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たとえば。

こんな世界が嫌いだなんて言ったら、中二病wとか笑われるだろうか。

ムカつく奴を殺して、嫌なこと全部忘れて生きて行きたいと言ったら、現実を見なよと諭されるだろうか。


――分かってる。

そんなことは痛いほどわかってる。

でも、それでも。


あたしは、今の自分と――
自分が生きるこの世界が嫌いだった。





「獏良くーん、今度の日曜日時間ある〜?」

「もし良かったら私たちと出掛けない……?」


とある学校の教室。

机に座る一人の男子生徒を取り囲むようにして、数人の女子生徒が声を掛けた。

「うーん……日曜日は、遊戯くんの家でゲームをする約束をしてるんだ……
だから、ちょっと」

輪の中心に居た男子生徒が気まずそうに言葉を返す。

ひと呼吸の後、周りから上がる「そっか〜……」という残念そうな声。

あはは、と気まずそうに笑って女子たちから視線を逸らした彼の顔立ちは、まるでアイドルか何かかと思うほど整っている。

獏良了。

この童実野高校に通う男子生徒で、あたしのクラスメイトだ。

そして――

あたしは、彼のファンクラブに入っていた。



きっかけは友達だった。

別に、あたしは本気で獏良クンが好きなわけではなかった。

ただ、いつだったか……
女友達の一人が、転校生の獏良了くんがすごくイケメンだから、彼が転校して来るなりソッコー出来たファンクラブに入りたいと言い出したのだ。
そして、一人だと心細いから、一緒に入らない? とあたしを誘って来た。

正直くだらないと思った。
芸能人でもないのに、ファンクラブって……
実際に作る人いたんだ、的な。

でもあたしは、その誘いを断らなかった。
理由は二つ。

一つは、暇つぶしと興味本位だ。
あたしも人並みにイケメンは好きだし、見ていて飽きない。
――彼に群がる、『ガチの』女子たちの必死さを眺めることも含めて、だ。

あたしの見たところ、獏良クンは今のところ恋愛とかそっち方面に興味は無いのだと思う。
可愛い子もそれなりにいる女子に囲まれて、ちょっと気まずそうに愛想笑いを浮かべる獏良クン……

その白い顔には、恋愛事には興味がないと書いてあるからだ。
それよりも今は、気の合う友達とゲームか何かで遊んでいたいと、はっきりと書いてあるのだ。

けれども、あたしはそれを、何となく胡散臭いと思っている。
いいや……、ちょっとだけ腹立たしいというか、白々しいというか……

獏良了という少年に、面白くないものをあたしは感じている!

だってそうだろう。

獏良了は、美少女含む異性に囲まれても靡かず、かと言って強く拒絶するわけでもなく、武藤遊戯を始めとする彼の『友達』もその状況を当たり前のように受け入れながら、彼と良好な関係を保っている。

獏良了という人間は、つまり――

基本的に温厚で人当たりが良くて。
でも自分の意思はちゃんと持っていて男の子らしいところもあり。
女の子に囲まれつつも友達と健全に付き合って行けている、善良な男子生徒なのだ。

滅茶苦茶美少年の。
しかもお家は割とお金持ちで、高校生なのに一人暮らしらしい。

なんだ、それ!
出来すぎじゃない!?


――だからあたしは、そんな獏良クンの化けの皮……とまでは言わないが、なんというか、本性……
もうちょっと俗ぽくて人間臭い、尖った部分を見つけてやろうと思って……

だからあえて、彼のファンクラブに入ったのだ。

つまり、これが一つ目の理由。


じゃあ、二つ目は?


いいや、うん。
うん…………わかってる。

あたしがなんで獏良クンを冷めた目で見るのか。

そんなの、私が誰よりも一番よく知ってる。





とぼとぼと家路を歩く。

獏良クンは、武藤や城之内やら例の友達と連れ立って学校を後にし、ファンクラブの熱心な一部の女子がそれに付いて行った。

あたしは用事があると嘘を言い、帰りたくもない家へ帰ろうとしている。

理由は簡単。

守りたい……いや、守らなきゃいけない人間がいるからだ。

あたしはいつもそのためだけに自宅へ帰ってくる。
本当は、帰りたくないのに。


自宅が近づくたび、不快感が胃を押し上げる。

もはや慣れっこになった吐き気に、怒りで焼けそうな頭。

恐怖だってある。でも、認めたくない。

あたしは『こうするしか出来ない』けど、でも、あの子を守りたいから……

あたしは、あたしの人生をまだ諦めたくないから、『こうしている』んだ。

決して、恐怖に打ちのめされて、一歩も動けないからじゃない。

だって、そうでなきゃ、あたしは…………!




