全て、終わった。
短い一生を復讐に捧げた、とある盗賊の物語。
彼の故郷はとある王族によって滅ぼされた。
村人を魔術的儀式の生贄にし、生み出された七つの千年
まだ少年と言ってもいいその盗賊は、ならばと、自らが千年宝物を集めて利用してやろうと企んだ。
七つの宝物を集めた時に呼び出すことが出来る大邪神の力を得て、この世を盗もうと企んだ。
しかし、利用されていたのは実は彼の方だった。
七つの宝物、それを集めた時に復活する闇の大邪神――
とある王族が数多の生贄を捧げ宝物を生み出したのも、生き残りの盗賊がその力を奪ってやろうと宝物集めに奮闘したのも、全てが大邪神自身の思惑の内だったのだ。
いつかエジプトと呼ばれる地の、とある地下神殿で。
全てを知った時、少年は悔しさと怒りと無念さを感じていた。
まだ終わってたまるかよ。
血を吐くような魂の叫び。
全て遅すぎたのだ。
分かっている。
でもそれでも。
たとえ、全ての元凶が大邪神だとしても。
こんなはずじゃなかった、哀しい苦しいと無様に喘いで死ぬのは嫌だった。
ならば、すべてを盗んでやる――!
大邪神の目的も。闇に魂を売った神官の野望も。
千年宝物にまつわる呪われた全てを盗んで、自らが導いてやる――!!
そう思った彼は、最期の力で、己が魂を宝物の一つ、千年輪に封印する。
人の力では抗えない強大な闇にその身を捧げた。
たとえ肉体が朽ちても、魂が消えないように。
そうして、一度は七つの千年宝物が揃い、闇の力が産声を上げた。
……しかし、彼は、彼らは封印された。
自らの命と引き換えに、千年錐に悪しき力もろとも己が魂を封印したファラオによって。
砕かれる千年錐、眠りにつく千年輪――
それから3000年。
七つの千年宝物の中でも、邪悪な属性を持つ千年輪。
そこに宿るは、先代の神官の邪念。
盗賊王を称した少年の魂。
神官という立場にありながら、闇に落ち闇の大神官となった魂。
そして、全ての元凶大邪神ゾーク・ネクロファデス。
邪悪さを限界まで濃縮したような千年輪。
そこに宿るゾークに起因する神官の魂は、盗賊王という強烈な自我を通して、『バクラ』という存在となって現世に顕現した。
獏良了という少年の身体を宿主として。
時を同じくして、武藤遊戯という少年によってパズルが組み上げられた千年錐も、封じられたファラオの魂を呼び覚ます――
再び繰り広げられる、ファラオと大邪神の決戦。
そして、大邪神ゾーク・ネクロファデスは敗北し、今度こそ完全に消滅した。
『バクラ』を形作っていたものも全て。
すべて、在るべき場所へ還る――
3000年の時を超えて。
あの時成仏出来なかった、盗賊の魂も――――
かつて盗賊王を称した少年は、茫洋とした空間を彷徨っていた。
彼の名はバクラ。
肉体はとっくに滅んだにも関わらず、魂の残滓だけが千年輪に封じられ、3000年成仏が遅れた彼。
冥界――
ようやく呪縛から解き放たれた彼の魂もまた、そこに還るのだろう。
長い長い時を経て、多くのことを忘れてしまった気がする。
正確には、いつか来る決戦に不要だったものは、徐々に取りこぼしていったと言うべきか。
まるで、掬った砂が、指の隙間からこぼれていくように。
忘れて、しまった――
忘れたくなかった、ものもあったはずなのに――
闇とも光ともつかない朧げな空間。
その空間で、何かを探すようにバクラは歩き続けた。
『それ』を探さなければ、きっとどこにも行けやしない――
そんな気がしたから。
肉体はとうに朽ち、魂すら切れ切れになって、それでも――
『それ』を、探して――――
「……遅いです、バクラ」
ひどく懐かしい声。
バクラは立ち止まり、声の主に目を凝らした。
「オマエ……」
「……、もしかして私のこと、忘れてしまいましたか?」
声が輪郭を形作る。
バクラより小さくて細い身体。
白い肌。異人の女。
手にして居るのは、体格に不釣り合いな長物――
「英瑠、か」
口に出せばどっと頭に流れ込んでくる、記憶の奔流。
バクラは声を詰まらせ、彼女を見た。
彼を真っ直ぐに見つめる双眼。
ふっくらとした唇。
柔らかく膨らんでいる胸元。
「バクラ」
何度も聞いた声。
彼女の全てを知っている。
その肌の温もりも、唇の柔らかさも、甘く喘いでバクラの名を呼びすがる声も。
「オマエ……、ずっと、待ってたのか」
声が震える。
あれから長い長い時が経ったはずだ。
彼女の存在すら、忘れてしまうほどの。
「そうですね……、はい」
苦笑を浮かべ、少しだけ照れたように頬を掻いた英瑠。
「3000年、もか」
「いいえ……多分あっちの世で言う、1800年くらいですかね。
知ってました? 私、バクラよりずっと後の時代の人間だったんですよ」
「なんだそりゃ……
オマエはオレと一緒に居ただろうが。
計算が合わねえよ」
「ふふ。そうなんです。
というか、ここには時間の概念は無いんですよ。
……だから、バクラと別れて、私も生を終えたあとすぐ会えたんです。
私の殿に……仲間たちに」
「そうかよ……、そりゃあ良かったな」
他愛のない会話が続く。
まるで先日別れたばかりの友人とでも再会したような、奇妙な感覚だった。
「バクラは……あっちで言う3000年も、リングの中に居たんですか?」
「ああそうだよ。
気の遠くなるような長い時を経て、大邪神の力に急かされて、宿主となる人間を探して――
あげく負けちまったよ!!
