制圧戦とは大抵相手に地の利がある条件下で戦うことになる。たとえ元が自国の領土でも、一度敵の手へと落ちてしまえばこちらの優位性などたかが知れる。例えば秘密裏の通路や部屋など、向こうに知られていないものがあればまた話は変わるが、生憎今回の奪還目的である砦にはそんなものは無かった。
この作戦に0組からはエイト、ジャック、ケイトが当てられ、3人は少数精鋭であることを活かして内部へと侵入、勢力源と思われる場所を集中して攻め込み制圧しろとの指示を受けていた。

「って言っても、要するに普段とあんまり変わらないってことでしょ?」

魔法銃をくるくると手の中で回し、その感覚を確かめながらケイトが言った。
元々0組自体が「少人数でありながらもその戦力は圧倒的に大きい」存在とされている。国全体での作戦でもそれを買われた任務が下されることが多い。
今し方制圧した部屋で軽く一息ついていたエイトが「そうだな」と肯定する。

「けれど、緊張感を忘れるなよ」
「分かってるわよ。大体、戦場で緊張感持たない奴なんていないっての」
「そうだよー。エイトは真面目だよね〜」

続いた声を聞いてケイトの目がすっと半分に細められる。

「……いたわ」
「あー、酷い!僕だってこれでも気を引き締めてるんだよー?」

ケイトの視線を受けたジャックは心外だと言わんばかりに驚いて見せたが、ケイトからすればジャックの態度はまるで普段と変わらない。

「いや、だってこれが僕だし」
「あんたのその態度と間延びした声が力抜けるって言うか!」
「安心する?」
「ああもう、何でもないわよ!」

ケイトが根負けしてぷいっとそっぽを向いた。そんな彼女にジャックは変わらずへらへらと笑いかける。エイトはその様子を眺めていた。
確かにケイトの言う通り、ジャックは戦場にいるにしては緊張感が足りないようにも見える。けれど、その時になれば誰よりも厳しくなる。太刀筋を見ればよく分かる。戦う者としての素質は十二分だ。

(あいつ、たまに雰囲気変わるんだよな)

エイトが心の中で呟いた。時々、戦っているジャックからは普段とは全く違う気配を感じる。本人が意識しているのかは分からないが、動きも多少変わる。よく組むエイトだからこそ気付く程度の変化。だが、特に何か支障を来す訳でもないので気にかけるものではないと思っていた。

「ほら、次へ行くぞ」

エイトが促すと二人はそれに従った。
事前に説明された通りならあと二カ所を潰すのみだ。




「……かはっ…!」

自分の身体が宙を舞ってるのがありありと分かる。なんとか受け身を取ろうとしたが、その前にエイトは壁へと叩き付けられた。
叩きつけて来た相手は、鋼機は、次にケイトへと照準を変える。

「ケイト!」

背中の激痛に耐え叫んだ。ケイトはそれに応え右へと飛んだが、その先には上からの狙撃が待ち構えていた。

「っ、つぁ…!」

銃弾は彼女の肩を貫いた。流れ出る鮮血が床に垂れ落ちるのが離れていても見える。
この室内での戦闘は明らかに相手に有利だった。残っていると予測されていた二つのグループはこちらが辿りつく前に合流し、迎撃へと出てきたのだ。恐らく内部制圧がほんの数人で行われていると気付いたのだろう。エントランスに似た開けた広場にしっかりと布陣を展開されれば、こちらの不利は圧倒的で、事実三人は押されていた。

(このままじゃヤバい…!)

痛む身体でなんとか地に足をつけたが、ふとエイトに影が落ちる。気付き顔を上げれば鋼機がその右腕を振り上げていた。

「しまっ…」

だが次の瞬間に右腕は本体から斬り離され、エイトを薙ぎ払うに至らなかった。続いて衝撃が鋼機本体を襲い、その場で崩れ落ちた。

「大丈夫、エイト!?」

見えた顔はジャックで、いつもよりも切迫した様子でエイトに駆け寄る。心配してくる彼の身体にも幾つもの傷が見受けられ、動きも鈍い。エイトがこくんと頷くと、それと同時に爆発が起き、その方向から煙を纏ってケイトが転がり込んでくる。息が上がり肩口から血を流しているせいか顔色も悪い彼女をエイトはなんとか受け止めた。

