シマという男


シマという男は恐れられている。事実として、たぶん恐ろしい。なぜなら、暴力を振るうのにまったく抵抗がなく、同じくひとを殺すことにも抵抗がないからだ。

ひとというものは、ひとを殺すとき、本能的な抵抗感や拒絶感を感じるものだ。戦場に立ったとき、ひとがひとを殺すのは、自分の死や仲間の死を恐れ、我が身を守るためという心理が強く働くからだ。
ひとによっては、その防衛本能よりも殺人の抵抗感のほうが強い場合すらある。もちろんそんな奴は、戦場で速やかにくたばることになる。
ひとは簡単にはひとを殺せないようにできている。それがひとという生き物だ。

だがシマには殺人の抵抗がきれいになかった。だからといって快楽を感じるわけでもないのだが、心を痛めるということはない。
シマの心は、現実をただ反射している鏡に似ていた。美しいものは美しく、醜いものは醜い。夢見ることはしない。先入観で考えが歪んだりもしない。現実を現実として瞳に映すだけであり、それ以上のことをあまり考えない。

考えるときは、ひたすら細かく考える。時間をかけゆっくりと、いくつも何度も考察し理論を構築する。そして導き出される究極の答えは、いつも決まって次元を超越してしまい、誰からも理解を得ることはない。しかし説明はしない。答えに到達するまでの過程があまりに長いため、最初のほうを忘れてしまう。忘れてしまうのでなにも言えない。
そんな感じなのである。

ひととして、なにかが欠落しているかもしれないが、シマは与えられた環境に適応しただけだった。軍人にすらならなければ、シマは村に一人くらいはいる、意味不明で無口な男として生涯を終えられたかもしれない。

そんなシマの目の前をウサギが通った。
おそらく食用に飼われていたウサギが、どこからか逃げてきたのだ。
現実を現実としてだけ瞳に映す男、シマはこう思った。

(あ、ウサギ!)

「…………ウ」

ウサギだ、と言おうとしたが、シマの隣にいたミレーゼンがウサギの通ったところを指差して言った。

「あ、ウサギ!」

ミレーゼンに言われてしまったので、シマはなにも言うことがなくなってしまった。


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ツイッタでヒヨリさんと話してて、ヒヨリさんが思い付いたお話なのですが、すごく可愛かったので書いてしまいました。笑
許可もらえてよかった!ヒヨリさん、どうもありがとーーー!

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