窓から朝陽が差し込んでいた。 眩しさと暖かさに包まれてマキナがゆっくりと覚醒しようという時、 「マキナ!」 「うわ、わっ!?」 突然のレムの大声が飛び込んできた。上がるか上がらないかさ迷っていた瞼はぱっちり上がり、驚きのあまりに身体が少し跳ね上がってしまった。 「ど、どうしたんだ、レム?」 慌てる自分を隠そうと必死になりながら応えれば、レムは険しい顔で部屋の入り口に立っていた。 何か大変なことがあったと悟りマキナも表情が引き締まる。 レムの口が開いた。 「子供たちがどこにもいないの」 昨夜はそれほど広くない小屋の中で身を寄せあってみんなで寝た。あの後の事は朧気にしか覚えていないけれど、それは確かだった。感じる体温に安心したのだ。最期に触れた彼らの身体の冷たさから離れられなかったマキナには心地よかった。 レムが起きた時には子供達はいなくて、てっきり街の何処かにいるのかと探しに行ったらしい。 しかし隅々まで探したにも関わらず誰一人として見当たらない。あの丘まで見に行ったけれどいなかったと言う。 「どこに行ったんだろう……」 レムが心配そうに呟く。 街は静かだった。見渡せど人影は無い。崩壊した建物に阻まれず吹き抜ける風。何処からか運ばれて来た落ち葉の立てる音が響く。あの子達の存在は夢幻であったかのようにここは空っぽだった。 また、昨日と異なる点があった。 霧が晴れている。 門を出れば街外の平原のあの異常な迄に深かった霧が嘘のようにすっきりしていた。朝方こそ立ち込めるものだと思っていたのに、とレムは思った。それならばあの霧はこの地方の特性なんかじゃない可能性がある。 気の抜けたように立っていた二人の元にクエッと聞き馴染みのある鳴き声が聞こえた。丁度太陽を背に二匹のチョコボがこちらへ走ってきているのが見える。霧の中、駆け出して行ってしまった二匹だ。チョコボがこうして戻って来るのは珍しく、素直に驚いた。 「お前達、無事だったのか!」 二人の側で止まった二匹の首元を撫でてマキナが嬉しそうに言う。元気に戻って来てくれたのは勿論、足が出来たのも助かる。徒歩で帰るには少々キツいものがあった。なにせ道を見失っているのだ。時間だって予定より大幅に遅れている。 さっさとチョコボへ乗る支度をするマキナだったが、レムはやはり子供達への心配が消えず街の方を不安げに眺めていた。もしかして魔物に襲われてしまったのではないかと嫌な憶測が浮かんでくる。 「大丈夫」 マキナが言った。 「大丈夫だよ、レム。あの子達は、きっと、旅立ったんだ」 「旅……?」 「そう」 マキナの視線はあの丘へと向いていた。そこへ含まれてるのはどういった感情なのか、レムには読み取れなかった。マキナには探し回っている間に何か心当たりでも見つけたのだろうか。 「彼等は間違いなく存在していた。そして、この世界で自分達の物語を生きる為に、旅立って行ったんだ」 正直さっぱり分からない。 目をぱちくりさせながら首を傾げるレムにマキナは笑いかけ手を差し出した。微笑むその顔はこの街へ来る前とは、昨夜の出来事の前とは、違っていて。 「オレ達も、旅立とう。この世界で生きる為に」 かっこいいな。 そう思った。 「運が良いんだか悪いんだか。アレに会うなんてスゲェ偶然だな」 「いいえ、必然よ。私はそう思う。彼らには必要な出会いだった」 「ふーん。ま、どっちでもいいんだけど」 高台にフードを被った人影が二つ。 見下ろす先にはマキナ達のいた街が見える。 彼等は一部始終をここから見ていた。立場上、あの子供達の正体を知っている。だから、この接触の意味、及ぼす影響、それに対する処理について判断を悩ませていた。 「で、どうするんだ?」 「………」 尋ねたのはジョーカー、尋ねられたのはティス。 「どうもしない」 そうティスが答えるとジョーカーは肩をすくめた。 マキナ達がこれをきっかけにどうなっていくのか静観するとティスは決めた。ならばジョーカーはそれに従うまでだ。 あの子供達は魂の欠片。アレシアが己が求めるアギトを産み出す為に12人から取り除いた不要物。世界を繰り返す毎に増えていったそれは全てを終えた後、他でもないアレシアによって手を加えられ、再び生命としてこの世界を生きている。同じではない、けれど異なるとも言い難い。そんな存在を作り出したアレシアの真意が二人には分からなかった。 「もしかして、情でも湧いたのかもな」 あり得ねぇけど、と冗談混じりで笑い飛ばすジョーカーの言葉を聞いてティスが黙り込む。 様子に気付いたジョーカーが訝しんで覗き込むと、ティスは唇を噛みしめていた。一体どうしたのかと慌てて心配すると、彼女は呟いた。 「…………たら……」 「ん?」 「今私達が会ったら、あの人は微笑んでくれるのかしら」 それは小さな小さな声で、少しだけ震えも帯びていた。 アレシアは誰にも愛情など持っていなかった。0組の12人にだけ優しかったのはその方が都合が良いからと言っていた。でも、フィニスの刻で彼女はマキナやレムにも微笑みを見せた。残された魂の欠片をもう一度生命として作り替えた。偽りだった母性とも言うべき感情がいつの間にかアレシア自身に根付いてしまっていたのだ。 遠くでそれを見ていたティスは羨ましかった、のだと思う。ぎゅっと持っていた本を抱え込む。歯車の一つじゃなくて、一人の子供として見てほしい。いつからかそう願うようになってしまっていた。 「……会いに行こう」 ジョーカーの言葉にティスはハッと顔を上げた。 フードの下でにやりと笑っている彼は両手を広げて言った。 「会いに行こう、ティス。俺は構わない。ティスが望むなら何だってする。ずっと言ってるだろ?」 「……ありがとう」 礼を述べたティスの手を取った。 実のところ、アレシアが今どこで何をしているか分からない。けれど、ティスの願いを叶える為、絶対に探し出す。そう静かに誓った。 直後に突風が吹き抜ける。 まるでそれに拐われたかのように、風が止んだ後の高台に二人の姿はもう無かった。 彼等もまた、旅立ったのだった。 自分達の物語へと。 (あ、風) (追い風だ。不思議と背中を押されてる気分だよ) (押されなくても、前に進むんでしょ?) (……ああ、そうだな) ←→ 戻る ×
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