愛の決闘の門を越えて4



やがて、バトルシップはアルカトラズに到着した。



準決勝の組み合わせを決めるバトルロイヤルが開始され、緊張した面持ちでそれを見守る一行。


舞を傷つけたマリクを許せないという気持ちと、遊戯と戦うという誓いの間で揺れる城之内やその他面々の思惑が交錯する一方で――



未だ傷の癒えない獏良はバトルシップで療養していた。

杏子や御伽には観戦に行ってもらい、一人で付き添うゆめ。


宿主としての獏良は今、薬の効果でスヤスヤと眠りについていた。

そしてゆめは、目的である――

獏良に取り付いた主人格のマリクを呼び出す。




『また君か……
バクラは全力で頭をぶんぶん振って嫌な汗をかきながら出たくねえ!って拒否ってるけど』

「なっ!
うわーそれ傷付くな〜しくしく……

でも、いいんです。
今は、バクラさまにではなく……マリクさま、貴方に話があるんです」

『ボクに?』

「はい」


半透明になって、眠る獏良の横に出現した主人格のマリクは、困惑した表情で頭を掻いた。

闇人格が現れ、父親殺しの真実が明らかになってからというもの、主人格のマリクからグールズ総帥の面影は失われ、まるで邪悪な部分の大半を闇人格にすべて与えてしまったかのようにしおらしい性格になっていた。


「マリクさま……闇人格のあの方をどうしたいですか?」

『……
どうって言われても……

あいつは僕自身が生み出してしまった邪悪な人格だし……父上まで殺してしまった。
あいつは僕が葬り去らなければならない……

あ、君にはお礼を言っておくよ。
あいつを説得してリシドを守ってくれた事に……
というか、よくあいつを説得できたな……一体どんな手を使ったんだ?』

「……まーそれはそれでかくかくしかじか――
そうじゃない、闇人格さまですよ!!

あの方はもとは一人の『マリクさま』から生まれた、言わば半身――
それを、葬り去るって言うんですか?
そりゃああの人は邪悪で狂っててどうしようもなく闇を抱えててアレですけど……
でも闇人格を消したところで、マリクさまの中にある闇は全部消えないと思いますよ」

『ッ――君に何がわかる!!
あいつは父上を……!! 取り返しの付かない事を…っ!!』

「ごめんなさい」

『ボク自身が生み出した闇は……僕自身が消し去らなければ……
でないと――』

「罪滅ぼし……?」

『えっ?』

「罪滅ぼしをしたいんですよね……
お父様を殺したあの方を葬ることで」

『…………』

「私には何も偉そうなことは言えません……
一番苦しんだのはマリクさまだってわかってるから……
あとはリシドさんや…墓守の宿命を受け入れなければならなかった人たち……

でも……
闇人格のあの方も――
元は、一人だったマリクさまを救おうとして生まれた存在だということを……
覚えていてほしいと思います……
闇を完全に消し去ることだけが、必ずしも罪に報いることではないのかも――……」


ゆめは――珍しく慎重にしおらしく言葉を紡いだ。


「ごめんなさい、でしゃばりました」

『…………』

「あと……忘れないで下さい……
私は――
闇人格だけでなく――
マリク・イシュタールさまを丸ごと救いたいと思ってます」


最後にそうつけ加えると、未だ黙り込んだマリクを置いて、そのまま部屋を出て行った――



が、1分後に戻ってきて、マリクが出ていないことを確認するや否や、欲望に満ちたギラギラとした眼差しで獏良が眠るベッドににじり寄ってきて――

ひとしきりフフフフフと気味の悪い笑みを浮かべ居座る体制だったのだが――

準決勝の組み合わせが決まったよというメールがゆめのケータイに届き、ようやくゆめは腰を上げてデュエルタワーへ向かっていった。


バクラは獏良を通してその様子を見つめながら、助かった……とホッと胸をなでおろし、我に帰って
(あ……れ? おかしくね? オレ様ビビってね??)と激しくうろたえる有様なのであった――










準決勝を決めるバトルロイヤルは混戦模様になったが結局、第一戦がマリクVS城之内、第二戦が遊戯VS海馬に決定したようだった。


杏子たちギャラリーもタワーの屋上へ向かう。

デュエルタワーの屋上は舞台がせりあがっていて、デュエル中は下から舞台に上がることは出来ないようだ。

すでに舞台に上がってしまったマリクと城之内を心配そうな表情で交互に見遣るゆめ。

一緒に応援に来ていた舞は、「城之内!! 気をつけな! そいつは……!」と、先日の決闘でマリクにひどい目に遭わされた体験から、マリクの危険さを城之内に伝えようと奮闘していた。


しかしどんなに危険な決闘が待ち受けているとしても、決闘者は目の前に立ちはだかる敵を倒すために――友との誓いを果たす為に――逃げるわけにはいかないのだということを、舞もわかっているのだった。


――決闘(デュエル)――!!


