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悪の終01

(スカ表現含む、蛇責め、焼印、性器切断、眼球釘刺しなどの残酷な描写のオンパレードですので、苦手な方はお願いなので見ないでください。エロくはないです。多分)



 1580年。クウェージアは滅んだ。

 小国といえども、歴史ある一つの国の終焉を目の当たりにして、彼は改めて自分の無力さと小ささを思い知った。元から国のあり方を悲観し、いずれはそうなるであろうと人事のように観覧していたが、やはり仕える国がこうあっさり無くなると感慨深くもなるものである。なにより彼は宮廷拷問師という最も輝かしい職を失ったのだ。気落ちするのも無理はない、と力なく自分を励ましてもみた。

 彼は目を閉じていたが、とうの昔に目が覚めていた。顔面に降り注ぐ太陽の光を鬱陶しく感じながらも、半分意地のようなもので目を開けたくなかった。特注の、一人で寝るには広すぎる――孤独すら感じるほどに巨大なベッドの上で、彼は朝からずっと目を閉じて起きている。
 現実は常に安息を与えてくれないが、目を閉じて起きている時だけは現実が無力になることを彼は昔から知っていた。
 しかし、ベッドすぐ左脇にある無駄にでかい窓からは、邪魔な光と共に騒がしい中年男の怒鳴り声が何度ともなく彼の意地のような夢を侵してくる。

 クウェージアを滅ぼし彼の職を奪った張本人――今は新王国の英雄であるエメザレが白い髪の国外追放を決定したために、この宮廷のある首都を含めクウェージアに住んでいた全ての白い髪は期限内に自ら国外に出て、白い髪の隣国スミジリアンに赴かねばならなかった。

 エメザレの胸糞悪い中途半端な恩情だか根性だかのお陰で、スミジリアンの王と同盟を結ぶことに成功し、有難くも全ての白い髪は路頭に迷うことなくスミジリアンの一地区に住むことが簡単に許可された。
 おそらく革命前から話はついていたのだろう。ついでに言うならば灰色の髪もそこに住むことを許された。
 スミジリアンにおいて白い髪と灰色髪は平等である。しかし四百年、自らが頂点と信じ君臨し続けてきたクウェージアの白い髪が灰色髪と今更平等になど暮らせるだろうか。むしろその扱いに不平を垂れ、白い髪と灰色髪の確執は一層深まることだろう。

 追放の期限は二週間あったが、あと三日と迫っているのが今日である。
 大貴族の大荷物といったら絶句するほどで、しかも強欲な彼らは皿一枚ペン一本残さずに運ぼうと試みていたので、どう見積もっても二週間で引越しを終えるのは不可能であり、哀れにも追い詰められて外で騒がしく使用人を慌てふためかせているのだ。

「ジヴェーダ様、よろしいですか?」

 ドアを三度叩く音がして、それから若い女の声がした。
彼は現実に戻ることをいたく面倒に思ったが、無視すれば返って用が気になる性分であったことを思い出し、妙な覚悟を決めると仕方なく目を開けて現実を招き入れた。

「なんだ」

 目を開けると不快な太陽の強い光が目を直撃した。そのせいもあってか自分でも嫌になるほど不機嫌そうな声が出ていた。
 部屋の外のおそらくメイドであろう若い女はその声が恐ろしかったのか、なかなかジヴェーダの問いに答えない。普段ならば怒鳴り散らしたことだろうが、少なからず感傷的になっている彼には怒鳴ることすら面倒だった。
 彼は太陽の光から逃れようと身体を起こすと、右手を両目に当てて即席の暗闇を作った。指の隙間から太陽を見れば、思っていたより時は西に傾いている。

「なんだ。早く言え」

 彼は珍しく無理をして優しい声を出した。

「失礼します」

 静かにドアを開け、ジヴェーダの顔色を伺うように静々と入ってきた若いメイドは、まだベッドに半分入っているジヴェーダにまず驚き、何も片付けられていないその部屋を見て今度は驚いたような呆れたような顔をした。

 にわかに信じられないほど高価な物がゴミのように床に放置されて、それが一面に広がっている。棚に飾ってある置物にも厚くほこりが積もり、かつて白かったであろう様々な品はジヴェーダの髪の色と同じ薄汚れた灰色をしていた。

 メイドがあまりにも部屋をじろじろと見るので、ジヴェーダは不快そうな目つきで――もっとも彼はいつもそうだが、メイドを睨むとそれに気付いたメイドははっとした顔をしてから小さく咳払いをし、やっと口を開きかけた。
 しかしすぐに、今度はジヴェーダのガウンが少しはだけていることに気が付いて顔を赤らめた。
 面倒な奴だといらいらしながらも丁寧にもはだけを直してやると、今日は十年に一度の穏やかな日なのだろうかと自身を疑いたくなった。

「お客様がお見えです」
「客?」

 ジヴェーダは眉をひそめて聞き返した。
 宮廷に勤めて七年経つが一度も客が訪ねて来たことはない。灰色髪の旧友が何人かいるにはいるが、自分を除く白い髪以外は宮廷に立ち入ることが出来ないために、彼らが訪ねて来ることはなかったし、白い髪に友人らしき人物はいなかった。

