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「……あたしがファンクラブに入った二つ目の理由はね、『あいつ』にヤられる前に、獏良クンで処女を捨てたかったからなんだ。

……あぁ、あいつってのは義理の父親ね。母親の再婚相手」


別に獏良了が好きだったわけではない。
いや、ぶっちゃけて言えば、苦労知らずに見える彼の境遇には反感と妬ましさがあった。

でも、その整った顔立ちは好みだったし、彼のファンクラブの一人として学校生活を送るのは、どういうわけか意外と楽しかったのだ――

そう、それはまるで、ごっこ遊びのような。

『獏良了という美少年の、ファンである女子高生』で居る時は、現実のクソみたいなあたしじゃないような……
どこか浮ついた、非日常のような。

獏良クンの取り巻きを演じている時だけは、何となく、考えるだけで吐き気のする日常を忘れられる気がしたのだ。
そんなもの、気休めだとは分かっているけど。

苦労知らずのちょい不思議系イケメンと、その腰巾着の女子たち……という滑稽な図を、内心嘲笑うあたし。
同時に、それはそれで楽しい部分もあったと思うあたし。

矛盾してると思うが、それが正直な気持ちなのだ。




あたしの母親はろくでもない女だ。

その男依存の気質とだらしなさが仇となってあたしの父親から捨てられ、ろくに世話もしないのに親権だけは取った。

あたしと妹を抱えた母親が、今の継父と再婚した時。

男は一応仕事もしてるし、最初は多少まともに見えたけど……
奴は、あたしが高校生になった頃から本性を現した。

あのクソ野郎は、あたしの体に触れるようになったのだ。

信じたくなかった。
でも、日常の中でさりげなく手や腰を触ってきたり、あげく……
寝ているあたしの部屋に忍び込んで来るようになって、嫌でも現実を直視しなきゃいけなくなった。

母親には何度か訴えた。
でもあの女は、気のせいだの、逆に男を取ろうとしているだの、ひどいことを沢山言ってきた。

あたしは何とか妹に被害が行かないように目を光らせながら、徐々にエスカレートする男の欲望のはけ口になったのだ。

妹と母親に気付かれないように、別室であいつに体をまさぐられまくって、それで……


毎回コトが終わったあと、あたしは人知れず嘔吐する。
こそこそとシャワーを浴び、全身にまとわりつく不快な感触と臭いを洗い流す。

それでも、褒めて欲しいと思う。

あたしはまだ、最後までヤラれるのだけは何とか防いでいるのだ!
たとえ時間の問題だとしても、それだけはギリギリ死守したかったから。

でもまぁ、逆に言えばそれ以外の事は一通りされてるし……
あたしの体は、ヤツにベタベタくまなく触られまくって使われまくって、とっくに手遅れだなんてことは自分でも分かってる。

けど、それでも、最後の一線だけは――!

それはあたしに残された最後の意地で、精一杯の抵抗だったのだ。

だから。

昨晩、奴の相手をして家を抜け出し、闇夜にはしゃぐ獏良クンを隠し撮りしたあと、馬鹿なあたしは嬉々として家に帰って来て。

そこで、一旦は『静めて』寝入ったはずのヤツと遭遇して、本当に死にたい気分になった。

クソ野郎は、夜中に目が覚めて眠れなくなったとかで酒を煽ったらしく、やたらと酒臭かった。

引きずられて、抱きつかれて身体をまさぐられて。
最悪の気分だ。

あの気持ち悪さは、絶対に妹には味わわせちゃいけないし、思い出すだけで殺したい気持ちになる。


興奮したヤツは今度こそ、あたしを犯す算段だったんだろう。

絶対絶命のあたしは、ぐちゃぐちゃになる頭で、目についた酒のグラスを手に取って……

そして、だいぶ残っていた中身を、一気飲みした。


「……それでさ、自分の胃のとこガッて押したらさ、どうなったと思う?
あはは! あたし、床に向かってゲロぶちまけてやったの!

