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古の女王08



「まず初めに、私は伝えます。情報源についてのことは話ができません。モート種族の
情報システムはとても長い時間をかけて作られたものです。我々はそれを使って世界中のことを知ることができます。それが機密事項のひとつです。なぜ我々がそのことを知っているのか、という質問は答えません」

「わかった」

 と答えたが、なにか引っかかる。高峰が限りなく真実を知っているようにも聞こえる。相手は世界を征服できる武器を所持しているとされるモート種族だ。多少の誇張を差し引いても、他種族には真似できない高度な情報収集能力を持っていることに納得はできる。

だが、それがどれほどのものなのか。まずはそれを探ってみたほうがいい。

イウは高峰をにらめ付けるようにしながら立ち上がると、高峰のほうへ歩いていった。そこで気が付いたが、高峰が先ほどこちらへ近付いてこなかったのは、遠慮していたからではない。セウ=ハルフたちが話を聞きにくいように、距離を保っていたのだ。

イウが高峰の向かいに立ち止まると、やはり聞かれることを意識しているらしく、高峰は声をひそめて話し始めた。

「我々はエメザレにとても興味を抱いています。オルギアの消失事件と、エメザレの空間転移の現象は似ているからです。知っていることを教えてください。エメザレについて、どんなことでも構いません」

「ぼくがエメザレを見たことがあるのは一度だけだ。今から四年前、エメザレはクウェージアの宮廷で働くことを許された。その時、父上の用事でぼくも宮廷に――」
「ひとつ、言います」

 だがイウの発言はすぐに遮られた。確かに彼の発言は嘘ではあったが、当時の立ち位置としては、あながち嘘というわけでもない。実際、四年前にイウがエメザレと話をしたのは二度だけだった。しかし高峰はまるで全てを知っているかのように、イウの話を静止したのだ。

 冷静でいようとすればするほど心臓の鼓動は早くなり、指の先が震えてくる。イウはなんとか落ち着こうと、静かに息を吐いて耳を傾けた。


「私はクウェージアともスミジリアンとも関係ありません。私はイウさんに不利益を行いません。そして常識外の出来事を簡単に否定しませんし、イウさんの考えや行動を責めることもないです。どうか真実を語ってください」


 高峰の声は平坦で高揚しない。優しい印象に包まれているが、どこからとなく威圧を感じる。そう背が高いわけでもないのに、高峰が聳えているようにも見える。まるで大きな影が静かに忍び寄ってくるようだ。

「ぼくは……四年前にエメザレと会って、それで……」

 彼は恐かった。氷のように透き通った高峰の瞳の奥に、本能にも似た強大な知識欲が見えたからだ。モートという種族そのものに、その本能が根付いてしまっているのだと思った。知りたくて知りたくて、モート種族は常にあがいているのだ。どんなに隠そうとしても、押し殺しても、むしろ欲望は凝縮されて狂気のようにすら見えてしまう。
 なんと恐ろしい種族なのだろう。

「私に、エメザレが失踪したという情報がありました。しっかり確認したわけではないですが、事実に臨時政府は指示が出せていないのです。このことはご存知ですか」

 高峰は淡々としている。平然としていて、表情がわずかにも動くことはない。

 高峰はどこまで知っているのだろうか。クウェージアでエメザレの失踪はとっくに騒ぎになっているのだろうか。死体は発見されてしまったのだろうか。一体どのような見解がなされているのか。高峰はなぜそのことを知っているのか。
 イウは、高峰が答えることはできない、と言っていたその質問にぶつかって、返す言葉が見つけられずに沈黙した。


「エメザレは死んでいますか?」


 声が出なかった。
 なぜそのことを知っているのか。

 何度も何度もその疑問が頭を巡っていく。モート種族はあらゆることを知っている。知り尽くしてしまいたいと願っている。きっと敵わない。真実がわかるまで高峰は追求を続けるだろう。たぶんそれが存在意義なのだ。だが知りたいのは真実だけだ。罪を裁くことではない。糾弾でもない。高峰は義憤に駆られない。高峰は――高峰ならば、行くべきところへ導いてくれるかもしれない。
 彼は覚悟をした。

「ぼくは……新造生物ゴルトバと話した」

 と言った瞬間、今まで無表情だった高峰の顔つきがほんの少し変わった。表情が読み取れないほどの僅かな動きだったが、喜びだったのではないかと彼は思った。
 そして高峰は突然向きを変え、セウ=ハルフ達に背を向けた。イウも肩を掴かまれ、同じ向きに変えさせられた。

