今、このアミターの街は霧がかかっている。数メートル先はもう真っ白で視界の悪いこの天候は厄介だと思うのが普通だが、この街では逆に待ち望んでいる者もいるという。
その理由はエース達の目の前、というよりは足元にいる。

「わあ、ありがとうございます」

デュースがお礼を言った。相手は小柄なトンベリ。街の人から聞いた話ではこの地域に住んでいて、魔物ではあるが彼等は人間に対し友好的であり、こうして霧と共にこの街を訪れるそうだ。
デュースがお礼を言ったのは、トンベリがアイテムをくれたから。先程トンベリを脅かしているレッサーロプロスを退治してきたからそのお礼なんだろう、と依頼をしてきたオトクサが教えてくれた。
貰ったアイテムをしまっているデュースの横でエースは身を屈め、少しでもトンベリに高さを合わせる。全く敵意の無いトンベリは大人しくエースを見つめ首を傾げていた。

「これは…確かに可愛いな…」

その仕草が可愛いらしくて、エースは微笑む。
白虎のネシェル山にあった洞窟でもトンベリを見たことはあるが、あそこのトンベリは普通の魔物と同じく襲いかかってきた。ここのトンベリが特殊なのだ。

(…そういえば、魔導院にもトンベリがいたな…)

いつも0組の教室にいる彼を思い出した。考えてみれば彼も魔物ではあるが人を襲うことはなく、逆に0組を助けに来てくれたりもする。なんとなく、ここのトンベリ達に似ているような…

「ん…?なんだ?」

少し考えを巡らせていたエースを引き戻したのはトンベリで、どうやらエースが腰につけているカードケースが気になったらしく、短い手でエースの足をつんつんとつついていた。気付いたエースは腰から取り外し、差し出してあげる。

「これか?」

差し出されたそれをトンベリが興味ありげにつつく。いや、よく見るとトンベリが興味を持っていたのはカードケースではなかった。それについているアクセサリ。
氷剣の柄。
イスカのバザーで見つけたもので、確か元の持ち主は――――

「朱雀四天王のクラサメ…」

その時に教えて貰った名前。ここに来た時にも聞いた。昔トンベリを助けた朱雀の候補生がいたと。それでこの地域のトンベリはこんなにも友好的だと。

「よっぽど思い入れがあるんでしょうね。ずっと見てましたから」
「…そうだったのか」

アイテムをしまい終わったデュースが教えてくれた。
柄をいじるトンベリはどことなくじゃれているように見えて、デュースもエースと同じように屈み、トンベリの様子を微笑えみながら見守る。魔物の記憶がどういうものなのかわからないけれど、懐かしさでも感じてるのだろうか。

「そんなにお気に入りならあげたい気持ちも山々なんですけどね」

デュースが申し訳なさそうに言う。エースも同じ気持ちだった。

「僕達にとっても大切なものなんだ」

具体的にどこが大切なのか全然わからないけれど。見つけた時、どうしても自分達が持っていなきゃいけない気がしたんだ。違う、どうしても自分達が欲しかったんだ。

「お待たせしました。では、そろそろ魔導院に帰りましょう」

街中の調査をしていたトレイがエース達の元へやってきた。これで今回この街に来た目的は果たされた。時間も無限ではないので、いつまでもここにいるわけにはいかない。トンベリに向けていたカードケースをしまう。先に立ち上がっていたデュースが街の出入口へ歩いていったトレイに続いた。それを追いかけようとして、ふと、もう一度トンベリを見る。相変わらず何を考えているかわからないな、と思いながら小さく「元気でな」と呟けば、理解したのかトンベリは緩やかに片手を挙げた。別れの挨拶のつもりなのだろうか。その反応が少し嬉しかった。
帰ったら、0組にいるトンベリに少し対話でも試みてみよう。
気付けば無意識にケースについている柄に触れていた。

隊長、あんたどんな人だったんだ?




(帰ってたのか、お疲れ…ってエースは何をしてるんだ?)
(セブンですか…ご覧の通りですよ)
(戻ってからずっとああやってトンベリとにらめっこしてるんです。エースさんどうしたんでしょうか)
(その…なんというか……異様だな)
(異様ですね)
(異様です)




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