「ええい、何故!何故こうも思い通りにならないのか!」 ヒステリックな蒼龍王の叫びが響く。 玉座に座りながら地団駄を踏み、背筋を伸ばすこともせず、自らの感情を好き放題ひけらかすその姿には王の威厳など見当たらず。彼を支持する者は、果たして国内に何人ほどいるのだろうか。 彼の下す決断は蒼龍の命を削るものばかりであった。そうして上手くいかないと全て周りのせいだと言う。 「お前達が腑抜けだからだ!くそっ、こんなはずではない!こんなはずではないのだ!何とかしろ!」 己の愚行を省みず、いや、気付きもせず、全てを罵倒して、責任転嫁して、丸投げして。 まさしく絵に描いたような愚王の前にホシヒメは跪く。幾度も無茶を要求されてなお従順な態度を見せる彼女に対し、隣で同じく跪いていたユウヅキにはこれ以上抑えきれない程までの怒りが胸中にあった。 「貴女も分かっているのでしょう、あの男の無能さを」 「口を慎みなさい、ユウヅキ」 王の間を後にし、二人きりになったタイミングでユウヅキはとうとう溢した。今まで共に耐えていた彼女がそこまで言うまでの状況になってしまった、その事実はホシヒメも認めていた。 白虎との共同戦線。開戦時は圧倒的に有利な状況だったはずだったのに、今や圧されているのは朱雀ではなくこちらだ。 もう蒼龍軍はもたない。 ジュデッカを突破されてしまえば朱雀は蒼龍領土へ踏み込むだろう。しかも、大半の戦力は蒼龍王の命によりこの戦いへ注ぎ込まれている。その先は明白だ。 これは、本当に蒼龍が歩むべき未来だったのだろうか。 隣で悔しげに顔をしかめるユウヅキを宥めつつ、周囲へ気を配った。誰もいない。だからこそユウヅキも口を開いたのだろう。 ユウヅキの気持ちは痛いほどに分かる。あの蒼龍王に国を任せられないと思っているのは彼女だけではないはずだ。 「ユウヅキ。それでも彼が今の蒼龍の王なのです」 「分かって……分かっています……それでも……」 「ユウヅキ」 「……!」 納得のいかないユウヅキを諫めるホシヒメの声は荒立つことなく、しかし制止させるには十分な程の迫力があった。 なによりユウヅキを黙らせたのは、彼女の眼だった。 長く共に守護者として過ごしたユウヅキには幾度か見たことのある感情がそこにはあった。 自らへの、怒り。 己の過ちを責める時の眼だ。 「ホシヒメ……貴女……」 愚策をばらまいた王でもなく、蒼龍を利用した白虎でもなく、立ち向かってくる朱雀でもなく。 この状況で、彼女の怒りの矛先は彼女自身であった。 その事実がユウヅキの勢いを削いだ。 同時に、彼女のその理由を察してしまった。何故なら、ユウヅキもあの場面にいたのだから。そして、ホシヒメのその忠誠心はユウヅキが嫉妬するものだったから。 (敵わない、私は貴女に敵わない) ルシになってまだ日が浅いからではなく、きっと日が経ったとしても彼女の怒りの理由はずっと彼女の中から消えないだろう。 押し黙ったユウヅキから顔を反らしたホシヒメは数歩前へ進み、止まった。 「これは私の過ちなのです」 その一言を呟いて、彼女は再び歩き出してその場を去った。 それに何も言い返せなかった。その背中を追い掛けて肩を掴めなかった。 残されたユウヅキは、遠くへ行くホシヒメをただ見ることしか出来なかった。 先代女王の記憶はおぼろ気だ。彼女はルシであったが死因が関係しているのだろう。 けれど、彼女が殺された時の記憶は強烈に残っている。すぐ隣にいた。隣に、いたのだ。 女王は未来予知能力を持っていた。蒼龍王は失われたと思っていたそうだが、それは些細なことだ。分かっていても、分かっていなくても、変わらない事実。 蒼龍王の即位、白虎との共同戦線、朱雀との戦争。 蒼龍を弱らせゆく要因のきっかけはただ一つ。 女王を守れなかったこと。 ―――ああ、それが、それこそが、私の過ち。 (ユウヅキと、出来ることをすると決めたのです) (さあ、来なさい、朱の魔人) (お前達を喰らうてやる) ← 戻る ×
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