そしたらあいつさ、さすがに嫌な顔して、『ふざけんなよおい、片付けとけよ!』って言って、部屋に戻っちゃった!
めっちゃ最低で汚いけど、ギリギリあたしの勝利じゃない?
普段から吐き癖ついてたのが功を奏したね!

…………でさ、この手、あと何回使えると思う?
さすがに無理だよね、もう」


あたしは、コトが終わって痛む体を準備室の床に投げ出しながら、下らない身の上話を延々と語った。

友達の誰にも言えなかった、どぎつい話を。
よりによって、あの獏良了に。

彼に事情を吐き出したことは、自分でも意外だった。
だが、もっと意外だったのは獏良了だ。

彼はあたしを無理矢理犯したあと、腹立ち紛れに喋り出したあたしの話に、どういうわけか耳を傾け始めたのだ。

獏良了は、純潔を散らしてトドのように無様に転がるあたしの横に居た。
まるで不良が、屋上で煙草でも吸うような格好で。
床に腰を下ろし、黙って。

肯定も否定もせずに。
あんなに邪悪な本性を見せたのに。
意外も意外。


「……で。
多分今度こそ、あたしは奴にヤラれる。
本当は嫌だけど、この流れを考えるとまぁ無理。
あんま無茶をすると、それこそ妹に被害が行きかねないし。
あたし、妹にはまっとうに生きて欲しいんだ。
勉強出来るし、いい子だから。

つまり、あいつにヤラれるより先に、初めてだけはせめて自分で選んだ誰かとシたかったの。
願ったり叶ったり、ってやつ」

あたしはようやく、全てのネタばらしをし終わった。

すると、今まで黙っていた獏良了が一言だけ口を開く。
その声色は、まだ『本性』のままだ。

「……つまり、オレを挑発して襲わせたってのか?
ハッ、ずさんな計画にも程があるぜ」

――本当にさ、いくらなんでも違いすぎない?
普段の獏良了と。

どれだけ猫被ってたんだよ、と毒づきたくなる気持ちをこらえ、質問に答えるあたし。

「ガバガバなのはあんま突っ込まないで。
本当は、もっと円満に、獏良クンとこう……
一回イイ感じにシたかったんだけど、全然そんな素振りも機会も無かったからさ。

ていうか、なんであんた誰にも手ぇ出さないの?
あれだけ女にチヤホヤされててさ。

……あ、分かった、こういう無理打ち系のドSっぽいやつじゃないと、その気にならないんでしょ!
やだなー、変なAV見すぎじゃん?

あたしにする前も、暗がりとかで知らない女の子襲ってない?
やめてあげてよ、本当にトラウマになるから。

あー……嫌な気持ちになってきた」

自分でも訳が分からなくなるほど、ベラベラと勝手に流れ出て行く言葉。

その言葉尻が震え、何事かと思ってみれば、あたしは涙を流していた。

「ッ……!」

慌てて体を起こし、涙を拭う。

衣服の乱れを直し、痛むあちこちに歯噛みしながらあたしは顔を背け、鼻をすすった。

「ていうか……、お金欲しいって言ったのも嘘じゃないよ。
うち、わりと貧乏だし。自由になるお金欲しいし。
本当はあいつをぶっ殺して何もかも楽になりたいけどさ、そうしたらあたしの人生ホントに終わりじゃん。
学校だって卒業したいしさ……
あいつが妹に悪さしないか見張りたいから、夜バイトも出来ないし」

「……フ」

目をこするあたしの横で、獏良了が嘲笑うように息を吐く。

お金にも困ってなくて、誰かに虐待される危険もなく平穏な日々を送る彼には、あたしの気持ちなんて一生分からないだろう。

……やっぱり、話すんじゃなかった。

こんな、惨めで、汚くて、胸糞悪い身の上話なんか!