「お姉ちゃん、おかえりなさい」

まだあどけない少女の顔が、私を出迎える。

「ただいま。宿題はやった?」

「うん、今やってるところだよ。もう少しで終わるんだ」

「そっか。頑張ってね」

「うん」

すらりとした手足が回転し、彼女の背中が遠ざかって行く。

最近ぐっと伸びた身長。
かつて凹凸の少なかった痩身は、日が経つ事に曲線を帯びて来ている。

あたしの妹。
彼女はもうすぐ中学生だ。





「っ、うえぇぇっ」

家族が寝静まった後。

洗面所の鏡に映るあたしは、いつも最低な顔をしている。

胃の中のものを吐き戻し、肩で息をして。

淀んだ目。
世界を憎む目だと言ったら、人は笑うだろうか。

けど、それでも。


妹の寝姿に異変が無いことを確認し、親の寝室の側へ行って耳を澄ませるあたし。

聞こえて来るいびき。

であれば、今夜もこれで『終わり』だろう。

あたしはホッと息を吐くと、込み上がる涙は無視し、服を脱いでそっと浴室に忍び込んだ。

なるべく音を立てないようにシャワーを浴び、パジャマに着替えようとして――

少しだけ考えて、簡素な服に着替えた。


しんと静まりかえる、家の中。

何もかもが嫌になって、あたしはするりと家を抜け出した。




どこにでもある話、なのかもしれない。

そういう話を、ネットで見たことがあるからだ。

でも、自分の周りには誰も居ない。

みんな普通の高校生で、楽しいことに笑って、くだらないことに怒って……

そう、あの獏良了のように、高校生活は穏やかに過ぎていくのだろう。

でも、あたしは違う。

正確には、あたしの家は、だ。


「妹を守ってあげてね」

そう言った母親の言葉が、別の意味を孕んでいるかもしれないなんて――

気付きたくなかったのに。
一生、知りたくなかったのに!




夜の帳が降りた童実野町。

あたしはたまに、どうしても耐えられなくなると、こうやって家を抜け出す。

補導、ナンパ……
運良く、いや悪く、か……まだお世話になったことは無い。


行くあてなんて何処にもない。

こんな自分、消えた方がいいんだ、本当は。
たとえ、むごい犯罪に巻き込まれたとしても。

――そうやさぐれて、あたしは独り歩く。

全身を支配する生々しくておぞましい記憶を、まるで夜の空気で薄めるように。

もし濁った水をキレイな水で薄め続けられたら、どんなに楽だろう。
そんな、取り留めもないことを考えながら。


だから。

あたしが、『それ』を見つけたのは、本当の本当に偶然だった。


(あれは……)

夜闇に浮かび上がる白。

ぬるい風に吹かれたそれが靡いた時、街灯に照らされた後ろ姿は、確かに見覚えのあるものだった。

反射的に足音を殺し、後を追う。
スニーカーを履いてきて良かったと、頭の隅で考えながら。

路地を曲がる影。

見失わないように、素人丸出しで歩を速めるあたし。

――が。


曲がった先にはもう、その姿は無かった。

人気のない道。
恐らくそのすぐ先にある、いくつかの曲がり角の先へ行ったのだろう。

けれども、何となく諦めきれなかった私は、小走りで辺りをうろうろと彷徨った。

その、後ろ姿を探して。

彼の――
獏良了の、背中を探して。


それは直感だったのかもしれない。

到底まともじゃない家庭で、不良への道に一歩踏み出してるあたしが、本来善良であろう彼の姿を見て、ピンと感じた勘のようなもの。

温厚で、ちょっと抜けてるところもある獏良了という高校生には似つかわしくない、夜の寂れた裏路地。

それはどことなく、彼の秘められた部分に繋がってるかもしれないと、あたしは感じたのだ。


(獏良クンの、裏の顔……)

