誰よりも何よりも!終
2014/07/02 01:11
「修吾ー、俺もう出るからな、鍵頼んだぞ」
「あっ待って待って溝山さん!」
「うおっ」
溝山の出勤時間の方が修吾の登校時間よりも早い。
玄関先から声をかけた溝山に、リビングから飛び出してきた修吾が抱き着いてきた。
「溝山さんっ」
「はいはい」
唇を突き出したままねだる修吾の坊主頭を撫で、口づける。
触れるだけのキスをして、修吾の嬉しそうな笑顔に蕩かされてしまう。
「行ってきます、修吾」
「行ってらっしゃい、溝山さんっ」
「へへー、雷っ行ってきますのチューする仲になったぞっ」
「そっかあ、良かったねえ。もう相思相愛だよねぇ、ラブラブだよ」
「だよなだよな!もう恋人同士!って感じだよな!」
「うんうん、もうこれ以上はないってくらい、正真正銘恋人同士だよー」
春川雷は幼なじみで親友である修吾からの報告をきき、うんうんとひたすら相槌をうった。
単純な修吾は、日常的に溝山がキスをしてくれるようになったことですっかり安心し、あれ程エッチだなんだと拘っていたことをすっかり忘れてしまったらしい。
親友の嬉しそうな笑顔を見守り、雷は安堵と共に心中で胸を撫で下ろした。キスで良かったんだ修吾。それで満足するなら、そっちに重点を置いて最初からアドバイス出来たんだけど……まあ幸せみたいだからいっかなー。
「今日も愛妻弁当ですか溝山さん、羨ましいですね」
「馬鹿野郎、修吾の弁当だ」
「え、何か間違いましたか俺?」
「いや……もういいだろ、ったくよお」
昼食の時間に茶化してきた篠宮を一睨みし、溝山は改めて修吾が作ってくれた弁当を眺める。
日常の激務を乗り切れるのも、この弁当のお陰だ。
修吾とはとうとう、一戦を超えたというか毎日キスをする関係になってしまった。
そのせいで溝山の抑え切れない劣情が爆発寸前になったり、キスだけで満足している修吾が妙な言動をしなくなったりと良し悪しはあるのたが、まあとにかく、幸せだ。
「毎晩修吾くんとお盛んなわけですね、最近妙に生き生きしてますもんね」
「ヤってねえよ、いい加減にしろ」
隣で社食を突つく篠宮が、どうにもネチネチと絡んでくる。
こいつ女と上手く行ってねえのか?と下世話な考えまで浮く程だ。
「美味しそうですよね、修吾くんの弁当……俺にもたまには作ってくれないかな」
「さあなあ、修吾は優しいからよ、頼めば作ってくれるんじゃねえか?俺が許さねえけど」
本気で羨ましそうに呟く篠宮に、意趣返しも込め意地悪に答える。
篠宮は少し黙ったあと、やけに真剣な目で溝山を見上げてきた。
「修吾くんて生れつきゲイでしょうか?」
「はあ!?お前何言ってんだよ!」
「いやそしたら俺ももしかしたら可能性あるかなと思って……可愛いじゃないですか修吾くん。俺この間も言いましたけど、修吾くん本気で可愛いと思ってるんですよ、最近溝山さんから色々聞いてたら、自分の気持ちが分かってきたといいますか」
「はあ?……は!?」
「あ、緊急の召集ですね。溝山さんではまた」
「お前召集なんてかかってねえだろ!おい篠宮!」
あまりの篠宮の告白に固まっている溝山を置き去りにし、涼しい美貌の長身の青年は、そのまま食堂を後にしてしまった。
以前篠宮が言った言葉が、今度は違う迫力を持って頭を駆け巡る。
『他で試してみようとか―――』
「溝山さんお帰りなさいっあのすみませんちょっと英語やばくて!教えて欲しいとこあるんですけど!」
「ただいま。……英語?中1の英語なんか大したことねぇだろ……」
「だって全然頭に入ってこないんですよ!?be動詞とか複数系とかっ何言ってんだ!て感じなんですよ!」
「そうかよ……」
帰宅した溝山を迎え入れた修吾の慌ただしさに引きずられるまま、唯々諾々と後に従う。
