マフラー
※同棲次元



とある冬の日。

マリクと一緒に出掛けることになった私は、身支度を整えていた。


「よし! 準備完了〜
暖房も切ったし……いつでも出れるよ!
マリクはもう準備出来た?」

そう言って、同じく身支度を整えていたマリクに声を掛ける私。

だが。

「…………、……っ」

私の問いには答えずに、辺りをキョロキョロしながら部屋の中ををうろうろするマリク。

その視線は明らかに何かを探してる風で、しばし彼の様子を観察していた私は、「あ、」と、とあることに気がついた。


「もしかして、マフラー探してる?」

アウターを着込んだマリクの首元は心なしか寒そうで、私の指摘に彼は「ああ」と、ぶっきらぼうに応えたのだった。

「あれー……? おかしいね。
たしかここにあった気がするんだけど……

…………無いね。どこ行ったんだろう?」

いつも彼がマフラーを置いていた棚の辺りを手で探った私は、一向にマフラーらしき影が見当たらないことに疑問を覚えた。

それからふと、あれ……えっと…………

何かを思い出しそうになり、首を捻る私。
けれど、思い出せない。

仕方ない……ずっとこうしてても仕方ないし、と私は心を決め、自分の首に巻かれていたマフラーをするすると解いたのだった。


「うーん……
見つからないし、帰って来たらゆっくり探さない?
……あ、良かったら私のマフラー使って。
男女兼用のだから、マリクがしても多分変じゃないと思うよー
私、マフラー無くても平気だし」

そう言って、褐色肌を晒しているマリクの首元にふわりとマフラーを掛けてあげる。

「…………」

彼が抵抗しないので、私はそのままマフラーを巻いてあげたのだった。

「…………っ、」

「気に入らなかったら自分で直してね」

やけに素直なマリクに、少しだけ照れくさくなった私は誤魔化すように笑ってみせる。

私のマフラーで口元が隠れつつあったマリクの顔。
その表情を伺えば、何故か気まずそうに視線を逸らされてしまった。

「ん……?」

「…………、チッ……」

軽い舌打ちが聞こえ、やはりマリクは自分のマフラーじゃないことに気分を害したのかもしれない。

「ごめんね……」

思わず謝罪の言葉を漏らし、しかしどうしようもないので、私はそのまま玄関へと足を向けたのだった。



「…………あ!!!」

玄関で、靴を履き替えようとした私の視界に飛び込んで来たもの。

「マリク〜!
マフラー、ここにあったよー!!

…………ていうか、あー……、あー!!
思い出した!

昨日、私だけコンビニに行った時さ!
自分のマフラー取ってくるの面倒で、目に付いたマリクのマフラーをちょっと借りていこうと思ったの!

でもね、私バカだから、玄関で靴を履いてから巻こうとしたらここに置いたまますっかり忘れちゃって……
外に出て『寒っ』って思ったけど、まぁすぐ帰って来るしいいやーって思っ…………

あっ! 痛っ!!
蹴らないでっ、わーっ、ごめんなさい!!
やっ、首根っこつねらないで、痛いよ〜!
ごめっ、本当にごめんなさい、ごめんてば〜!!」


…………つまりは、そういうことだった。



「うぅ……本当にごめんね。
今度から気をつけるから……

ていうかマリク、私のマフラー実はけっこう気に入ってたりしない?
似合ってるし、なんか馴染んでる気が……

……この際だし、私もマリクのマフラーしちゃっていいかな?
今日だけ交換しよ!」

言うが早いか、マリクのマフラーを手早く自分の首元に巻いていく私。

マリクが何か言いたそうな顔をしていたが、彼が抗議の言葉を発するより先に――

とある事実に気付いた私は、一瞬で言葉を失ってしまったのだった。


「…………っ、」

自覚した瞬間、心臓がぎゅっと締め付けられた。

だって、だって……

こんなのずるい。
不意打ちにもほどがある。

何故なら。


彼のマフラーからふんわりと漂ってきたのは、他でもない、マリクの香りだったからだ!


「…………、」

思わず首に巻いたマフラーを手で握り、無言で顔を埋める。

控えめにそっと息を吸い込んでみれば、鼻腔をくすぐるのは、大好きな彼の優しい匂いで――

私の頬はたちまち火照っていく。


「このマフラー、マリクの匂いがする……」

おバカな私は、気付けばそれを口にしていた。
反射的に伸びて来た褐色の手が、私からマフラーを引き剥がそうとする。

「や、待って……!」

抵抗虚しく彼のマフラーを彼自身に奪われた私は、マリクの顔も心なしか赤くなっていることに気がついた。

そして、ふと考える。

だって私がマリクの匂いを感じたということは、それはつまり、――


「…………っ、」

頭に浮かんだ推測は、さすがの私でも口に出すことは出来なかった。

もしかして、私が貸したマフラーから発せられた私の匂いに、マリクも気付いたかもしれないなんて。

そして、私がマフラーを巻いてあげた時にそれに気付きながらも、拒絶せず、まるで受け入れるように私のマフラーに顔をうずめていたなんて…………


「…………マリク、ねえ」

私が貸したマフラーを解き、二つのマフラーを手にして、無言で気まずそうに視線を逸らしたままのマリク。

そんな彼に向かって、私はある提案をすることにした。


「やっぱりこのまま、マフラー交換しようよ。
……今日だけは」

だって、胸いっぱいに広がったこの暖かくて幸せな気持ちを、もっと味わっていたかったから。


「……今日だけだ」

ぼそりと返された一言は、どこか熱っぽくて、優しかったのだった――




「マリクのマフラー、マリクのいい匂いがする! 好き〜!
えへへすごい幸せ!! 好きな人の匂いすごく幸せ!!
マリクもそう思ってくれてたら嬉しい!」

「っ、黙れ……
いちいち口に出してんじゃねえよ……!」



END


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