28.砂漠に吹く風



乾いた荒野。

その大地に、点々と続く足跡。


『彼女』は後ろを振り返る。


空を覆う巨大な暗雲。

ファラオと神官団――
対するは、石版の魔物と死霊軍を率いる闇の大神官。


彼女にとってはすべて、終わったことだった。



『彼』の亡骸を葬った後。

英瑠と呼ばれる女は、一人クル・エルナ村を後にした。

彼女はもはや、どちらの軍勢にも加わることが出来ない。
加わる意味が無い。

何故なら彼女の白き虎の力は、この世界の精霊や魔物には無力になってしまったから。
彼らの攻撃に脅かされることがないかわりに、こちらの攻撃を当てることが出来なくなってしまったのだ。

そして、彼女にとって、唯一の戦う意味だった男。

バクラという少年は、もうこの世には居ないのだ。

彼は魂を使い果たして、英瑠の腕の中で息を引き取った。
そうして彼は、千年輪の中で生き続ける存在となった。

だが英瑠という女は、千年輪に触れることは出来ない。

先述の理由と同じだ。
意地の悪い神によって、千年宝物に干渉出来ないよう力をねじ曲げられてしまったのだ。

しかし、英瑠はそれでいいと思った。

今際の際に彼がリングに邪念と共に封じた念よりも、もっと暖かい念がここにあるからだ。

戟。

肉厚の刃を持ったその長柄武器は、元いた世界では方天戟などと呼ばれていた。

彼女のかつての主と、同じ武器。

その得物に宿るのは、千年輪の違和感があるのに、どこか優しい彼の念。
まるで彼が傍にいるような。温もりに似た念だ。

大地に足跡を残しながら、英瑠は歩き続ける。
手に握った、戟の柄に寄り添いながら。


このまま国境を越えようか。

精霊でも魔物でもない、己の肉体と得物を奮って足掻ける乱世の国で――

そう、第三の戦でも始めようか。

獣のように、獰猛に嗤って。

立ちはだかる敵は、全て打ち倒して。


英瑠は自分の寿命がどのくらいなのか、知らなかった。
簡単に死ねない半人半妖は一体どれだけ生きるのか。

10年後か。100年後か。
何にせよ、1000年は生きないだろう。

バクラはどうなのだろう。

千年輪に封じられた彼の魂――
誰かが解放してやらない限り、永久にそこに在り続けるだろう。

けれども、構わない。

たとえどれ程の時が経とうとも。

英瑠という女はいつまでもバクラという男の魂を待つし、バクラという男はいつまでも英瑠という女の魂を待つだろう。

だから、大丈夫だ。


英瑠は走り出す。
大地を踏みしめ、足跡を刻むように。

彼の体温を覚えている。
彼の声を覚えている。
彼の顔を、――――

「っ…………、」


英瑠は走った。
獣の速度で。

目頭に溜まったものが、目尻に流れ、やがて風で乾いていく。

砂漠に吹く風。

赤い外套を翻し、不敵に嗤う彼を、英瑠は永遠に忘れない。


もし。
もしも。
もしも生まれ変わりというものがあるのなら。

今度は、はじめから彼と同じ世界で。
人ならざる力など持たない、彼と同い年の人間として。

千年宝物に嫌われずに、宝物の力を全て受け入れて。
彼にちょっとヒドイことをされても、身体を弄ばれても、下僕と化しても、彼だけを見つめて。

戦のない世界で、時に他愛のない日々を過ごし、彼の背後から闇を覗いて、闇に蝕まれても、それを幸福だと思えるような蕩ける頭で、彼の手の平で踊り続けて――

そして最期には、彼と一緒に闇に還るような。

そんな女の子に生まれ変わりたい――


それは夢想だ。

そもそも、生まれ変わる時点で『自分』でなくなるではないか。

英瑠は笑いながら、ひたすら荒野を駆け抜けた。

そうして英瑠は、命の尽きるまで、走る。

ひたすらに。
真っ直ぐに。

彼女には揺るがぬ目的があるからだ。


――いつか、バクラに再び会うために。





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