城之内が先攻でモンスターを召喚したところで、あたりに闇が拡がっていく。


「城之内……!!」

「マリクさま……!!」


それが闇のゲームを開始する合図だということに気付いた舞とゆめが、それぞれ舞台の上の城之内とマリクに向かって悲痛な声をあげる。


マリクは下にいるゆめをちらりと見遣ったが、すぐに正面に視線を戻した。


「もはや……闇のゲームで葬るしかねえんだよ、コイツらはな……」


微かな声で一人ごちたマリクの声は、誰の耳にも届くことはなかった――


「闇のゲームの始まりだ……城之内……!」


ゆめは肩を落とすと、そっと瞳を伏せたのであった。




決闘は進んでいく。


「ぐああああ!!」

「城之内〜〜ッッ!!」

「舞……お前……こんなに痛い思いをさせられたんだな……!」


闇のゲームの苦痛を知る舞が、目尻に涙を浮かべながら悲痛な面持ちで城之内を見守る。


舞から聞いた闇のゲームの実態に、遊戯たちも戦慄し、城之内の身をただひたすらに案じていた。

こんなゲームやめた方が良い、との声もあがっていたが、この決闘を止められる者などもはや存在しない。
否、存在したところで、城之内がそれを喜ぶとは思えなかった。


彼の瞳は闘志に燃え――

決闘者として、最後まで一歩も退かないという気迫を兼ね備えていたのだ。


そして、事実――

城之内は追い詰められつつも、ギリギリのところでかわし、マリクに反撃を食らわせる。

しかし不敵なマリクの表情を見ると、決してこのままでは済まないことをゆめは予感していた。


「あ〜〜っ」


溶岩魔神ラヴァ・ゴーレムの効果で、城之内が檻に閉じ込められてしまう。

「いいなあ……あんなふうにして好きな人に監禁されるのもアリですよね……フフフフ」


また目を輝かせてそれを眺めるゆめに遊戯たちは、気付かないフリをし――
舞台にいるマリクはまたゾクリとするような気配を感じ、気配の主をすぐさま特定し下にいるゆめに視線を送ると、案の定ゆめがこちらをとろけそうなおぞましい表情でガン見していて、喉が渇くような緊張感を覚えた彼は雑念を振り払うように「ハハハハハ!!」と高笑い、また決闘に集中していくのであった。


「ええい!!
死なない程度の苦痛なら私が全て背負ってやるのに…!!
口惜しや!! 口惜しや!! わ〜〜ん☆」


場の緊張感をものともせず一人で電波を発信し続けるゆめからは邪気が放たれ、遊戯たちはさりげなく離れて距離をとったのだった。

とかく、ゆめの――真面目な思考と、マジキチ思考のスイッチとは限りなく近いところにあり、その切替の頻繁さと早さには誰もついて行けないのであった。
スイッチが入ったら、回る狂った思考回路。


「兄サマ……感情の振り幅が大きすぎる奴があそこにいるんだけど――」

「見るなモクバ。黙殺しろ」


ゆめはいつでも完全燃焼だった。







城之内の反撃により、マリクの場のモンスターが一掃された。


――マリクの目が暗く淀んでいく。


「マリクさまっ……!!」

マリクの只ならぬ気配に気付いたゆめがマリクの名を叫ぶ。

だがもはや、その声はマリクの耳に届くことはなかった。


「城之内……オレは貴様を多少みくびっていた……
最大の誤算は……貴様ごときに……
神を拝ませることになろうなぁんてねぇ!」


神――!!!


ざわり……


周囲の空気が一変する。

遊戯も海馬も神という単語に顔色を変えた。


「ラーの翼神竜召喚!!」

死者蘇生の効果によって、ラーが召喚される。


そして――


「ラー最終形態 ゴッドフェニックス!!」


ラーの翼神竜が、炎を纏って皆の眼前に姿を表す。


「これがラーの最終形態!!
城之内……貴様はこのターンで死ぬんだ……」

「ダメっ……マリクさまぁっっ!!」

「神の裁きによって貴様の精神力は灰となって燃え尽きる――
たとえライフポイントが残されていようが『死』の敗北が待っているのさ!!」


マリクの瞳が見開かれ、闇に塗り潰された狂気が城之内に襲い掛かる。


「ダメ……

だめええええ!!!
マリクさまああああぁ!!!!!」


ゆめがありったけの力を込めて悲痛な叫び声をあげる。


「見るがいい!
貴様を闇へと誘う不死鳥が舞う――

ゴッドフェニックス!!!!!」


「マリク・イシュタールゥゥゥ!!!!!」


ゆめの叫び声がこだまする中、ラーの灼熱の炎が城之内に襲いかかる――!!!



「ぐわあああぁ!!!!」

「城之内ィィィ!!!」

「城之内くん!!!」


舞や遊戯たちの悲痛な叫びが放たれ、城之内は灼熱に焼かれる苦痛を味わっていた。


ゆめの目尻に涙が浮かぶ。


「ッッバカああぁぁっっ!!!!!!