クソッタレ!!!」
叫ぶ。
だが不思議と気分は澄み渡っていた。
分かっている――全て終わったことなのだと。
憎悪も、妄執も、灼け付くような怒りも、もはや無い。
「残念でしたね」
「本当にな」
「本当にね」
「……オマエ、こんなところに居ていいのかよ?
殿とやらはどうしたよ?」
「先に行ってもらいました。
バクラに……会いたかったから」
「いいのかよ」
「いいんです。バクラをずっと待っていたかったんです」
「つーかオマエ、またその口調かよ……!
3000年だか1800年だか知らねえが、待ちくたびれて戻っちまったんだろ」
「あ……、そういえば」
「馬鹿なヤツ。先に行っちまえば良かったのによ」
「イヤ」
「ハッ……、そんなにオレ様のことが好きってか?」
「はい」
「チッ……、即答かよ」
「バクラは?
もう私のこと好きじゃない?」
「好きじゃなかったらこんなに口きいてねえよ!!」
「ひゃっ……!!」
抱きしめる。
英瑠が得物を取り落とす。
腕の中に捕えた彼女の温もりは、いつかの彼女のままだった。
肉体などもはや無いのにおかしなものだとバクラは思う。
「本当に……、バカな女だぜ、オマエは」
「バカって言わないで。
ううん……バカでもいい。またこうして、バクラに会えたんだから……、」
「っ、……」
バクラを抱きしめ返した英瑠の手は、彼の背中をぎゅっと掴んで離さなかった。
「っ、ずっと、会いたかった……!
ずっと、ずっと……!! バクラ……!」
「ああ」
「バクラ……、大好き、バクラ……!!」
バクラの肩口に顔をうずめた英瑠の声が震えはじめ、やがて涙声に変わっていく。
その熱量に当てられてか、自分の目頭も熱くなっていることにバクラは気付いた。
英瑠をきつく抱きしめ、唇を噛み締める。
「ねぇバクラ。聞かせて。
あの後……私と別れたあと、何があったのかを」
「……、ロクでもねえことばっかだよ。
結局負けちまったんだからよ」
「……そっか」
「…………。
オマエ知ってるか?
オレたちの居た時代よりずっと後の未来じゃ、馬も弓矢も戦にゃ使わねえんだぜ」
「えっそうなの……!?
じゃあ、どうやって……象にでも乗るのかな??」
「ヒャハハ。さすが古代人サマは発想が貧弱だぜ!
……いいぜ、オレ様が教えてやるよ」
「なに、古代人て。
ずるい、バクラだけいっぱい色んなもの見てきて!」
「ハッ、ならオマエだけ現世に戻ってみるか?
オレ様が封じられてた千年リング、ありゃきっと成仏しきってねえぜ……!
そこに取り付いときゃ、いつか誰かが拾って宿主として体を貸してくれるかもしれねえぜ」
「嫌だよ……!
もう絶対バクラと離れたくないもん」
「……、オマエ」
時間も空間も曖昧な世界で、バクラと英瑠は会話を続けていた。
まるで、失われた悠久の時を取り戻すように。
「ねぇバクラ。
……もっとイチャイチャしたい」
「はァ? ……おま、待ちくたびれすぎて更にバカになっちまったんだな」
「……イヤ?」
「イヤじゃねえよ!
ハッ、3000年分の乾きをナメんなよ?
魂全部消滅するまで離してやらねえぜ!!」
「や、なにそれ……
ッひゃっ! わ、ちょっとバクラいきなりすぎる、って……
ああぁぁん、ちょっ、んん……!」
「ヒャハハ! 愛してるぜ英瑠!!」
この世ではないどこか。
現世での役割を終えた者が辿り着く先で。
とうとう再会を果たした彼らは。
いつまでも、離れなかったという――――
END
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