兄さんを殺された。
たった一人の肉親を記憶ごと失った気持ちなんてあいつらには分からないだろう。そんな彼等が憎かった。
確かに兄さんは戦死、つまり敵兵に討たれた。でも、その原因を作ったのは他でもない、0組。
正直裏切られたと思った。尊敬と友情は憎悪と憤怒に変わり、オレは彼等を否定した。
だからこそ選んだんだ、ルシになることを。力を手にし、その制限を無視して、全てを敵と認識した。0組も、朱雀も、白虎も、戦争も、クリスタルも、全て。
あの時のオレは世界に対する怒りで満ちていたんだと、そう思っていた。




マキナが目覚めたのは見知らぬ小屋だった。粗い木造式で、最低限雨風が防げればいい、そんな簡素なものだ。
取り付けられている窓はカーテンもなくガラスもなく、そこから直接入る月明かりで部屋は光を得ていた。
床に引かれた申し訳ない程度の蓙の上に寝かされていたところを起き上がる。どうしてオレは此処で寝ていたのだろう。

「ん……マキナ……?」

思い出している時に傍から声が聞こえた。
少し目を凝らしてみると、壁に寄りかかって座っているレムがいた。

「ふあ、私も寝ちゃったんだ」

寝ぼけ眼でにこりと笑う。
曰く、倒れたマキナを介抱するため子供達にこの小屋を案内されたらしい。マキナを寝かせ、疲れが溜まっていたせいかレムもそのままうたた寝してしまったという。そういえば自分達は街で雑務をこなし休むことなく急いで帰還する最中だった。

「マキナの毛布は私が掛けたんだけど、私に毛布を掛けてくれたのはあの子達だね」

レムの言葉でハッとする。

「そうだ、あの子供達……!」

マキナがその話題を出した瞬間レムの表情が曇った。あの子達のことは考えれば考える程頭が混乱する。眠る前まで話をしていたけれど変わったところなんてなかった。倒れたマキナを心配し、レムの話に興味を咲かせ、自分達の生活について喋っていた。その時間はレムには楽しいものであった。

「子供達は今どこに!?」

マキナは必死だった。そしてレムも真実を知りたかった。子供達の話では知り得なかった部分。レム達はそれが知りたい。彼等にさえ分かっていない背景を。
二人が思考を巡らせる為にしばし黙った時だった。

………いご……し………えた……

風に運ばれて聞こえてきた声。微かな音量ではっきりと何を言ってるのかまでは分からない。歌、だろうか。
気になってもう一度聞こえてくるのではと耳を澄ませる。
次ははっきりと聞き取れた。

――――まいごのあしおときえた

咄嗟に走り出していた。
ただ感情の赴くままに身体が動いた。理屈も論理もない。
立て付けの悪いドアを勢いよく開け外に出ることでその歌声は聞こえやすくなり、それに導かれるように、否、探し当てるように二人は走った。


辿り着いたのは街を抜けた先にある小高い丘。大きな樹が一本、目印になるように存在する。生い茂る葉が風に揺られる様はかつて見た旗のようだった。
その樹の下に12の影。座っていたり立っていたり、皆自由だった。それぞれの体勢で、歌っていた。

『迷子の足音消えた』
『代わりに祈りの歌を』

マキナとレムは少し離れた場所で足を止めて眺めていた。
地に足が着いてない気分だった。

『そこで炎になるのだろう』
『続く者の灯火に』

星空に響く歌声はそこで止まった。かつて二人の知る人物も、そこまでしか歌わなかった。
歌い終わった子供達へと歩みを進めたのはマキナだった。おぼつかない足取りで力無くふらふらと近付いていく。
マキナに気付いた子供達は彼を見た。その表情は昼間の溌剌としたものではなく、儚げで寂しそうで。
冷たい夜風が吹く。誰も喋らない。
煽られた朱いマントが動きを止めた時、マキナが絞り出すように叫んだ。

「オレはっ……!」

握りしめた手を震わせて発したその一言はどれだけ勇気がいるものだっただろうか。

「……オレは、勘違いしてたんだ……全部全部憎いって、大事なものを奪っていく存在が憎いって」

ぽつりぽつりと、今度は落ち着いたトーンで話す。レムは勿論、子供達も静かに聞いていた。

「でも違った。あの時オレの中にあったのは怒りでも憎しみでもない。……失う恐怖だった」

自分の大切な人達が、思い出が、記憶が、無くなっていく。嫌だ、やめろ、もう沢山だ。
気付けば残っているのはレムだけだった。せめて彼女だけでも守りたい。そう願うのは仕方ないじゃないか。

「レムさえ無事なら他はどうなろうと良かった。だから選んだんだ、あの道を」

脳裏に過る光景。自分のしたことでどんな結果を産み出したかなんて忘れたことは一度も無い。

「……周りが見えてなかったんだな、オレ」

呟くその声が次第に震えを帯びていく。

「全てが終わって0組の皆を見つけた時にようやく気付いた。オレが守りたかったのは、失いたくないのはレムだけじゃなかったんだって。バカだよな。こんな大切なこと見逃すなんて、ほんとっ……!」

片手で顔を多い自嘲気味に笑う。
アレシアの、神の力を持つ彼女の干渉で知ってしまった。彼等の想いを。何を望み何の為にその命を省みず立ち向かったのか。
力でも魔法でも身体能力でもない。彼等の本当の強さは覚悟だった。
見つけて急いで駆け寄って、抱き抱えた身体は冷たくて、何度も何度も呼び掛けたのに返事もしないし目も開けなくて。
マキナは二度と彼等と話が出来なかった。
あれからずっと心に秘めていた想い。誰にも、レムにさえ言うことがなかった。口にしてはいけないと思っていた。言ってしまえばそこから自分は崩れていくと確信していた。
でも、限界だった。

「オレは謝りたかったんだ……!」

それは悲痛な叫びで。

「助けられたのに悪態ついて!一方的に決めつけて話を聞かなくて!心配して声を掛けてくれたのに一蹴して!裏切り敵対して!……お前達だけ死なせて……ごめんって……!」

和解したかったのにもう機会は訪れない。叶わぬ願い。

「謝って、そして許されたかった……!」

意志を継ぐなんて良い子ぶっただけなんだ。強がることで弱く卑怯で情けない自分から目を逸らしていた。
マキナが望んだのは一つだった。嘘でもいい、気休めでもいい。0組からの許しだった。
初めて聞いたマキナの心の叫びに、レムは涙を流していた。マキナの感情が伝染したから。こんなにも彼は抱え込んでいたのだ。
だけどマキナ本人は泣いてはいなかった。そういえば、あれからマキナは泣いたことがあっただろうか。
言い切ったマキナが両膝を着き俯く。今の彼は酷く脆い存在に見えた。
そんな彼の頭にぽすりと手が置かれた。小さな手。
反応して顔を上げたマキナに寂しげに笑いかけたのはエースと名乗った少年だった。ゆっくりとマキナの頭を撫でる。

「もういいんだよ」

ぽんぽん、と撫でていた手で軽く二回叩く。

「もういいんだ。充分頑張ったよ」

その言葉でマキナは。
目を見開いて肩を震わせ。
マキナはようやく泣いた。
子供のように泣き叫んだ。今まで我慢してたのが堰が壊れたように溢れ出していた。

分かってるんだ、この子達があいつらじゃないって、ちゃんと。生まれ変わりとかそんな都合のいいことは無いって、理解出来ている。
でも、彼等から掛けられた言葉は、まるであいつらから……エース達から言われたみたいで、オレは心が軽くなったんだ。




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