「しっかりしろ、ケイト!」
「っ…、まだ、あいつら…全然元気で…」

途切れ途切れに呟いていたケイトが急にハッとして叫ぶ。

「来る!」

ケイトが逃げてきた方角からもう一機の鋼機が煙の中から出てきた。それに応えたのはジャックで、すぐに相手へ向かって走り、大きく鋭い一撃を放つ。けれど致命的なものにはならず、何事も無かったように鋼機は右腕をジャックへ振り落とす。

「ぐぅ…うわっ!」

ジャックは自身の太刀でなんとか受け止めたけれど、機械の力に勝てるわけもなくせめぎ合いは一瞬で弾ける。怯んだジャックに次の一撃を容赦なく構えた鋼機を見てケイトは立ち上がり即座に魔力を込めた弾を撃った。続いてエイトも素早く鋼機まで走り込み連打を加えた。動き回っていた敵の注意がエイトに向く。

「下がって、エイト!ジャック!」

ケイトの声に従い二人が散れば、一際激しい雷撃が走り鋼機を直撃。喰らった一瞬で鋼機はガラクタ以下へと成り下がった。

「…逃げたか」

下りてきていた敵は片付いた。辺りを伺い、敵の姿が見えなくなったことから、残りは二階の奥の部屋まで引き下がったのだろう。

「とりあえず皆無事みたいだね〜良かった良かった〜」
「無事、とは言い難いがな」

三人とも回復魔法で誤魔化せないほどボロボロなのに、それでも無事と言うとは。身体のあちこちが痛いはずのににへらと笑うジャックに釣られてエイトは苦笑を零した。

「ほーんと、あんた達相変わらずよね…あっ…」
「ケイトっ!」

会話に入ってきたケイトが途中でぐらついた。彼女自身が思ってたよりのダメージだったようで、慌ててエイトが駆け寄り支えようとした。
その時。

「っ、二人とも、後ろ!」

ジャックの声が聞こえたけれど、エイト達がそれを理解するのに数秒かかった。
……後ろには、さっきサンダガを受けた鋼機が…

「なっ」
「やばっ」

煙が吹き出し、漏れた電気が音を立て、そして微かに小刻みに震えていた。
待ち受けているのは、爆発。
咄嗟にケイトを庇うようにエイトは彼女を押し倒したが、結局意味を持たず二人は至近距離での鋼機の爆発に巻き込まれた。
激しい爆風に吹き飛ばされ、全身に身体が千切れそうな痛みが走る。

「エイト!ケイト!」

自分を呼ぶジャックの声を遠く感じながら、それでも無理やり目を開ける。エイトから離れた所に倒れてるケイトは完全に意識を失っているようだった。

「構うな…行け…!」

まだ敵は残っている。任務は終わってない。こんなミスで失敗させる訳にはいかない。

「でもっ」

少しだけ泣きそうな声色でジャックは反抗してきたが、彼とてアギト候補生であり、0組、そしてマザーの下で育った一人。今下すべき判断は分かっているはずだ。

「…大丈夫だ、俺もケイトも。だから、頼む」

喋るのもツラいけれどしっかりと伝えれば、彼は「分かった」と背を向け、階段へと向かって行った。


ジャックの姿が見えなくなってから、エイトはCOMMを操作した。相手は自分達の隊長。

『クラサメだ。どうした?』
「エイト…です。敵の迎撃にあい…現在、瀕死の状況で…」

報告しようにも既に意識は朦朧としていて上手くまとまらない。けれど、クラサメは把握したようだった。

『分かった、すぐに向かう。それまで耐えろ』

聞こえて来た答えに心強さを覚えたせいか緊張が途切れ、返事もせずに気を失った。
沈んでいく意識の中、さっきのジャックの様子を思い返していた。物分かりよく「分かった」と言った彼の目は見たことがない程鋭かった。まるで、普段の彼とは正反対で。

(……無茶はするなよ…)

頼んだと言っておきながらそう思うのは我が儘かもしれない。けれど収まらない胸騒ぎに不安を覚えながら、エイトの意識は落ちていった。




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