もしかしたらそれが見られるかもしれないと、あたしは危険も省みず、彼を探した。

そして。

ほんの少しだけ聞こえた声が、彼のものと酷似していた時に、あたしは確信した。

音を頼りに、くねった路地を進む。

その先に、あたしが見たものとは。


「ヒャハハハハ!
地獄に落ちる時間だぜ!!!」

獏良クンは、数人を相手にそんなことを口にしていた。

背中越しのため、その顔は見えない。

が、声色だけでも、彼がいつもの彼でないことは明らかだった。

大きく胸を打つ鼓動。

歓喜か、恐怖か。
粟立った背中に、息を呑むあたしは、ほとんど無意識に携帯電話を取り出していた。

震え始める指先を動かし、目の前で繰り広げられている光景にレンズを向け、録画ボタンを押し、画面をズームする。

「か、金なら出す……! だから……!」

無様な声を上げる男たちは、どこかの不良かチンピラか……

獏良クン一人に対し人数で勝っているはずなのに、彼らは獏良クンの目の前でめいめい膝を付き、怯えた様子で何かを懇願していた。

(一体どういうこと……?)

頭に疑問が浮かぶ。

けれども、事の詳細など、二の次。

今、あたしの目の前で、『あの』獏良了が、まるで別人のように粗暴な態度で複数人を圧倒しているという事実――

その事実こそがあたしにとっては重要で、何より欲していた状況だ。

だから。

「駄目だな……貴様らは闇のゲームに負けた。
敗者は罰ゲームを受けることになってるんだよ!」

「や、やめてくれぇぇ!!」

「ヒャハハハハ!! 罰ゲーム!!」


――彼の声はひどく邪悪だった。
その高笑いは、今まで一度も聞いたことがない獏良クンの声だった。

そして不可解なことに、獏良クンが罰ゲームという単語を発した後、獏良クンの体が光を放ったように見え――

直後、この世のものとは思えない悲鳴を上げた男たちは、全員その場に崩れ落ちたのだ。

「っ……!!」

声にならない声が自分の喉から発せられ、あたしは慌てて手で口を塞いだ。

高鳴り続ける心臓は、理性がどうこうというより、本能的な危機感から来ているように思われる。

何か、とんでもないものを見てしまったような――

女にモテる穏やかな美少年の『やんちゃな一面』を見てしまった、というだけではないような――……

ククク、と満足そうに嗤う獏良了の声が耳に届いた時、あたしは弾かれたように携帯電話を下ろした。

ゆっくりと、白い頭が動く。

(やばい!)

反射的に振り向いて、来た道を駆け出すあたし。

獏良クンはあたしに気付いただろうか。
獏良クンはあたしを追って来るだろうか。

『あの』獏良了に見つかったら、あたしはどうなるのだろう……!?


本当は、あたしにはこの時、足を止めて振り返り、獏良クンと対峙する道もあったのだと思う。

けれど、あたしはそれを選ばなかった。

ここで興奮のままに慌ただしく彼と言葉を交わすより、一晩よく考えて、学校で彼に今夜のことを切り出した方がいい気がしたのだ。

それに、動画がちゃんと撮れてるか確認しなくちゃいけない。

もし撮れてなかったら、今夜のことはあたしの妄言で終わってしまう。

あの獏良了の、もう一つの顔を示す証拠が無ければ、駄目なのだ!

だから。


「あは、はは……!」

あたしは振り向かず走った。
自宅へ向かって。

あんなに帰りたく無かった自宅へ、今は帰りたくてたまらなかった。

どうせ『あいつ』は寝てるだろうし、帰ってベッドに潜り込んで、明日のことを考えて、そして――!

クソみたいな日常が、突如降って湧いた非日常に圧倒されたような気がして、あたしは笑った。

明日になれば。

明日、学校で彼に会えば。

そしたら、あたしは、少しでも…………!!



