無題 1/1


 エスラールは微かに暗い色を宿し、恐らく当人はそれに気付くことなく、部屋を出た。私は背中に何か言いかけては言葉が出ず、悲鳴の様に彼の名を呼んだ時には愛しい姿は扉の向こう。
 エスラール。私の所為で不幸になる、私の恋人。私を愛おしむあまり自分の持つ他の全てを捨て去ってしまった、かわいそうな人。
 どの口が彼を嘲るのだ、そうさせたのは誰でもない、私であるのに。

「ごめんなさい」
 一人きりの『独房』で、そっと囁く。この部屋はきっと、私が君を捕まえてしまった罪を贖う、その為に出来ている。空虚さの満ちたこの部屋はきっと、私の心の虚ろと同等なのだ。
 君に謝ろうものなら、間違いなく君は悲しむだろう。哀しい眼をして笑いながら、私にそんなことを言わせた自分自身を責め立てるのだろう。
 出口のない迷路から抜け出すには、あと何のピースが必要と云うのか。

「ごめんなさい」
 その声さえ掠れ、潰れたに等しい喉はまともな音に変換してくれない。違う、違うのだ、私が言いたい台詞はこんなものじゃない、そう、



「エメザレ、ただいま」
 今日も彼は帰宅しな、私に笑顔をくれる。私は嬉しくなって、辛苦を強いていると知りながら、手ずから本を受け取るのだ。乙女の様に頬を染め、しかし両手でこの胸に抱けない私の罪を、どうか赦して欲しい。
「エメザレ?」
 エスラールはそう言い、私を覗き込んだ。不安げな瞳が私を捉える、ああ、私の好きな、エスラールの色をしている。
 いつもなら私は何でもないと微笑むだろう。しかし今回は、彼が訝しむ理由を理解している。だから寧ろ堂々と、私は恋人を見据えた。

「有り難う、エスラール」

「……どうしたんだ、急に」
「いや、たまには御礼を言いたくなって。本当にそれだけだよ」
「まさか」エスラールは不意に、苦しい様などこか痛む様な表情をした。「今のが辞世だなんてことはないよな?」
「まさか」私は先の台詞とは違う意味で、そう口にした。
「私は君の厭う言動をして、エスラールを困らせる趣味はないよ。他意は無い、本当だ」

 エスラールは一頻り難しい顔をしていたが、やがて私まで気持ちの晴れる笑みを浮かべてくれた。
「此方こそ、俺の恋人で有り難う、エメザレ」
 唇に触れるだけの接吻を施され、私はいきなり気恥ずかしくなって身を捩らせた。





常盤様に書いて頂きました!!!あ、甘い。二人がなんか甘い!!!新境地!!いい!可愛い可愛い可愛いーーーーー!!しかし、しっかり病んでいる。この素晴らしいコントラストをヤン甘と名付けましょうか!(もう黙れ)
さすが常盤様です。どうもありがとうございましたTT

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