「臨時政府の軍服を着た黒い髪のお方です。カウチ・ハウバーと名乗っています。細身で利発そうな……美しいお顔立ちの方でございますわ」

 何を恥ずかしがっているのかメイドはまた頬を赤らめて、もじもじと下を向いた。

「カウチ・ハウバー(小川の守)ね」

 取ってつけたような偽名だ。彼は鼻で笑った。最も多い姓とどこにでもある名前だが、それ以前に臨時政府の制服を着ているということは、元は孤児の軍人か革命前まで田舎で畑を耕していた農民の若者であろうに、市民階級以上しか持てないはずの姓を名乗ってくるというのが変な話だ。
 胡散臭いと自ら伝えているようなものである。
 細身で利発そうな美しい顔立ちの黒い髪で、臨時政府の制服を着て自分に会いに来るような人物は一人しか思い当たらない。

 エメザレか。

 にわかに鼓動が早まるのを感じた。

「お前、宮廷に来て何年だ」
「一年と半年でございます」

 なるほど、エメザレの顔を知らないわけだ。
 エメザレがここで働いていたのは四年も前のことだ。つい最近のことのような気がするが、もう何十年も前のことのようにも感じる。エメザレが宮廷に来たことで一瞬国の空気は革新されたが、結局無能者として宮廷を追われると、何事もなかったように新しい空気の穴は閉じられた。

 四年前ジヴェーダがエメザレにした仕打ちを思い返してみれば、恨むのは当然である。
 なんの理由もなく鞭で打ったし、何度も殴った。毎日のように酷く犯して屈辱的なことをさせた。そして最終的に両足を折り軍人として使いものにならなくさせたのも他ならぬジヴェーダだ。
 新王国の英雄に返り咲いた今、ジヴェーダのもとへ恨みを晴らしに来るのは不思議な話ではない。むしろ道理といってもいいくらいだ。

 しかし報復や恨まれるのを恐れていて拷問師が務まるだろうか。昔、年老いた拷問師が「拷問師は暗殺されて一人前」と言っていた。もしエメザレが自分を殺しに来たのだとしても、一人前になれる良い機会だ、と自嘲してやることにした。

 なんにせよ今の彼は抜け殻に近かった。今後についてなにも決まっておらず、だからといって慌てふためくわけでもなく、何もない空中を意味なく彷徨っている気分で、しかも身を置く気も場所も探す気にもならない。

「まぁいい。呼べ」

 諦めて投げやりに言った。

「かしこまりました」

 メイドは深々と頭を下げると、また静々と部屋を出て行った。

 やっとベッドから抜け出した彼は、寝起きのゆらめきをまといながら鏡の前に立ち何を着るべきかと悩んだ。なんでもなければおそらくガウンのまま客を迎えたことだろう。しかし今日の場合は着ている服がそのまま死装束となる可能性を含んでいる。
 
 死ぬ時くらいは着たい服を着て死にたいものだ。

 ジヴェーダはクローゼットを勢いよく開けた。
 前面には白い服が連なり一枚の紙を入れる隙間もないほどに押し詰められていたが、その白い服を全て引っ張り出し床に投げ捨てた。どれもこれも美しい、ただの白に見えてよく見れば細かい刺繍が施してある、それは高級な服であるが自分の最後を飾るのにはふさわしくない。

 彼は奥の奥にしまい込んでいた瑠璃色のシャツを引っ張った。
 クウェージアではかなり珍しい色の服だ。ずいぶん昔に馴染みのある商人にシクアス種族の国から買い付けさせたもので、床に投げ捨てた一番高い白い服より十倍近く値が張る。それを手に入れたときの喜びを覚えているが、問題は白い服以外の着用が宮廷で認められていないということだった。
 かしこまって外に行く用もそうはない。結局一度も着ないまま奥の奥へと押しやられた。
 彼は迷いもなくそれを着込み、黒の下をはいた。靴はモート種族が履く高級蛇の長いブーツにした。

 満足して鏡の前に立ったジヴェーダは、ふいに彼らしさを取り戻し鏡の中の自分を笑った。

 なにを恐れて死ぬ支度などしているのか。おめおめと死ぬこともないだろうに。俺はどうかしているに違いない。

 彼は床に投げ出された白い服の上を土足で通り過ぎ、机の引き出しの中から金のナイフを取り出した。

 これで奴を殺せるだろうか。

 金の――これまたたくさんの宝石が散りばめられた美しい鋭利なナイフをまじまじと眺めながら彼は考えた。

 いや、殺せないだろう。

 宮廷に来たエメザレを初めて犯すとき、現れた裸体はとても綺麗であり戦場で受けた傷の跡は一つもなくただ白かった。それはエメザレがいかに強いかを表し、そしてそんな強敵をこうして簡単に支配して自分の好きにできることに限りない幸福を感じたのだから。

 ないよりはマシか。

 彼はそのナイフを袖に忍ばせ、なぜ会うことを承諾してしまったのかと今更に後悔した。

 その時、ドアが四度ノックされ彼に重い緊張が走った。
 逃げてしまおうか。

 今、窓から飛び降りれば丁度良くも引越し準備で家具がひしめき合う路上に出られる。運良くソファーかベッドの上に着地できれば死なずに済むかもしれない。
 だが、もし下にベッドもソファーもなかったら? 地面に叩きつけられて死ぬだろう。殺されるのを恐れ切羽詰って窓から逃げ出し落ちて死ぬ?

 あり得ないな。

 ジヴェーダは不気味な薄笑いを浮かべて諦めた。

「入れ」

 震えるのを押し殺し彼は低く言った。

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