、当時の私にはいい薬になったと思う。
その日から、恋への甘い幻想なんてものは捨て去って、毎日ひたすら訓練に励んで、壁外調査では率先して巨人に立ち向かってたら、討伐数も討伐補佐数も同期から一目置かれる程に増えて行った。
強くなったのか、失恋の悲しみを紛らわしたかったのか……
どちらにせよ、あの失恋事件が結果として私を兵士として成長させてくれたのには違いない。


「マホ。お前は俺と買い出しだ」
「えっ!?」

朝のミーティングで兵長が突然放った言葉に、徐に顔を引き攣らせて嫌そうな声を上げた私を、周りにいた兵士達が苦笑気味に見ていた。
兵長は、ポーカーフェイスの眉間に僅かに皺を刻んで私に冷たい視線をぶつけてきた。

「てめぇがこの間、箒を雑な扱いで壊したんだろうが。文句でもあるか?」
「あ、ありません……」
「なら決まりだ。支度が済んだら正門の前に来い。ああ、私服でいいぞ」
「は……い」

確かに箒を壊したのは私だ。と言ってもそれは、中庭の木に引っ掛かってたハンカチを箒の柄で取ろうとしてバランスを崩して転んだからで、雑な扱いをしたつもりは無い。
そんな言い訳が通用するわけ無いのは分かっているけれど……。
何でよりによって今日、兵長と2人で出掛ける事になるのだろうか。兵長はきっと全然全く覚えていないのだろうけど、今日は……

「最悪って顔だね、マホ!」

ミーティングが終わり、皆、それぞれの持ち場へと向かう中、ポン、とペトラが私の肩を叩いてそう言ってきた。
彼女も同期の中ではかなり優秀で、いずれは調査兵団の重鎮になるだろうなんて密やかに囁かれている。

「そんなにマホは兵長が嫌い?」

ペトラだけじゃない、殆どの兵士は私が兵長を嫌いなのだと思っている。
1年前のあの日から、なるべく兵長との接触は避けていたし、最低限の会話以外はしない様にしていた。
私が兵長にフラれたなんて誰も知らないわけで、ただただ“私”が“兵長”を嫌いなのだというのが、兵団内では周知の事実みたいになっているのだ。

だから、不意にそう聞かれるとどう返して良いのか分からなくなる。
“嫌い”だとも言いたくないし、逆に“好き”だなんて言えるはずもない。

「苦手……なだけだよ」

当たり障りの無い答えとして毎回使う言葉だった。
まぁ実際苦手意識はあるし……

ペトラはどんぐり眼をパチクリと瞬かせて、小首を傾げている。

「私は兵長の事、尊敬してるけどなぁ……。確かにちょっと目付きは悪いし、言葉足らずで粗暴なところあるけど……部下思いの優しい上司じゃない?」

そんな事は、分かってる……。

ほんの少しだけペトラに対して芽生えた反発心を振り払う様に私はぎこちなく笑って首を振った。
まだ何か言いたげなペトラの背後から、彼女を呼ぶ声がする。
振り向いてみれば、ペトラの所属する班の班長が、大きく腕を振って手招きしているのが見える。

「やばっ!!行かなきゃ!!じゃあマホ!頑張ってね!!」

パラパラと手を振って、赤茶色の髪を靡かせながらペトラは持ち場へと走って行き、私はフゥと大きく溜息を吐いた。


「おっせぇな、てめぇ。クソでも長引いたか」
「す……みません」

どんよりとした気分の所為で重たい足を引き摺ってようやく正門に辿り着けば、門柱に背を持たせて腕組みをした兵長が、不機嫌極まりない声でそう言ってきて、ますます私の気分は滅入る。
門の前には、自由の翼のエンブレムの付いた黒い外装の馬車が堂々と鎮座していた。