「おい!
ナマエ、お前こんな時間に何処行ってた!」


――――――ッ、


思考が停止した。

帰宅したあたしを迎えたのは、どこまでもクソみたいな日常だった。

「なんだ? 男でも出来たのか?
じゃあもう遠慮はいらねーよな、お前ちょっとこっち来い!」

クソ野郎がクソのような声で吐き捨て、あたしの腕を掴んでソファーのある居間へ引きずって行く。

抵抗は一応する。

する、けども……

本気で全力で後先省みず抵抗したら次にどうなるかなんて、あたしは嫌というほどわかってる。

「お前がそこまで嫌がるなら、妹に手ぇ出したっていいんだぞ……?
跳ねっ返りのお前より、素直な妹の方が教えがいがありそうだからな!」

――吐き気がする。


「ほら、脱げよ、今日こそ最後まで……」

「やだ……! 体の調子悪いから無理、さっき口でしたじゃん!!」

「でかい声出すな……! みんな起きちまうだろうが!」

「やだってば、なんで、最低、ホントに……!!」

胃の中がムカムカして、吐き気が込み上がる。

たとえ義理でも、こんなのが父親だなんて、認めたくない……!

「誰のおかげで学校行けると思ってんだ! お前も! 妹も!」

――本当、現実は最低だ。

ソファーテーブルの上にある、クソ野郎の飲み残したお酒のグラスを手に取る。

そして、あたしは。





「……話って何、ミョウジさん」

放課後の学校。
普段はほとんど使われない、教師も生徒も寄り付かない小さな準備室。

あたしの呼び出しに素直に応じた獏良クン。

そんな彼に少しだけ警戒しつつも、あたしは無言で携帯電話を取り出し、画面を彼へ向けて例の動画を再生した。

『ヒャハハハハ!!』

昨晩あの後、あたしはぐちゃぐちゃになった頭と顔で、動画がちゃんと撮れているかどうか確認したのだ。
そして、素人の録画だからブレてはいるものの、それなりにちゃんと彼の『やんちゃ』は撮れていた。

だから、あたしは動いた。
彼の裏の顔を知ったことを、彼自身に伝えるために。

あたしの思惑を、きっと獏良クンは知らないだろう――

さて、彼はどう出るか。


「……獏良クン、こんなことしてたんだね……
普段と全然違うし。なんか、ショック」

心にもないことを口にする。

「…………」

獏良クンは無表情のまま固まっていた。

その顔には、驚きも焦燥もない。

やはり獏良了はくせものだ。
昨夜の『あっち』が、本性なのだろう。

で、あれば。


「獏良クンもすごいよね。
あんな本性、ずっと隠してるんだもん。
……ねぇ、なんで?
なんでいつもいい子ぶってるの?
本性の方、城之内たちも知ってんの?」

「……キミは」

獏良クンが少しだけ目を細めて、一言だけ発した。

その顔に落ちた影はやはりいつもの獏良了とは何処か違っていて、あたしは密かにごくりと唾を飲んで彼の様子に注目した。

もし彼が、本当にイカレてる奴なら……ここで理不尽な暴力に及ぶ可能性だってなくはない。

だが、それじゃ駄目なのだ。
単純な暴力だけじゃ。


「……獏良クンがこんな乱暴な子だって分かったら、みんなどう思うだろうね?
別に、黙っててあげてもいいんだけどさー……」

精一杯嫌味ったらしく口にするあたし。

その、直後。


「……で? だからオレと付き合えってか?」

吐き出された一言は、高校生のものとは思えないほど冷ややかで悪意に満ちていた。

あはは、と思わず笑ったあたしは、その顔とは裏腹に、背中に不穏なものが走るのを自覚した。

本性を表した獏良了の目。
鋭い眼光。不敵に釣り上がる口元。

萎えそうになる心を奮い立たせ、言葉を組み立て、発する。

「はぁ?
……あぁ、あたし、そこまで獏良クンのこと好きじゃないし。
ていうか、お金。獏良クン、お金持ちなんでしょ?
だからファンクラブなんていう下らないモノ入ったんだよ」

「……」

「ウチ、ちょっと複雑だから。お金要るんだよね。
バイトとかは出来ないし。
だから黙っててあげるかわりに、ちょっと援助してくれないかなって」

家が複雑、と言うところで少しだけ声が震え、まずいと思ってそっぽを向いた。

――やばい。

あんなこと、思い出してる場合じゃないのに……!


「『アレ』を見たクセに、オレ様を脅そうってか……
随分と肝が座ってるじゃねえか」

ククク、と嗤う邪悪な獏良了は、こうやって面と向かって相対するとすごい迫力……
というか威圧感がある。

たとえ男子とはいえ、同じ高校生同士なのに……!