あたし、本当どうしちゃったんだろ。

苦労知らずの獏良了があまりにも遠くて、眩しくて、妬ましかったはずなのに。

困惑が胸の中に広がり、さらに込み上がる涙を拭きながらあたしはわざとらしく声を上げた。

「それにしても、痛ってーな……!
もうちょっと優しくしてくれても良かったのにさ!
あんた本当にそういう性癖なの?
……ま、口封じのために女レイプしようとするんだからまともじゃないか」

言い切れば、また横でクククという声が聞こえ、あたしはため息をついた。


何だかもう、いいや。

痛む体はしんどいけど、一応諦めはついた。

あたしはこの後、帰りたくもない家に帰って、それで……

もういい。
考えたって、仕方ない。

あたしの日常はどこまで行ってもクソッタレなのだ!

だから。


「……お金はもういいよ。
レイプされた相手に言う言葉じゃないけど、ま……ありがと。
痛かったけど、気持ち悪くはなかったよ。
あたしやっぱ、ちょっとは獏良クンのこと好きなのかもね。

だからもう、踏ん切りついたからいい。
下らない身の上話も聞いてくれてありがと。
脅したのは一応謝る。
だからさ、もしあんたにまだ良心があるなら……、あたしの事情、黙っててくれると……

……いや、いいや。もういい。
好きにしなよ。
あ、ファンクラブは辞めないから。
普段どれだけあんたが本性押し殺してるのか、観察すんの楽しいから。
……じゃあね」

感情に任せ、一気にまくし立てる。

よろよろと立ち上がったあたしはそのまま、獏良了に背を向け、準備室を出ていこうとした。

その時。


「ミョウジ ナマエ」

――獏良了が、あたしのフルネームを呼んだのだ。

感情の一切読み取れない声。

あたしは、乱れた髪を手で直しながらゆっくりと振り返り、彼の顔を伺った。

もし、同情から自分がしたことを後悔し、謝罪なんかして来たら、嘲笑ってやろうという思いで。


――けれども。

彼はゆっくりとその場に立ち上がった。

まるで虚無のような、闇のような。
空恐ろしい双眸が、あたしを凝視する。

それから。

獏良了が口にしたのは、これまた意外な台詞だった。


「……消してやろうか?」


ヒュッと心臓が締め付けられ、息が止まった。


一瞬空耳かと思って、たった今聞こえた声を脳内で反芻するあたし。

放課後の準備室に、たたずむ獏良了。

その顔には、まるで悪魔のような、薄ら寒い笑みが浮かんでいた。


言葉を失ったあたしは、少しの間の後、やっとの思いで「は?」という一言を搾り出す。

消す……? 獏良了はそう言ったのか?
誰を……?

咄嗟に頭に浮かんだ選択肢を、あたしは直視しないまま頭を回転させた。

いや……まさかね。
彼は多分、やっぱりあたしに同情したんだ。

だから。

「消してやろうかって……殺すってこと?
誰を……? あたしを……?
……なに、こんな人生、死んだ方がマシじゃんて?
だからあたしを殺してくれるって?

やだよ。万一死ぬならヤツを殺してから死ぬ。
なんであたしだけ死ななきゃいけないんだよ!」

大袈裟に返した声は不自然に上ずっていて、そして獏良了はあたしの言葉に反応しなかった。


あたしを黙って見つめる二つの眼。

細められた鋭い眼光と不敵に釣りあがる口元は、本当にあの獏良クンなのだろうか?

だって……まさか。

そんな、彼の殺意の矛先があたしじゃないなら、彼は何を指してそれを口にした……?


「なに……?
あはは、あのクソ野郎を殺してくれるって?
意外と優しいんだね。レイプした女に同情でもした?
罪悪感出てきちゃった?」

腹の底がちりちりする。
頭に上っていく血が、あたしを獰猛な何かに変えていく。

やがてドス黒いモノと共に自分の口から吐き出されたのは、血を吐くような叫びだった。


「バッカじゃねーの!?
出来るわけないじゃん!!!!!!
そういうさ、そういうの……ムカつくんだよ本当に!!!
そんな、そんなの……

最っ低……っ!!!!!
そんな、希望みたいなさ、馬鹿じゃん……!!
やめてよ本当に……!!!!
カラダ好き勝手されるより、もっと傷つくんだからね……そういうの!!!」


涙が溢れる。

泣き顔を見られたくなくて、あたしは慌てて顔を逸らした。

それでも、反射的に準備室から出て行かなかったのは……
あたしは心のどこかで、この最低最悪な同級生に期待したかったからなんだろうか?


