互いの初撃がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響いた。せめぎ合いは一瞬で、縮めた距離は再び開く。 (……重い…!) 氷剣を握る手に力を入れ直しつつクラサメは思った。想像していたよりも強い力。流石は0組と言ったところか。 次に仕掛けたのはジャックからで、すぐに追い撃ち、鋭く横に一閃。クラサメは避けずに氷剣で弾いた。連続する斬撃を的確に流しタイミングを待つ。五つ目を受けた所で隙が僅かに大きくなった。それを逃さず素早く攻め込む。上から落とした一撃は、しかし瞬時に構え直された太刀に防がれた。 「もっと本気にならないと僕を倒せないよー?」 ぎちぎちと互いの武器を拮抗させる中、ジャックがクラサメを軽く煽る。 「それともこの程度?」 「何がだ?」 クラサメは答え、大きく氷剣を振りジャックの武器を払う。続けて左手をかざせば、集中させていた魔力は氷塊となり相手へと放たれる。避けるタイミングが僅かに間に合わず、ジャックの右腕を軽く掠めた。服が破れただけで腕自体には当たらなかったが、その部分を見て少し驚いた顔をした。 「大したことが無いのはどちらだろうな」 今度はクラサメが挑発する。顔を歪めたジャックにそのままもう一度氷塊を放つが今度は綺麗に避けられた。しかしクラサメはジャックの動きを予想しその先に斬り込む。けれどそれはジャックの太刀に易々と受け止められ、ぶつかり合った後短めの舌打ちと共にクラサメは素早く下がった。リーチでは氷剣よりも太刀が長いので位置取りは重要であり、故に慎重となる。ただ、クラサメには魔法という利がある。魔法の苦手なジャックにはかなりの有効打だった。 だがここで一つの条件が響く。 (あまり時間を掛ける訳にはいかない) 作戦自体はジャックがこの部屋にいた皇国兵達を仕留めたことで終了している。しかし、この様子では報告などしていないだろう。速やかにジャックを止め、本隊に制圧の旨を伝えなくてはならない。それに、手前のホールで待機しているエイト達も気になる。 手段は選んではいられない。 「悪いな、ジャック」 「ん?何がー?」 繰り返す一進一退の攻防の中突然の謝罪にジャックは首を傾げる。 「一気に行くぞ」 途端、クラサメが更に鋭く動き出す。斬撃には今まで以上の重みがかかり、ジャックはそのまま一歩下がってしまったが、それでも氷剣を弾く。だが、弾いたものの動きが大振りとなってしまった。否、それはクラサメの誘導で。ハッとしたジャックの目に映るクラサメは右手に持つ氷剣では無く、魔力を溜めた左手を構えていた。 「かかったな」 「……っ!」 放たれた氷結魔法は無数の礫となりジャックに降り注ぐ。避けきるなど不可能な状況で。 「甘いっ!」 それでも体勢を無理矢理変え、太刀を斜めに構えた。クラサメの目が険しくなる。 礫がジャックに届いた瞬間。 "――――明鏡止水" 一閃。その一閃で礫は全て叩き落とされた。余波は風となってクラサメまで届きマントを揺らす。 「ほう」 感嘆の声を漏らしつつ、再度踏み込む。魔法を乗り切ったところでしかし主導権はクラサメにあり、今度は連撃を繰り出す。流石に堪えるのか、段々とジャックが押される形になってきた。反撃の回数が減り防戦一方へとなりつつある。 気付けば部屋を飛び出し、お互い廊下にまで移動していた。 「凄いね、受け止めるのでいっぱいいっぱいだよ……っと!」 「ならばこのまま押し切らせてもらおう」 「へぇ……でも、僕に負ける気はないから」 下から上へ剣を弾き上げられた。 そしてジャックは素早く後ろへ飛んだかと思うと。 「大技、出させてもらうよ」 太刀を自身へと突き刺した。 「なにっ……!?」 一体何をしているのか。 そう驚くクラサメを尻目にジャックは行動を進める。引き抜かれた刀身は血で紅く染まっていて。 全身を嫌な感覚が走り抜けた。 