「何だかよく分からないけど、あたしにはもう怖いモノなんて無いし!
だから、あたしは引かない……!」

――そう。

妹を守るため、あたしは家から逃げられない。
あたしの身体は『あいつ』に弄ばれて、あたしの心はズタズタになる。
ていうか、もうなってる。

でも、ならば、それなら。

最後に、あたしは……!!!


「クク……ククク……
ヒャハハハハ……!!」

高嗤う獏良了。

彼の制服の下で何かが煌めき、私の体は何故か自由を失った。

「怖いモノがねえだと……?
ケッ、寝言ほざいてんじゃねえ……!!
ならオレが恐怖ってヤツを教えてやるよ……!!」

「……ッ!?」

獏良了の全身から、得体の知れない揺らぎのようなものが噴き上がる。

背筋がさらに粟立ち、本能が警鐘を鳴らす。

昨日のチンピラたちは、『これ』に怯えたのだろうか……?

だとしたら、彼は……!?


「なぁミョウジさんよぉ……一応言っとくぜ……
今の発言全部撤回して、動画を消して昨晩の出来事を全部忘れるってんなら、オレ様も手荒な真似はしねえよ……
もう一度よぉく考えてみな……!」

腰に手を当て、余裕たっぷりと言った様子で胸を反らす獏良了。

思いのほかヌルいその言葉に、不覚にも涙がこぼれそうになる。

でも。


「絶対やだ……!
だってあたし、もうこうするしか――」

言い切った瞬間、何故か体が勢いよく後方へ引っ張られた。

「ああぁぁっ!!!!!」

だん、という音と同時に背中に激痛が走り、体を金属製の棚に叩きつけられたのだと知る。

有無を言わさず肺から空気が漏れ、そのままずり落ちたあたしの肢体は床へと沈んだ。

今のは、一体……?

手も触れられていないのに自分の体が後ろに引かれたことに疑問を感じつつも、あたしは痛みをこらえてよろよろと腕で体を起こした。

「っ……!」

顔を上げれば、至近距離にある獏良了の顔。

その顔には明らかな険があり、普段の獏良了とはだいぶ乖離していた。

「……くだらねえ」

膝を付いてあたしの顔を覗き込んだ彼が、そう吐き捨てる。

「な、ん……」

言い終わるより先に、首根っこを掴まれ、仰向けに床へと叩きつけられた。

「あぐっ……!」

骨が軋み、再び痛む背中。

やばい。
予想以上に獏良了の本性はやばい。

交渉の余地のない獏良了は、このまま怒りに任せてあたしを半殺しにする気だろうか。

いや、半殺しならまだいい。
生きてさえいれば、先生のとこにでも警察にでも駆け込んで、慰謝料を取れる。

けれども、このまま殺されてしまったら。

あたしが体を張って、こんなことをしてる意味が……!


「ハッ……、二度と学校に来れねぇようにしてやるよ」

紡がれた声の後にやって来たのは、殺意とは違う感触だった。


「ッ……!!」

ぎゅむ、と掴まれたそれに、反射的にどくりと心臓が鳴った。

え、あれ、これって……、まさか。

この体制。指が食い込むほど強く掴まれた部分。

だって、これは――

あたしが顔色を変えたことに気付いたのか、獏良了は床に押し倒した私に覆い被さるように見下ろしながら、歯を剥き出しにして獰猛に嗤った。

掴まれた部分――それは、ただ暴力を振るうだけなら、触る必要のない箇所で。

獏良了の手の下にある、膨らみ。

制服越しに握られた私の胸は、白い指に押し潰されて形を変えていた。


「ゃ……、」

反射的に声が漏れる。

拒絶めいたその声に気を良くしたのか、彼の手があたしの剥き出しの太腿を滑り、制服のスカートの中に潜り込んでさらに肌を撫でた。

え、え、これって。これって、これって……!!