「セウ=ハルフさんは読唇できます。気をつけて話してください」

 充分に離れた位置にいるのだが、聞かれることを警戒してか、高峰はイウにぴったり張り付くように身を寄せて、耳元で囁いた。

「読唇?」

 とイウは聞いたが、高峰は質問には答えず話しだした。

「もしかして、ゴルトバはエメザレの身体を修復したと言っていましたか?」
「力を貸したとだけ言っていたけど、修復したという意味だと思う。ぼくは四年前、宮廷を追われるエメザレを見たんだ。小さいときの記憶ではあるけど、はっきりと覚えている。あの身体ではもう歩くことはできなかった。死んでいてもおかしくなかったくらいだ。ゴルトバの能力を借りなければ、元の身体に戻ることはできないと思う」

 イウも後ろを気にしながら、高峰の耳のできるだけ近くでそう言った。

「なるほど。ではエメザレが死んでいるか、そして殺したのは誰か、という質問はもうしません。真実は直にわかるだろうからです。動機をお聞きしたいところですが、それは我々の研究分野とは関係ないですから、無視しておきます。

実は我々は、ラルレの空中庭園に出てくる新造生物ゴルトバがエメザレの身体を修復したと、可能性を考えました。我々と言っても本国ではありません。学術団の六人が考えたことですが、正しいかもしれません。ゴルトバはどのようなことを言っていましたか。ゴルトバの目的はなんですか」

「ぼくはエメザレの近くで声を聞いた。形のない声だけの存在で、頭の中に直接響いてくるような感じだった。エメザレがなぜ、どうやってゴルトバと出会ったのかは知らないけど、ぼくが話したのはゴルトバではなく、ゴルトバを母さんと呼ぶ『不完全なエメザレ』だった。目的がなんなのかは聞かなかったからわからない。ただ、母さん――つまりゴルトバは遺伝子情報と住基盤を集めていると、そう言ってた。そしてすぐに、母さんのところへ行くと言って声は聞こえなくなった」

「住基盤とはなんですか。初めて聞きました」

 高峰は初めて表情らしい表情を見せて悩やみ、顔をしかめた。

「さぁ。ぼくにもよくわからなかった」
「そうですか。あとひとつ、エメザレの空間転移は本当ですか」

 この質問に答えるか、イウは少し悩んだ。それを肯定するということは、もはや自分がクウェージアの王子であることを認めるようなものだ。

 隠したい、という気持ちはあるが、高峰に隠しても無駄だろうと思った。証拠はないのかもしれない。だが高峰は確実にイウの正体に気付いている。しかし先ほども述べたように、高峰が知りたいのはゴルトバのことだ。善悪や正誤を決めたいのではない。世界の摂理を知りたい。それだけなのだ。
 イウはゆっくりと頷いた。

「ならば、あなたは生き返ったのですね。エメザレに手紙を送ったのはあなたですか。どうやって? なにが起こったのですか」

 動揺しているのか、高峰はわずかに早口で言った。

「わからない。自分でも、なにが起こっているのか、なんなのかわからない。ぼくは死んだ。エメザレに殺された。それなのにぼくは、イースの個人世界というところで目を覚ました。イースの代理と名乗る顔だけのやつが、ぼくの遺伝子の修復するとかわけのわからないことを言って、生き返らせたんだ。でもイースの個人世界は一万年の間、開かれたことがなく、ゴルトバが言うには、この世界での『復活』は不可能らしい。そしてゴルトバはイース代理を狂っているとも言っていた。だけど彼らの言うことは、ぼくにはほとんど理解できなかった。でも思うんだ。ぼくはもしかしたら、世界において規定外の体験をしてしまったのかもしれないと。高峰はなにを知っているの? 新造生物ゴルトバがなんなのか、イース代理はなんのためにいるのか知ってる?」

「イース代理のことについてはわかりません。個人世界という単語も聞いた事がありません。ゴルトバについても正確なことはわかりません。全て仮定です。ですが、空間転移を可能にする能力はゴルトバは持っていないはずでした。

これは我々の考えではなく、私の考えですが、新造生物は他にもいるのではないでしょうか。新造生物ゴルトバが身体を修復し、違う新造生物が空間転移させた。知ることを我々ができないだけで、新造生物が世界のどこかに多数存在しているのかも――いえ、いるでしょう。おそらくイース代理も新造生物かそれに近い存在と思われます。ただ我々の力では見つけ出すのができない。新造生物などは一部の法則を変える事が許される存在と仮定されています。世界法則に支配的な勢力の一部なのでしょう」

「世界法則に支配的な勢力か。それを普通に考えるとするならば、最高位にいるのは神、ということなのかな。でもイース代理もゴルトバも、ぼくたちが知っているような神のイメージからはかけ離れていた。事務的というか、形式的というか……。しかし、どうして高峰たちは世界中の情報を集められるだけの能力を持っているのに、支配的勢力と接触できないんだろう」

「支配的勢力と接触するためには、なんらかの移行装置の役割を果たす、原因や現象、出来事があることは必要で、それはあちら側が提示しない限りは起こらないですから、我々は仮定し推察するしかなりません。それに、さすがに別次元となると我々の情報システムも意味がありません。

