気が付けばそこにいた。澄んだ青空、穏やかな風、独特な匂い、聞こえる鳴き声。周りから呆れられる程通いつめているチョコボ牧場だ。 慣れたように牧舎の方へ歩いて行くと、そこには大きく成長したチョコボが一匹いた。近付いたエースに気付き、顔を出してくる。なんとも人懐こい。エースが手を伸ばしチョコボの首元を軽く撫でれば、チョコボはクエッとくすぐったそうに鳴いた。 エースにとってここで過ごす時間はいつも心地よいものだった。こうしてチョコボと過ごせる。 そして。 「お、また来てたのか、エース」 奥から現れたのはイザナ。牧場で知り合って以降、ここへ来る度いつもエースへ声をかけてくる。 彼との会話もまた、エースがここへ訪れる理由の一つだった。なにせチョコボの話が出来るのだ。兄弟は皆エースほどチョコボへ興味はなく、会話であまり話題としては上がらない。けれど、イザナは違う。エースの話についてきてくれるのだ。それに、イザナはエースの知らないチョコボの知識を教えてくれる。魔導院に来るようになって、数少ない良かったと思えることだった。 「このチョコボ、もしかしてこの間の?」 「そうだ。凄いだろ、たった数週間でここまで育つんだぞ。そうそう、昨日もまた数匹生まれたんだ。見たいだろ?」 「ああ!」 そうして、イザナはいつもエースにチョコボを触らせてくれる。少しして彼が連れてきた雛チョコボの内の一匹をエースは手に乗せた。小さくて、毛並みがふわふわしていて、暖かい。微笑ましくて頬が緩む。 ずっとここに居たい。こうしていたい。 「なあエース、生きるのがツラいか?」 そんなイザナの言葉は正しく不意討ちだった。 何を言われたのか分からず、エースは咄嗟に何も言えなかった。恐らく顔は呆けてる。 今、イザナは何と言った? 寂しげな笑顔でイザナは続けた。 「俺もな、こうしてお前と過ごす時間は楽しかった。弟の代わりなんてもんじゃない。エース、お前と過ごすのが純粋に楽しかった」 「いきなり何を言い出すんだ、イザナ?」 いつもと違うイザナに戸惑いを隠せない。なんで、さっきまでいつも通りだったじゃないか。 (あれ?いつも……?いつもって……?) 何かがおかしい。現状、それとも記憶? 思考が正常に動かない。 「きっとお前も楽しかったんだろ?だって、こうしてここにいるんだから。エースはそういうの分かりにくいからなぁ。……そう思ってたのなら嬉しいな」 次第に世界が変化していった。 最初は空。どこまでも続く穏やかな青空は次第に小さくなっていった。まるで空が縮んでると錯覚するように白色に侵食されていき、やがて青さはエースの手のひらに収まるほどになって、最終的にそれさえも消えてしまった。 「でもな、お前はここに居たらダメなんだ」 次は建物。大きな牧舎は端からどんどん消えていった。空と同じように白色に飲まれていく。中に居たチョコボも例外ではなく、遠退く鳴き声は終いに聞こえなくなっていった。 「心地いい過去に逃げる、なんて甘えるんじゃない。お前は今を生きてるんだ、未来があるんだ。今の世界の情勢じゃツラいことが多いのかもしれない。けれど、それを乗り越えろ、エース。お前なら出来る」 いつの間にか地面さえも消えていて、周りはただ白いだけの空間となっていた。けれど、立っている感覚はある、上下左右もはっきりしている。 エースとイザナ、二人きりの静かな空間。いや、正確には違う。エースの手にはまだ一匹の雛チョコボがいた。この子もその内消えるのか、とボーッとした頭でエースは思った。 イザナが何を言っているのか、やはりエースには分からなかった。なのに、彼の言葉は深くはっきりとエースへと響く。 「……なあ、どうして泣いてるんだ?」 イザナも、僕も。 いつの間にか互いに涙ぐんでいた。 エースの問いにイザナは答えない。 ふと手元を見れば、そこに雛チョコボは居なかった。さっきまでいたのに、そう思っていると俯いたせいで目元に貯まっていた涙が頬を伝った。 「弟のこと……マキナのこと、頼むな」 ハッと顔を上げると、とうとうイザナも消えかけていた。足元から順に消え行くイザナは笑っていた。泣きながら笑っていた。 「イザナ!」 手を伸ばしても届かない。走っても距離が縮まらない。 どうして、どうして、と泣き叫ぶエースに、イザナは最後まで微笑みかけた。 「……もう少し、お前と生きてみたかったなぁ」 「イザナ、イザナっ!」 「じゃあな、エース。クリスタルの加護あれ!」 「イザナぁーっ!」 そうして、イザナは消えた。 彼の消失に合わせてエースの意識がぼやけていく。それでもエースは手を伸ばし続けた。彼の居た場所へ必死に伸ばしたその手は、やがて何かを掴みーーーー 「エース?」 「………ん……?」 薄目を開ければ、眩しさの中でぼんやりと景色を捉えることが出来た。やや斜め上を向いている視界には、空と木とクラスメイトの顔があった。 「……マキナ?」 どことなく驚いた顔をしている彼の名前を呼ぶ。 どうやらエースは寝ていたらしい。裏庭のベンチはどうもエースと相性が良いようだ。これで何度目だろう、ここで寝るのは。 そこでようやくマキナの様子に気が付いた。何故彼が驚いているのかと思えば、エースの手が彼の腕を掴んでいるからだった。 「あっ、す、すまない!」 「いや、別に良いんだ。ちょっと驚いただけだから」 気にしてないよと笑うマキナから手を離す。確かに寝ている相手に突然掴まれれば驚くに違いない。 マキナはたまたま裏庭に来たようで、寝ているエースを見掛けて近寄ったらしい。 「怖い夢でも見たのか?」 「……どうして」 「結構勢いよく腕掴んできたし、涙の跡があるから」 そう言われれば、目元が少し腫れてる気がする。 「……覚えて、ないんだ。夢の内容」 夢は見ていたはずなのに、何一つ覚えていない。この欠落の仕方は、まるでクリスタルの忘却のようだ。数少ない経験を思い出してエースはそう思った。 「でも、悲しくて、それでいて背中を押されるような夢だったと思う」 「……そっか」 微かに心がそう訴えている気がした。 心配していたマキナはそれを聞いて、なんとなく合点がいったように笑った。何故だろうと疑問に思えば。 「最近表情が暗かったから心配してたんだ。でも、今のエースの顔はいつものエースだ。その不思議な夢のお陰かな」 そうだったのか。確かに、ここのところ酷く疲れていた気がする。 一体どんな夢だったのだろう。 「喉渇いてないか?リフレに新作のジュースが入ったらしいんだ、良かったら一緒に行こう」 「ああ、そうしようかな」 立ち上がり、マキナと共に院内へと向かった。 青い空を見ても、風が吹き抜けても、夢のことを思い出すことは無く、次第に夢を見ていたことさえもエースは忘れていくのだった。 (あ、先にチョコボ牧場行こう。確かこの時間雛が生まれてる頃だって……悪いな、ちょっと飲み物我慢してくれ) (それくらい大丈夫さ。雛か、今回は何匹生まれるかな) (3匹だな) (4匹だろう) (当てた方は奢ってもらうってことで) (その勝負乗った) ←→ 戻る |