喉がきゅっと締まり、心臓がきりきりと痛みを発した。

二度と学校に来れないようにしてやる――

獏良了は確かにそう言った。

それは、つまり。


「どうした……? ブルっちまって声も出ねえってか?
残念だったな。本気でオレに気があったなら、こういうシチュエーションも悪くなかったろうによ」

獏良了は残酷に嗤ってそんなことを言う。

「ま、もっとも……
もしそうなら、こんな願ったり叶ったりみてえなコトはしてやらねえけどな」

どくり。

震える唇。

あたしは、空回りし続ける頭からどうにか言葉を絞り出すと、「やめて、」と一語だけ絞り出した。

だが。

「駄目だな。
つーか、延々と昏睡状態に陥ったり殺されたりするよりはマシだろ……?
若い女で良かったな、オマエ」

半笑いで諭すように紡がれる言葉は、まるで悪魔の演説のようだ。

その爪は、いともあっけなく私を貫く。


「や、っだ……!!!
ちょ、何考えてんの……!? ふざけんなよ!!」

「暴れんな……!
制服破かれてぇのか、てめえ……!
ヒャハハ、もう学校に来ねえんだから必要もねえか!」

「やっ、触らないで! ちょっ……や、やだ、やだ……!!
獏良クン、本当に、やめて……!! やだ!」

組み敷かれた体制のまま、じたばたと暴れる私。

細身の獏良クンは、思いのほか力が強かった。

遠慮のない手が強引にブレザーの隙間から潜り込み、ブラウスのボタンを器用にいくつか外して素肌を撫でた。

「や、ゃ……!」

ブラの上から胸をぐにぐにと揉みしだかれ、夜ごとの感触が脳裏にフラッシュバックし、舌打ちをこぼしたい気分になる。

クククと不敵な笑みを浮かべる獏良了は、スカートの中をまさぐり、有無を言わさず下着に手をかける。

「ひど、ひどいよ獏良クン……!」

「何度も言わせんな……!
痛めつけられたくなきゃ大人しくしてな。
それとも……いかにもレイプされましたって格好で家に帰りてえってか?
そういうのがお望みなら別にいいけどよ」


獏良了はあたしを乱暴する気だ……!

殴ったり刃物をちらつかせたりしないのは、あたしに傷跡を残したら暴行の証拠になると思っているからだろうか?

ただの性的な被害なら外からは分からないし、多感な女子高生が同級生にレイプされたなんて、普通の子だったらショックでトラウマになるだろう。

しかも、相手は獏良了。
一応ファンクラブに入っているあたしが被害を訴えたところで、同情どころかむしろ逆効果だ。

獏良ファンの女子たちからは妄言扱いされるか嫉妬されるだろうし、デリカシーのない男子たちからはむしろ良かったじゃんと言われて夜のオカズになるだろうし、何にせよロクなことがない。

つまりあたしは、本性を現した彼からいかがわしいコトをされたところで、被害者面は出来ないし、むしろこの事実を絶対に人に知られないように隠蔽しておかなくてはならないのだ。

暴行のショックにしろ、人に知られて噂の種になるにしろ、どちらにしてもあたしは学校に居られない。

獏良了はそう考えてるんだろう。

なら、あたしは…………!



「っ、ゃだ、やだ……!」

目尻から涙がこぼれ落ちる。


――痛い。

ずっと本性を現したままの獏良了は、ほとんど濡れていないあたしの下半身を強引にこじ開け、無理矢理己のモノをねじ込んだ。

ほとんど抵抗することをやめたあたしは、ただなすがままに獏良了に嬲られる。


「ヒャハハ……!
っ、さっきの威勢はどうした……!
オレ様を脅そうとなんかしなけりゃ、こんな目に遭うことも無かったのによ……!」

「っ、あぅ……、」

ずるずるとナカを擦られるたび、ヒリつく痛みが脳天を突く。
入口はズキズキと熱を持ち、浅く呼吸をするのが精一杯だった。

「何とか言えよ、もう口もきけねえか……?」

頭上から降りかかる獏良了の声。

痛みと激情でぐちゃぐちゃになる意識の中、あたしは、たった一つの真実を伝えるために口を開く。

脳裏をよぎる、クソ野郎の顔。

あいつと、『こいつ』に、同時に伝えるべきことが、あるから。

だから。


「ハッ……、オマエ、初めてなのかよ?
残念だったな。初体験がこんなんでよ……!
オレ様に絡んできたオマエが悪いんだぜ……!」

「ううん、私の勝ちだよ」


ばちりと視線が重なった時、獏良了は一瞬だけ、何を言われたか分からないという顔をしていた。

あたしはその顔を見て、笑わずにはいられなかったのだった――


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