私は、エメザレがどのような経緯で新造生物に出会ったのか、それが発端ですから、それさえわかれば、我々を支配している勢力に近づけると思うのです。それは大きな出来事になるでしょう。おそらくエメザレは支配的勢力に選ばれました。エメザレの選出は物事の始まりに過ぎず、なにかが起こります。とてつもない巨大なことです」

「とてつもなく巨大なこと……」

 高峰の言葉は不吉な予言のようにも聞こえた。
“エメザレは支配的勢力に選ばれた”そしておそらく自分もだ。一体なぜ、誰によって選ばれたというのだろう。支配的勢力の望みはなんなのだろう。そしてこれからなにが起こると言うのだろう。

 辺りには淋しい風が吹いている。彼と同じように淋しい風だ。それに撫でられて優しくうねる草原の海は穏やかで、至大の転機が訪れる兆しなどどこにもないように思える。だが静穏な情景とは反対に、イウの心には憂慮ばかりが巣食っていく。

「支配的勢力を暴くには機会がいいのかもしれません。ただ私は支配的勢力を見つけてはならない気がします。矛盾しますが、私がここにいるのはそれの正体を知りたいからです。知識欲に私は抗えません。しかし、見つけてしまったらどうなるでしょう。法則の構造が全くわかってしまったら。そうできてしまったら、支配されなくなって、我々はどこに行くことになるでしょう。なぜか私の空想の果てに現れるのは、まっさらな虚空です。わかっていて止めることができません。歩むことを。私がモートだからでしょうか」

 高峰の表情のない顔が悲しそうに見えた。そんなふうに見えるのは、彼がモートを見慣れてきたからだろうか。高峰の瞳からは知識欲という狂気が消え去っていた。
「高峰、ぼくはゴルトバにアシディアに会えと言われたんだ。アシディアに会うためにオルギアへ行けと。手掛かりはそれしかない。なにかわかることはある?」

「アシディア、ですか。彼女に関することの文献は、ほとんど残っていません。古い時代のことだから、ということもありますが、意図して誰かがアシディアに関することを歴史から抹消したようです。そんな形跡があるのです。今、我々がわかるのはアシディアの神話的、伝説的な内容でしかありませんし、何度もオルギアは我々が探査しましたが、アシディアの名すら発見はできませんでした。しかし、どうやらイウさんと我々の目的は同じようですね。我々は2598年前に起こったオルギアの消失事件で、オルギアは別次元に移行したと考え、そこでアシディアもオルギアの住民もまだ生きていると考えます。そして別次元への入り口がオルギアにあるとして調べているのです」

「だけど、まだ見つかっていないというわけか。でもゴルトバはオルギアに行けと言った。必ず、オルギアに手掛かりはあると思うんだ」

全ての秘密を暴露してしまったせいか、彼は一気に気持ちが楽になって、高峰に妙な親近感を覚えていることに気付いた。高峰に会ったのは間違いではなかった。高峰の存在は心強く、進むべき道が拓けたように思えた。

「私もイウさんの話を聞いて確信しました。この世界には法則に支配的な勢力があり、複数の別次元が存在する。そして別次元は支配的勢力の根幹にへと繋がっているでしょう。イウさんと共に行動すれば、それが見えてくる気がします」

「ぼくもだ。高嶺と一緒なら探せ出せそうな気がするよ。話せてよかった」

 彼は無駄だと知りつつも高峰に笑いかけた。

「イウさん。もしオルギアでなにもわからなかったら、行く場所に困りませんか? 強制はしませんが、そうであるならば我々と本国に行きませんか」

 やはり高峰は微笑みもしなかったが、イウの顔をじっと覗き込んできた。間近で見る高峰の肌色は深い夜のように美しかった。

「でもモートの国に行ったら二度と外へ出られないんだよね」
「基本的にはそうですが、オルギア探査に同行は認められると思います。とにかくこれを渡しておきましょう。剽軽からも渡しておいてほしいと言われましたから。我々と来るかどうかはゆっくり考えればいいです」
 と言って、高峰はコートの裏ポケットから黒いカードを取り出した。まるで磨かれた黒い大理石のように凹凸がなく、テカテカと輝いている。その輝きはモートたちが着ているコートの素材に似ている気がした。

「わかった。ありがとう」

 差し出されたカード受け取ってみると、信じられないほどに軽かった。カードの素材は布でもなく石でもない。一体なにでできているんだろう、と思いながら彼はそれをポケットにしまい込んだ。



「内緒話か……つれないなぁ。話は終わったの」

 背後からセウ=ハルフの声がした。セウ=ハルフは振り返るといつもの屈託のない様子でこちらを見ている。デミングはそのとなりで優雅に昼寝を決め込んでいた。なんだか日常に戻ったような気分で、彼は緊張の糸がほどけたのがわかった。