ぐす、という無様なすすり泣きが、静寂の中に響き渡る。

微動だにしない獏良了は、本当にどういうつもりなのだろう!!!


「っ……、出来るわけ、ないよ……
猫かぶりか中二病か二重人格だか知らないけど、さすがにそこまでは出来るはず無い!
昨日のあれだって、別に殺せてないよね?

あは、あはは……!!
……もし、あんたがアイツを殺せたら、何でもしてあげるよ!
パシリでも、性奴隷でも何でもさ。
だって出来るはずないもん!!!
あんたにメリット何もないし、普通に考えて無理だもん!!!」

あたしの叫びには、ありったけの呪詛が込められている。

世界を、自分の境遇を呪うドス黒い悲鳴。

こんな感情をぶつけられて、『高校生であるはずの』獏良了は何を思うのか!?

……けれども。


「自分だけが地獄を見てるとでも思ってんのか?」

まるで地獄を知っているというような口調で、冷ややかに獏良了は告げる。

救えねえ、と呟くその声の主が、本当は獏良了ではないかもしれないなんて……
あたしはどれだけ夢見がちなんだろう?


涙で狭まった喉をごくりと鳴らし、息を吸ったあたしは、今度こそはっきりと彼に宣言する。

「救われなくていい。誰も私を救えない。
……人間である限り、誰も」

動画は消しておくね、と述べて再び背を向ければ、背後でもはや聞き慣れた、ククク、という嗤い声があたしを見送った。




くだらない。世界はくだらないモノだらけだ。

あんなビッグマウス。出来るわけないのに。

そうやって希望を持たせるだけ持たせて、結局叶えてくれないからたちが悪いんだ。

何かあったら相談に乗るよと言った親戚――
新しい父親のことを遠まわしに仄めかしただけで、ずれたお説教をしてきて梯子を外した奴ら。

親に対する不満を友達同士で話しても、こっちが当たり障りのない継父の存在を匂わせただけで、あー……となって気まずそうにする友達。

ほかの誰にも言えない。

だからもいい。何も信じない。

あたしは獏良了の言葉は一切合財忘れることにし、破瓜の痛みに達成感という付加価値を無理矢理見出しながら、一人で学校を後にした。




「…………、」

おかしい。

今夜の自宅は、何かがおかしい。


明日は平日。
学生も社会人も、朝帰り出来る状況ではないはずだ。

だが。

時計はとっくに日付をまたいでいる。
終電だってもう終わったはず。

なのに、いつまで経ってもヤツが帰って来ない。

すやすやと穏やかな寝息を立てる妹。
何よりも欲しかったはずの平穏はしかし、時間が経つにつれ、とある疑念へと変わっていった。

「まさか、ね……」


まさか。
まさか、ね。

そんなことあるもんか。

だって、あんなの、あんなビッグマウス……

たしかに、夜の童実野町でチンピラ相手にやんちゃ出来るほどの度胸と力はあるのかもしれないけど。

たとえあれが、何か超能力のようなものに見えたとしても――

あたしは今になって、昨晩の自分の目とお馬鹿な頭を疑ってるし、あたしに乱暴したあの美少年が、若さに任せて悪ぶった言葉を吐いたとしても……

獏良了があいつに何かしたかもしれないなんて――

あるはずがない!!!


でもそんなあたしの疑念は、朝起きて、馬鹿な母親が血相を変えて右往左往していた時に、しぼむどころかぐっと大きくなった。

母親は、あのクソ野郎と連絡が取れないと嘆いていたのだ。
死ねばいいと思った。




学校。

獏良了は、いつもと変わらない様子で普通に登校していた。

やはりあのゲスい『本性』は、人前では絶対に見せる気はないようだ。

あたしはと言えば……
昨日のやり取りについて、一切の沈黙を守っていた。

ぶっちゃけて言えば、動けなかったのだ。あたしは。

あたしに同情したのか、からかったのか知らないが、とにかく不穏なことを口にした獏良了という少年に――
あたしは、誰よりも憎い『ヤツ』が家に帰らなかったことを、伝える勇気が出なかった。

獏良クンあんたが何かしたの?』
などと、確かめるのが怖かったのだ!