あ!と思い出したように修吾が振り返り、そして。
「溝山さんっ」
「んっ」
下から頭突きのようにキスをしてきた修吾を、抱くように受け止める。
「修吾、……キスするのとか俺だけにしろよ?」
「大丈夫です!俺モテないから!溝山さんこそ浮気しないでくださいねっ」
「……俺もモテないから大丈夫だ」
「え……?嘘つき!溝山さんめっちゃモテるくせに!前にお母さんが言ってましたけど!?」
「はああ?いや昔は……っでも今はマジでモテねえってっお前俺に何年も女とかいねえの知ってるだろ?」
急に不機嫌になってしまった修吾に慌てる。薮蛇にも程があるだろう。
「……そういえば溝山さん、どこで欲求不満解消してるんですか」
ボソボソッと修吾が唇を尖らせ言う。話の展開についていけない。
「どこも何も……彼女がいねえんだ、発散してねえよ……」
「じゃあどっか適当にデアイケーとかで?男の人はそういうのにこだわりないって、雨美(ウミ)さんが言ってた……」
「はあ!?」
雨美とは春川家の長女の名前だ。
本当にどいつもこいつも、何故こうも修吾に要らない知識ばかり吹き込むのか。
溝山はもうどうにでもなれと思う。修吾にお前一筋だと分からせるためなら、恥も外聞もかなぐり捨てだ。
「オナニーなりなんなり発散してんだよ、だから他所で女だいたりしてねえ、本当だ」
覚悟を決め言った筈なのに、直後に盛大に後悔した。
修吾の大きく見開かれた目、中の大きな瞳が、輝いている。
「溝山さんオナニーするんですか!?」
「ま、まあ……たまにはな……」
「それってやっぱ、エロ本とかAVとか見ながらですか!?」
見ねえよ、お前思い浮かべながらだよ、とは言えない。
「ねえやり方教えて下さい!俺オナニーよくわかんなくて……ね、溝山さん!」
「無理!」
「だって気持ちいいんでしょ!?溝山さん!お願いします!」
「無理!」
縋ってくる修吾を何とかかわす。
お前オナニーも知らないのにエッチとか言ってやがったのかよ!?
「……前に溝山さんがしてくれた時、気持ち良かったのに……」
またもや修吾の爆弾発言。溝山は「もういっそ手を出してしまおうか」と思いかけたのを必死に消した。
「……今度の学期末で5教科450以上とったら教えてやる」
「え、本当ですか!?じゃあやっぱ英語やんなきゃ!溝山さん早く早く!」
溝山の交換条件に一気に勉強に頭が切り替わった修吾の単純さに感謝しつつ、溝山は内心唸る。
中学生男子。いくら溝山が諌め宥めようとも、色々な知識や情報をどこからともなく収集し、これから益々とんでもない事を言い出すのだろう。男子である分、女子よりも性に関し貪欲でオープンで明けっ広げな生き物なのだから仕方がない。
それは止められない事だとは分かっていつつも、まだ修吾には、健全な青少年でいてほしいと思ってしまうのが本音だ。
ゆっくりと成長し、世界を見て、色々と見聞を広げ自分の世界を構築して。
そうしてから溝山と向き合ってくれればと思う。その時には勿論、後戻りはさせてやらないつもりだ。
「まずは英文法覚えればいいんだよ、日本語とは主語術後の並びが違うんだ、それ覚えれば後は単語次第でなんとかなるからよ。教科書貸せ、単語帳は俺が作ってやる」
「はい。……溝山さん」
「ん?」
チュ
「……へへ、溝山さんカッコイイ」
「……お前はマジで可愛いな」
「うわっ!?んっん……っ」
いじらしい修吾の態度に、ついついまた深いキスをしてしまった。
修吾が学期末テストでまさかの5教科480点をとってしまい、更に篠宮が遊びにきては妙なアプローチのようなモノを修吾にしかけるようになり。
溝山が盛大に頭を抱えるのは、もう少し先の話だ。
end.
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