「これで決めるっ!」 自身の身体から流れ出る血を一切気にとめず、その一撃を放った。 "――――無常紅吹雪" ジャックが太刀に付いた血を払い飛ばす。それこそが技であり、飛ばされた血は刀身を延長したが如くクラサメを斬りつけた。 「っ、捨て身の一撃か……!」 その威力は凄まじく、攻撃自体を氷剣で受ければその勢いで壁に叩きつけられ、一瞬頭の中が真っ白になる程の痛みがクラサメを襲った。また、広範囲に渡った血の全てを防げたわけでもない。血刃に触れた部分は鋭く斬り刻まれ、身体中に無数の傷が出来ていた。 「ぐっ……!」 衝撃から立ち直れず、クラサメはそのまま壁を背にずり落ちた。げほげほと咳込み、全身の痛みに顔をしかめ自由に動けなくなったクラサメを、ジャックは驚いて見下ろしていた。 「うわ、これでもまだ生きてる。でも、これは僕の勝ちだよね?」 ジャックの方はと言えば、太刀を地面に差しそれを支えにようやく立っている。こちらもギリギリの状態だった。自身で貫いた腹部をもう片方の手で押さえているが、血は一向に止まっていない。 それなのに、彼は楽しそうに笑っていた。今の命を賭けたやり取りは、まるでゲームだとでも思っているかのような表情だった。 勝者の顔をするジャックに届いたクラサメの言葉は、求めたものとは違うものだった。 「……ふっ、それは、先を急ぎ過ぎ、だ……」 「そんな負け惜しみ……―――っ!?」 ジャックの言葉を遮ったのはクラサメの行動。満身創痍のその身体で、息も絶え絶えなその体力で、クラサメは立ち上がれぬまま持っていた氷剣を投げ槍のごとくジャックに投げつけた。 けれど、速さがある訳でもなく、そもそも剣を投げるなど愚かな行為である。無意味極まりない行動。 しかし、今は違った。 「うわっ、と。下手な悪あがきは醜いよ……あれっ……?」 勿論ジャックは避けたが、ただそれだけでジャックはそのまま横に倒れた。当然だ。既にボロボロの身体、太刀を支えにようやく立っていたところで回避の為に動けば、十中八九バランスを崩す。 そして、クラサメはと言えば、痛む身体に鞭を打ち、ジャックの元へ駆け出した。そんなクラサメにジャックは反応出来なくて。 (あ、これ負けた) やけに景色がスローモーションに見える。 このままクラサメがジャックに一撃を加えれば終わりだ。腹に空けた傷のせいだろうかとっくに痛覚は麻痺していて、実は意識が遠退きかけていた。 けれど、ジャックは今も笑っていた。それは先程の勝ち誇ったものではないけれど、根本的には同質なもので。 諦めたジャックが目を閉じようとしたとき、倒れていた身体が止まった。 おや、と思うと、駆けてきていたクラサメがジャックの身体を支えていた。 「……てっきりとどめを入れに来たんだと思ったけど」 「ああ、そうだ」 「……そっかぁ」 「もういいだろう、ゆっくり休め」 「……うん」 その一言でジャックの身体は糸が切れたようにがくりと力が抜けた。気を失ったのだ。 寄りかかるジャックの呼吸を確認し、それから腹部の傷を確認する。まだ血が流れている様を見て、ジャックがどれほどの力で自身を貫いたかが分かり、クラサメは溜め息を吐いた。残っている魔力で治癒魔法をかけ、取り敢えず傷口を塞いでおく。 そのままジャックを静かに床へ降ろし、ようやくクラサメも自身を休ませた。張り詰めていた緊張を少しでも緩ませれば、すぐに激痛が走った。すぐにでもエイトのとこに戻るのが理想だが、クラサメとて無理なものは無理である。流石にすこし休んでからにすることにした。 静かになった空間に転がる太刀と氷剣。それを見ているクラサメの表情は、他の者が見たら訝しんでいたかもしれない。 それは、途中見せたジャックのそれと同じものだった。 ←→ 戻る ×
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