「時間が惜しい。早く乗れ」

言って、乗り込む兵長に続いて私も、キャビンに片足を乗せた。地面とキャビンの間は微妙な高低差があり、ヒョイと容易く乗り込める高さでは無い。
おまけにスカートだし、下手すると捲れてしまいそうだ。
片手でスカートを押さえ、もう片方の手で入口に備え付けられている取っ手を掴もうとした、その時、それよりも早く、兵長の手が私の手を掴んでキャビンの中へと引っ張り上げてきた。
一瞬でドクドクと高鳴った心臓を悟られ無いように、私は俯いて兵長と対面になる座席に腰を下ろした。

カタカタと馬車が動き出し、これからしばらくの間この空間に兵長と2人きりなのだと思うと、何をどうしたら良いのか分からず、ひたすら自分の膝を見つめていた。
不規則な揺れの続く車内は、車輪の音がやけに響くぐらいに静かで、呼吸をする事さえ躊躇ってしまいそうになる。

大体兵長は何だって私と2人での買出しを提案したんだろうか。
1年前の出来事を全く気にしていないにしろ、私が兵長を嫌っているという噂は耳にした事ぐらいあるはずだ。いくら箒を壊したのが私だとしても、2人で買出しなど、抵抗は無かったのだろうか……。

このままだと永遠に続きそうな沈黙に嫌気がさしたのか、兵長が口を開いた。

「お前は確か……18だったか」
「……18−……あ、いや、19ですね」
「そうか……」

一瞬で終わった会話のキャッチボールに、お互いの口からフゥと溜息が漏れた。
早々に会話をする事を諦めたらしい兵長は、窓の淵に肘を乗せて頬杖を付くと、車窓から見える風景に視線を向けた。
その隙を狙って……というと厭らしいけれど、私はチラリと兵長の顔を盗み見た。
端正な横顔はいつ見たって悔しいぐらいに格好良くて、それが悲しい。
“私服でいい”と言った兵長も当然私服で、兵団服とは違うラフなスタイルもとても似合っている。いつもはカッチリとクラバットが締められている襟元も、今日はザックリとした丸首のシャツで、露わになっている鎖骨の窪みはとんでもなくセクシーだ。
あんなフラれ方をして、あんなに傷付いて、それでも私は全く兵長の事を嫌いになんてなれないのだ。
いっそ嫌いになろうと、避け続けていても、その姿を見れば自然に目で追ってしまう。
ひたすら訓練に励んでも、功績を伸ばしても、恋にトキメク乙女心とやらは、しつこく胸奥に留まっている。

だからなるべく、離れていたいのに……。
こんな風に2人きりになる事は避けたいのに……。

私の気持ちなんて置いてけぼりにして、馬車はドンドンと進んで……結局、その後は沈黙が続いたまま、目的地の市場に到着した。

私より先に馬車から降りた兵長が、キャビンの中の私に向かって右手を伸ばしてくる。
また胸がドキドキするから、苦しくなるから、私はその手は取らずに、取っ手を掴んだ。

「自分で……降りれます」
「……そうか」

気の所為か一瞬、兵長の眉毛が寂しげに下がった気がしたけれど、次に見た時はいつも通りの兵長で、私が地面に降りたのを確認してスタスタと歩き出した。
市場の通りを歩く人達も今日は若いカップルが多い気がする。どこからともなく漂うチョコレートの香りが、更にこの通りを甘く演出しているみたいだ。
よりによってこんな日に、兵長と買出しなんて、惨めにも程がある。
逆にデートだと思ってみるか……いや、無理だ。兵長の足取りは全くデートな雰囲気じゃないし、おまけに全く会話も無い。
スタスタと迷いの無い足取りで歩いていた兵長が、やがて一件の道具屋の前で止まった。
店頭に、箒やモップ、叩きなんかが並べられていて、それをシゲシゲと眺めながら何が基準なのかは分からないけれど、兵長は箒と叩きを何本か選んでいる。