マリクさまの意気地なしィィィィっっっ!!!!!!!!」



ゆめの声は屋上全体に響き、闇を突き抜ける閃光となってマリクの耳を貫いた。


不死鳥の姿がわずかに揺らぐ――

そして城之内を一瞬だけ完全に包みこんだ不死鳥は、マリクの元へ――


揺らいだ もやの中に立っていたはずの城之内は、その身を地面に横たえていた。

そして不死鳥は、跡形もなく姿を消していく――


その光景に、全員が息を呑む――


「城之内くん!!!」

「城之内ィィ!!!」

「じゅ、準決勝――

勝者――マリク・イシュタール!!」

「城之内くん!!!」


舞台が下がり、皆が倒れた城之内に駆け寄った。

さすがに顔面蒼白になっていたゆめも――ふらふらとそちらへ向かう。


「…………」


マリクは額に汗を滲ませながら苦々しい顔で黙って立ちつくしていた。


「城之内!!

……息はしてる……
気を失ってるみたいだ……!」

「城之内ィ!」

「と、とりあえずメディカルルームへ運ぼう!」


気を失っているだけと判明し、とりあえずホッとした一行はその場で胸を撫で下ろす。


「マリク――!」


遊戯がマリクを睨め付けたが、当のマリクはどこか上の空で踵を返した。


「マリク――
城之内との戦いで貴様は手の内を晒しすぎたようだ……
神の能力……しかと見届けた」

海馬が勝ち誇ったような表情でマリクに言い放ったが――


マリクはチラ、とそちらに一瞥をくれただけで、そのまま去っていった。


一同のやり取りをこれまた無言で見届けていたゆめも、慌ててマリクの後を追っていく――












「マリクさま……
ありがとう……ございました……」

「…………」


後を追って来たゆめの言葉に、足を止め少しだけ振り返るマリク。


「最後の攻撃――手加減してくれたんですよね」

「…………」


マリクはわけがわからなかった。

マリクは確かに、城之内の息の根を完全に止めようとゴッドフェニックスを繰り出したはずだった。

あのまま続けていれば、城之内の精神は焼き尽くされ、彼は死んだだろう。


だが――


すんでのところで、心に、声が入り込んできた。


うるさいほど大きな声――闇を切り裂く声。


『もう誰も……闇のゲームに巻き込まないで……』


ゆめの言葉が脳裏にちらついた。
そしたら――


ラーはどういうわけか城之内の意識だけを瞬時に攫っていき、精神自体にはほとんどダメージを与えずに消えていったのだ。

まったくわけがわからない――


闇人格のマリクは混乱していた。

他人に干渉されるなど――ましてやその、闇と邪悪に塗り潰された精神に他人が干渉してくるなどという事態は、マリクにとって予想外だった。

まったく常識はずれで、非常識甚だしい。


(罰ゲームの件といい、ありえない事ばかり起きやがる――)


「マリクさま……」

「ちっ……
貴様は一体何者だ……!?
どうしてオレに干渉できる……!?

何故だ……!! 答えろ……!!!」


千年ロッドを握りしめ、わななく唇でマリクはゆめに問うた。


しかし、当のゆめはこれまた、空気を読むことなく――


「愛の伝導師! 愛の決闘者!!
灼熱の慕情を心に秘めた憎い奴!!

愛の力で不条理を突き通す!! 非常識を呼び込むッッ!!
あ・い・の・チカラでッッ!!

それがわ、た、し!ゆめ!!!

キラッ☆星!!」


「うぜええええぇぇ!!!!!」


キラッ☆と綺羅星☆の動作を両手で同時にやってみせた狂ったゆめに、元から逆立った金髪を更に逆立てスーパーサイ●人さながらの気で爆発するマリク。


「殺してえ……殺したいぜぇ……殺す……!!」


マリクの顔にビキビキと血管が走り、邪悪なオーラが膨れあがっていく。


ぶばっ!!!


「あぁっ――!!??」

「うああああっ!!鼻血出ちゃいました〜!!!
その顔芸反則すぎますって!!!
キモ可愛くて目茶苦茶愛してますぅぅ!!!」

「くっ、来るなァァァ!!!!!!」


鼻血を滴らせながらギラついた眼で迫ってくるゆめはさながらゾンビのようで、再び背筋に嫌なモノが走ったマリクは、今度も背を向けてゆめから逃げ出すのであった――


「愛の力ですよマリクさまぁぁぁ!!」


愛とやらが絶叫とともに全力で迫ってくる恐怖体験。




――知らねえ。


愛なんて知らねえ。


そんな感情誰も教えちゃくれなかった。


在ったのは――闇、痛み、憎しみ、呪詛――


そしてそれらから生まれたのはオレ――もうひとりのマリク。


オレは――愛なんて知らねえ。


……『アレ』が愛とやらなのか?


わからねえ……さっぱりわからねえ……


だが――――


……何だ?この感覚は。


……だれかにひつようとされている……、このオレが?


あいつに……?


わからねえ……知らねえ……




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