「終りました。長くなり、申し訳ありません。私は戻ります」

高峰が再びセウ=ハルフに背を向けた時だった。

「もしかして、と思うんだが、高峰は俺のこと知ってるんだろうか」

 セウ=ハルフは妙な質問をした。そういえば高峰は、セウ=ハルフが読唇できると言っていたが、なぜそれを知っていたのだろうか。

「知っているか、というのは、意味はどういうことでしょうか。あなたの身分であるならば知っていますが」
「やっぱり知ってたのか」

 イウは二人の会話の意味がよくわからなかったが、セウ=ハルフの謎の職業のことだろうと思った。デミングもデミルマートも知らない、セウ=ハルフの本当の職業のことだ。高峰は当然のようにそれを知っているようだった。

「はい。知っています」
「なぜ知っている?」
「その質問は答えません」

 高峰とセウ=ハルフのやり取りは段々と殺伐としてきている。

「あれ? 話は終わったの? どうしたの?」

のんきなデミングもそんな空気に気付いたらしく、目を擦りながら起き上がってきたが、残念なことに高峰とセウ=ハルフの眼中に入っていなかった。

「ばれてるなら、ばれてますって言ってくれればいいのに」
「ばれてるってなにを? なんの話?」
「すみません。言ってしまったら、セウ=ハルフさんに悪いと思いました。しかしいつか、そのことについてはお話するつもりでした。本当は今回の件が終った時に、言わなければと思っていました」
「へぇ。話ってなに?」

 会話の端々に刺々しさを感じるが、高峰もセウ=ハルフも平静を保っている。むしろ一番平静でないのはデミングだ。会話に付いていけず、セウ=ハルフの隣で困ったように慌てているのが、なんだか滑稽だった。

「セウ=ハルフさん。私は一つだけ忠告をします。友達と思っているからです」
「それはどうも。是非お聞かせ願いたいもんだ」
「あなたの王はこれからあなたに試練を与えます」
「王?」

 デミングは、はっとしたように言うと、セウ=ハルフの顔を信じられない、というように見つめた。

「私はそれについて怒りません。あなた方にとって、モート種族は不可解な存在と思います。理解します。ですが、王の側近である『王の盾』のあなたが、我々の監視に当てられていることに、私は重大に思いました。それは我々をとても警戒しているか、大きな計画を持っているか、ということでしょうから。申し訳ありませんが、意図がわからず、我々は調べました。

セウ=ハルフさん。あなたは近々、我々の国に送られます。あなたの王から、そう命令があるはずです。あなたに贈った黒いカードを使って、我々の国に入り、機密事項を調べさせるつもりです。あなたが、それを成功すれば我々の立ち入りはもう今後、拒否されるでしょう。それも困りますが、それより断言できることがあります。もし、あなたが我々の国にとって不利益な行いをしたら、それは死ぬことを意味します。あなたは死にます。確実なことです。私はあなたを友達と思っています。だからカードをあげました。あなたが死ぬことは悲しいです。ですから、どうか我々の国へは来ないでください」

 高峰の静かな声の中に祈りを聞いたような気がした。高峰はずっと前からセウ=ハルフの身分を知っていたのだ。それを言わなかったのは、言う必要がなかったというのもあるかもしれないが、せっかく築いた不安定な友情を壊したくなかった、という気持ちが確かにあったからだろうと思った。そういった温かい気持ちがないのならば、カードが悪用される計画を目の前にして、イウにカードを渡すわけがない。

「俺の王はそんなことを考えていたのか。全く知らなかった。でも俺に拒否権はないんだなぁ。悲しいことに。だからそんなことになったら、亡命でもしようかと思うよ。行く当てがないから、その時はやっぱりモートの国へ行くかな。高峰の家に泊まらせてくれると嬉しいんだが」

 セウ=ハルフは冗談のように言って笑った。なんの恐れもない。覚悟を決めきっているのだ。心が動くことはないんだろうな、とイウは思った。

「え? えぇぇ? そうなの? そうだったの?」

 デミングはクマのひどい眠そうな目をひん剥いて、緊張感のまるでない声で驚いていたが、やはりそれもセウ=ハルフに流された。

「セウ=ハルフさん。私は確かに忠告をしました。残念なことですね」

 高峰はうつむいて呟いた。

「うん。俺もちょっと残念かも」
「お手間を取らせました。もう少ししたら先に進みましょう」

 その時だった。イウの耳に変な雑音が届いた。鈍い鈴のような音だ。もしくは金属が擦れ合うような音。シャンシャンという聞きなれない音だ。

「音! 音!」

 声の先を見ると、幻影が必死になにかを指差して叫んでいた。





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