「あの……そんなに買うんですか?」

3本目の箒を兵長が引っ張り出したところで、流石に気になって口を挟んでみれば、兵長はさも当然といった顏で頷いた。

「お前が壊した箒以外にも、もう使い物にならねぇ箒が何本かあるからな。叩きもだ」
「そう……ですか」

兵長の買出し=掃除用品というのは、何となく予想出来ていたけれど、こんなに必要なのか……。

結局合計で3本の箒と5本の叩き、1本のデッキブラシと2個のバケツを購入して、その店を兵長は後にした。
持て、と渡された1本の箒と3本の叩きに1個のバケツをぶら下げている私は、ロマンティックとは程遠い場所に居る気がする。

「一旦馬車に置きに行くぞ」
「え、まだ買うんですか?」
「……掃除用品だけ買いにきたわけじゃねぇぞ」

兵長の買出し=掃除用品だけというのは間違いらしい。
もう終わりだと思っていた買出しがどうやらまだ続くらしい事に、手に持っていた掃除用品がグンとその重みを増した気がした。

馬車に一旦荷物を置いて、再び市場を歩いていても、兵長は何か買うというわけでも無く、足取りもさっきとは違い当てどなく歩いているという感じだ。

「あの、兵長。他に買う物は……」

いい加減痺れを切らして、恐る恐るそう声を掛ければ、ピタリ、と兵長は立ち止まった。
クル、と斜め後ろ……私の方を振り返って、ジッと見つめてくるから、また、私の心臓は煩く騒ぎ出す。

「あ、いや、あの……目当ての店が見つからないなら手分けして探しましょうか……」

きっと今、私の顔は真っ赤っかで、目玉はあっちを向いたりこっちを向いたりしてるんだろう。
ほら、兵長だって不思議な顔で私を見ている。

ああもう、走って此処から立ち去りたい。

「マホ」

そんな私の願望を余所に、穏やかな低い声で兵長が名前を呼んでくれたりするので、思わずビシッと姿勢を正してしまう。

「は、はい!」
「腹、減っただろ」
「は、はいっ……!?」


こんな事ってあるだろうか。
今私は、兵長と2人でレストラン―それも結構良い雰囲気の―に入っている。
店内は丁度昼時だからか、沢山の客で賑わっていて、やはりカップルが多い。
私達を席へと案内してくれた品の良いウェイターが、メニューを広げてニコリと微笑んくる。

「本日はバレンタインデーの特別なペアランチコースが御座いますが」

いや、もうそういう演出とか勘弁して下さい……と、ウェイターに必死の瞳で訴えても、ニコニコと全く罪の無さそうな笑顔が返ってくるだけだった。

「じゃぁそれで」
「ええっ!?」

全くいつも通りな振る舞いでシレッと答えた兵長に、思わず大きな声を上げてしまった私を、ウェイターが少し怪訝そうに見る。

「何だ。他に食いたいモンがあるのか」
「な、無いです」

他も何もメニューすらマトモに見ていない。
泣きそうな顔で首を横に振った私に、ウェイターはまたニコリと品の良い笑顔を見せてきた。

「宜しかったでしょうか?」
「……ああ」

もう、何でこんな事になってるんだろうか。
もしかして兵長は、私が以前告白した事を本当に忘れてしまっているのだろうか。だとしたら嬉しいような悲しいような……
どっちにしろ、兵長にとって私はその程度の存在でしかないのだ。
バレンタインの日に2人で出掛けても、レストランでペアコースを頼んでも、特別感なんて全く抱いてもらえない、そんな程度の存在でしかない……。

運ばれて来た料理はとても美味しそうだったけれど、どれも砂を噛んでるみたいで、味なんて分らなかった。
デザートのチョコレートケーキだけはとってもほろ苦い、失恋の味がした。
結局どの料理も私はあまり食べられずに8割ぐらいは兵長が食べてくれた。
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[mokuji]
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