だからあたしは、いつもと同じようにその日を過ごした。

獏良クンを取り巻くファンの一人に徹して。
普通に授業を受けて。
お昼休みも普通に食事を取って。

そして。

昼休みも終わりに近付き、あたしが一人で廊下を歩いて教室に戻ろうとした時――
向こうから歩いてくる人影に、あたしは思わずドキリとしたのだ。

あの獏良了が、単身こちらへ向かって廊下を歩いて来る……

勿論廊下は無人ではない。

廊下をすれ違う者、教室に出入りする者、窓にもたれる者……
特に注目はしないが、背景と化した生徒たちが自然と存在している。

そんな中で、あたしと獏良了はすれ違う。


獏良クンにとって本来あたしは、ファンクラブの女の子の一人にしか過ぎない。

顔と名前は知っているけど、獏良クンの方から親しく話しかける間柄ではない。
その逆はあっても。

だからあたしは、どうしようかと思って少しだけ逡巡した。

足を止めぬまま、視線だけが泳ぐ。

迷ったあたしが獏良クンから視線を外した時、彼の中ではもう決まっていたのだろう。

――即ち。
彼の方から、あたしに声をかける事が。


「……帰って来なかっただろ?」


すれ違いざま発せられたその一言に、あたしの心臓は停止した。


「っ……!」

反射的に歩を止め、たった今すれ違った彼を勢いよく振り返る。

自分がすごい顔をしているとは分かったが、気にしている余裕はなかった。

だって獏良了が発した一言は、あの『本性』の声色だったのだ!

あたしがその言葉の意味を理解するより早く、彼の方も足を止めると、少しだけあたしを振り返った。

それから彼は、続けてこう言ったのだ。


「二度と帰ってこないと思うよ」

――その声は、普段の『獏良了』に戻っていた。


そのまま前に向き直り、何事もなかったかのように去っていく獏良クン。

あたしの心臓はばくばく早鐘を打ち、額と首筋からは冷や汗が滲み出していた。


だって……そんな。
まさか、そんな。

彼は何を言った……?

獏良了という男は、本当にあいつを……!?


一応言っておくと、獏良了が本当にあいつに手を掛けたとして、あたしは喝采こそすれど後悔や懺悔の気持ちは微塵も抱かない。

最低でゲスなクソ野郎が本当にこの世から消えたなら、今この時があたしの人生で一番幸せな瞬間だ!

でも。

喜びの片隅で、飲み下せない疑問だけがひっそりとこびりついて離れない。

何故……何故彼は、ヤツを……?

同情……本当にそうなのか??

本性を現した獏良了は、なんであたしを助けるようなことを……??


いくら考えても結論は出なかった。

彼を問い詰めるのが怖かったというのも勿論あるが……
何となく、その部分には触れない方がいいような気がしたのだ。

獏良了は、それを盾にあたしに何か要求するだろうか。
たとえば、残りの人生が全部破綻するような、とんでもない何かを……

それこそ、一度頼ったら最後、骨までしゃぶられると聞いた事がある、反社会的団体の構成員ような……


ううん。

……何となくだが、そんな感じじゃないと、あたしの勘は告げていた。

根拠なんかない。
でも、何となくそう思う。

そう、まるであれは、気まぐれのような……
確固たる目的と理由があってやったわけじゃ、ないような……

いいや、やめよう。

そもそも、クソ野郎が帰って来なかったのは単なる偶然かも知れないのだ。
まだ、たった一日連絡が取れないというだけのこと。

だから、これ以上は考えるのはやめよう。

初めてヤって身の上話を告白したからって、それだけで彼に入れ込むなんて……
愚かにもほどがある。

そう、考えたあたしは。

もしかしたら本当に、もうヤツは二度と帰ってこないかもしれないという淡い期待を無理矢理頭の隅に追いやって、その後の日常を過ごしたのだった。


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