たぶん真面目


「おい、起きろよ」

 ミレベンゼは床で寝ているエメザレの頭を足で小突いた。エメザレは薄い毛布一枚を被って丸まっている。エメザレが死んでいないか毎朝チェックするのはミレベンゼの役割だった。

「おはよ」

 エメザレはだるそうに起き上がった。いつもながら素っ裸だ。もう見慣れてしまった。エメザレはサロンの周囲を見渡し、散乱している制服を見つけて着替え出した。
 それにしてもエメザレは本当に頑丈に出来ていると思う。毛布を被っているとはいえ、床で毎日寝ていても風邪一つひかないのだ。

「じゃ、俺行くぞ」

「ねえ、いつも疑問に思ってたんだけど」

 去ろうとしたミレベンゼにエメザレが言った。

「なんだよ、淫乱姫」

「ひとをエロゲのタイトルみたいなあだ名で呼ばないでくれる」

「あだ名つけんのは趣味なんだ。気にすんな」

「あそ。ま、いいか……。で、あのさ、君っていつも僕の後始末してくれてるんだよね」

 エメザレは制服をもそもそと着込みながら、妙に小恥ずかしそうな声を出した。

「そうだよ。掃除係だからな。お前の、っていうか宴会の後片付けだけど、いつもケツの中まで洗ってやってるよ。あとゲロ掃除な」

 考えてみれば、ミレベンゼはエメザレと話したことはあまりなかった。毎日の付き合いではあるが、エメザレはほとんど正気を失っていて、まともな会話はできない。かなり久しぶりに会話らしき会話をしている気がした。

「そのときにさ、君、僕のこと抱いてるの?」

「は? は? やややや、や、やってねーよ。あほか!」

 ミレベンゼは何気なく変なところで初心(うぶ)であった。仕事とプライベートはまた違うのだ。いや、実はエメザレを洗っているときに荒ぶることもあったりするのだが、そこはぐっと耐えていた。
 それにミレベンゼはただの掃除係だ。犠牲者とやれるような立場にない。やったところでばれないだろうが、ルールを無視して、しかもやりすぎて正気を失ってる奴を抱くのは、なんとなく気が引ける。

「顔、赤いよ」
「うるせーよ」
「本当にやってないの?」
「やってねーよ! 俺のことを信じろ!」

 ミレベンゼは微妙に半泣きになりながら叫んだ。一応我慢をして、しっかり仕事をこなしているのだ。誤解されるのは不本意極まりない。

「やりたかったらさ、やっていいよ。どうせ覚えてないんだし。いつも後片付けしてもらってるお礼。でも素面のときはやめてね」

「そんなこと言ってると、今度ほんとに突っ込むぞ」

 ミレベンゼは言ったが、エメザレはふっとほくそえんだ。

「な、なんだよ」

「君ってさ、粋がってるみたいだけど実は真面目でしょう」

「俺は真面目じゃないぞ! 不真面目だ!」

「ミレーゼンが、君を可愛いって言う理由がわかったよ」

 エメザレは面白そうにミレベンゼを見回すと、勝手に納得したらしく、根性の悪そうな笑みを浮かべたまま、歩き出した。

「お前、淫乱姫! なに笑ってんだよ、おい、待てよ! お前性格悪いぞ」

 ミレベンゼが、実は自分が真面目キャラであることを自覚するのは、まだまだ遠く未来の話である。


完。

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