それは自然な流れで起こった。
最初は部屋の入り口の一番近くにいた男。血飛沫と共に倒れた時には既にその男の存在は消えていた。彼を斬ったのは先程こちらが奇襲をかけた朱雀の一人で、斬り捨てた相手を冷めた目で見下ろしていた。太刀に付いた血を取るためか軽く一振りし、何をするかと思えば転がっていた男の身体に突き刺した。とうに事切れているのは自分達はおろか彼自身も分かっているはずなのに、それでも容赦のない追撃を、部屋にいる者達はただ見ているだけしか出来なかった。
彼が部屋に来たのは気付いていた。当たり前だ、隠れることもなく堂々と入って来たのだ。ここにいるのは軍に入りそこそこの経験を積んでいる者ばかりで、それこそ少し強力な魔法が使えるからと20歳にも満たないヒヨッコを投入する朱雀とは違う。なのにただ、反応出来なかった。普段なら「来たぞ」「撃て」と声が飛び、引き金を引く、そんな基本的な動作さえ今は出来なかった。それ程の威圧感。明らかにさっきとは違う。両手で構えかけた銃身の重みが何かを訴えていた。

「任務だからって割り切れるとは限らないよね〜」

すっと刀身を引き抜き、こちらに視線を向けてくる彼は口調とは合わない冷たい顔で言う。ついでに、その内容の意味は分からなかったのだが、気にしている余裕は無かった。
その内に一人が、緊張の糸が切れたのか、叫び声をあげ銃を振り襲いかかった。その行動は皇国兵としては褒めるべきだとは思う。このまま何もせずにやられるのを待つのは臆病者、そんな弱者など白虎には要らない。けれど死期を早めるだけの行動は常人には理解しがたく、加勢するどころか為す術もなく簡単に崩れ落ちるその姿をただ見守ることしか出来ない。襲いかかって来た男を横に一閃し、勢いのまま倒れ込んで来たのを受け止めることなく蹴り倒した彼には、きっとその黒い服では分かりにくいが着けているマントよりも黒ずんだ赤が染み付いただろう。
それより、既にこの場にいる兵士たちは気付いていた。もう自分達の行く末は決まっていて、それは悪い方向で、どう足掻いても変えられないもので。
恐れ戦く彼等に届く宣告。

「僕を怒らせたんだから、少しは楽しませてよね?」

朱の魔人が嗤った。




クラサメがエイトの元へ辿り着いたのは連絡を受けてから二十分前後だった。朱雀の飛空挺の存在は魔導院から戦闘地域への移動を容易にする。戦場に降り立てば出来うる限り駆け抜け、少しでも早く彼等の元へと向かった。
エイトから聞いていた部屋へ足を踏み入れると、戦闘が行われた傷跡の残る中、彼の姿を見つけた。

「大丈夫か」
「うっ……」

駆け寄って声を掛け横たわる身体を軽く揺すると、エイトは意識を取り戻した。緩慢な動きで顔を上げる。相手がクラサメであると確認すると彼は「すみません」と一言謝った。

「謝らなくていい。それより……」

離れた場所で倒れていたケイトを運んで来たクラサメは彼女をエイトに預け、更に一緒に袋を渡した。

「回復薬だ。無いよりはマシだろう。恐らく大丈夫だろうが、周囲に注意し、ここで待機していろ」

いいな、と尋ねるとエイトはこくりと頷いた。エイトは0組の中でもしっかりしている方だ。判断は任せられる。ここは彼に預けた。
出来ればすぐにでも本隊まで撤退させたいのが本心だったが、作戦中での自由は限られる。特に0組はそのきらいが激しい。それに、もう一人を放っておくわけにはいかなかった。
立ち上がると、エイトが不安そうに声をかけてくる。

「隊長、この先であいつが……」
「分かっている。そちらは任せろ」

奥へ向かったジャックを心配しているエイトを今は言葉だけでしか宥められなかったが、それでも少しは安心したのか強張っていた身体が軽く緩んだ。その様子は確かに仲間を心配するものだとは思うけど、少しばかり過ぎたものに感じつつ、クラサメはその場を後にした。




嫌な気配がした。前線から離れたとは言え、かつて氷剣の死神と呼ばれ数多の戦いを経験した際に身に付けたその勘は身体に染み付いており、幾度となく働く。今もまたそうだった。
この通路の先には袋小路を締め括る部屋が一つ、恐らくそこにジャックや白虎の残りがいるはずと急げば、頭のどこかが異変を告げる。けれど立ち止まる訳にも行かず目的の部屋へと飛び込めば、その光景に思わず怯んでしまった。

「これは……!?」

赤かった。床が、壁が、赤に染まっていた。正確にはそれほど真っ赤なものではなく黒ずんだものだったが、床に溜まり壁に飛び散る赤は異様なものだった。続けてくる嫌な臭い。当然だ、これは血なのだから。余りに大量のそれに咽せそうになる。
部屋の照明は少し弱く、全体をはっきりとは照らしていなかった。ぼんやりと眼が順応していくにつれて広がる視界は改めて酷く、まず傍らにあった死体を見やればそれは無惨なものであった。傷を見るに恐らく一撃で命は奪われていた筈なのに、更に深い一撃を加えられていた。敵とは言え悲痛さを覚える。

「あれ、まだ残ってたんだ」

不意に声がかかった。聞き覚えのあるはずの、しかし声質には覚えがないそれに応えるように向けば、やはりジャックだった。ジャックだったけれど、クラサメの知る彼とはどこか雰囲気が違うのは彼の足元に転がる死体のせいか。先程と同じく必要以上の傷を負っているのが、この部屋の状況を作り出したのが彼だと明らかにしていた。

「良かったぁ、物足りなかったんだよねー。焚き付けたくせにあっさりと僕にやられちゃうんだもん、この人達」

目を鈍く光らせ、切れ味を失っていても可笑しくはない程血塗られた太刀を力無く握り、口元を上げて嗤うジャックに、その異質さに、普通ならば悪寒を感じるが、クラサメは怯え竦まず向き合った。隠しきれない、いや、隠す気の無い殺意を向けられ構えた氷剣が部屋の気温を少しばかり下げる。今のジャックは歯止めがきかないと感じていた。枷が外れている。皇国兵達に対するオーバーキルはその為だ。クラサメのこともただ自分の前に立つ「敵」としか認識していないのだろう。何がきっかけでこうなったのか分からない。でも、それならば。
柄を握る手に力を込める。

「私はお前の飢えを満たせはしないぞ」
「ふぅん。でも、戦う気満々って感じだよ?」
「こういう時の対処法としてはこれが一番だからな」
「へぇ、面白いね」

興味を持ったのか、どこか生き生きしたように反応し、ジャックも自身の武器を構えた。

(暴走したならば力ずくで止める)

しばしの静寂。一歩も動かずその場で対峙する。切り離された空間の中、互いが視線を交わした瞬間に、戦いは始まった。







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