女は、異国人の母親から生まれた混血児だった。
子供の頃から環境には恵まれず、貧しい村で貧しい暮らしを続けていた。
しかし貧しくても家族がいる間は幸せだった。
異国人の母親と、たまにしか帰って来ない父親、そしてきょうだい――
女……まだ幼かった少女にとって、それはかけがえのない者たちだった。
ある日、妹がいなくなった。
親に聞いても知らないと言われ、必死で探したが結局見つからなかった。
少しして、今度は弟がいなくなった。
またもや行方はわからず、結局見つからなかった。
ある日女が家に帰ると、家が燃えていた。
母親が残忍に殺され、ほかのきょうだいたちはいなくなっていた。
女の父親は盗賊だった。
盗賊の住家を見つけた兵が、父親がいない時に家にやってきて――
あまり事情を知らなかった母親が、口を閉ざしていたら――
異国人の女だったこともあり、半ば拷問のような事をされて殺されたらしい。
女はその事実を、事情に通じた奴隷商人から聞いた。
女は、家を失い、放心状態になっているところを、半ば騙す形で奴隷商人に連れて行かれたのだった。
女を打ちのめしたのは、さらに苛酷な事実だった。
父親にはあちこちの村に愛人がおり、異国人である母親もその一人に過ぎなかったと――
そして妹たちがいなくなったのは、貧しさから口減らしの為に奴隷商人に売られたからなのだと。
売ったのは父親だが、母親も仕方なく同意していたと――
あげく、盗賊である父親はその後捕まり、あっけなく処刑されたと――
女は己の運命を嘆いた。
しかし、いくら嘆いてもどうすることもできず――
女は何を憎めば、何を悲しめば良いのかわからなくなっていた。
ただ、孤独と――
大切だったものを失った、という思いしかなかった――――
女はバクラに、その半生をぽつりぽつりと語った。
不思議なのは、結末がどうであれ、何も知らなかった幼い頃の日々を、
ただあの頃は楽しかったと遠い目で語ることだ。
その幸せが虚構だったことは、今となっては明らかなはずなのに。
「ケッ……
馬鹿じゃねぇのかてめえ……
そんな親ども、死んで当然じゃねえか。
てめえを騙して偽りの幸せを信じさせている影で、ガキを売るだぁ盗みだぁ好き勝手やってんだからな。
つーか、それに気付かねぇオマエも馬鹿だな」
「……そう……ですよね。
あははは……」
女――アイレン――は、自虐的に笑った。
「悔しくねえのかよオマエは……
親もそうだが、正義を気取って家に踏み込んできた兵士たちとやらも、ただの悪人じゃねえか……!
復讐してやりてえと思わねえのかよ」
そう言ってから、何、ガラにもなく他人の事で熱くなってるんだとバクラは自戒する。
しかし彼のもやもやはすぐに収まりそうになかった。
「ふふ……
そうですね……
私にもっと力があれば――
何か変わったかもしれませんね」
また自虐的な――どこか他人事のような口ぶり。
「ちっ……」
(面白くねぇ)
バクラは廃墟の壁にドン、と拳を叩きつけた。
「虐げられてばかりで……
それに逆らうことも、復讐しようともしない――
力のねぇ人間。
オレ様はそんなのは御免だぜ!
オレの村を滅ぼし……
村人を虫ケラのように扱った奴ら……
絶対に許さねぇ!!
あの正義を気取った連中を根絶やしにしてやる……!!!」
呪詛を吐く。
腹の底がチリチリする。
思考が、憎しみで塗り潰されていく。
復讐。
その言葉だけが、このドス黒くてやりきれない思いを鎮めてくれる。
そしてこの強烈な想いだけが、バクラの精霊獣、ディアバウンドを強くする。
「ククク……
今に見てやがれ………!」
不敵な笑みを浮かべる。
「バクラ様、私……」
「いいぜ」
「え?」
女の前にドカッと腰を下ろす。
「オレ様と来たいんだろ……?
面白れぇじゃねえか。
……いいぜ、飼ってやるよ」
「……!!」
女の顔が心なしか赤くなった気がした。
「わ、私……
な、なんでもしますから!!
だから……
よろしくお願いします……!!」
女はまた、ペコリと頭を下げた。
荒野の風が、女の髪を撫でる。
薄汚れた身なりの癖に、アイレンの髪からは良い匂いがした。
「とりあえずその格好をどうにかしねえとな……
小汚ねえし……そんなんじゃ犯す気にもならねぇ」
「!!!!」
女がバッ! と顔を上げ、目を見開いてたじろいだ。
顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
「おいおい……
何動揺してんだよ?
オレ様に飼われるってことはそういう事だぜ……?
なんでもする、っつったよなぁ?」
顎をくいと持ち上げてやると、女が真っ赤な顔をして固まっていた。
「盗賊と異人の合いの子のクセに清純ぶってどうすんだよ」
「……」
アイレンが悲しそうな顔をした。
目尻に涙が溜まっていく。
(めんどくせぇ……)
「ま、嫌いじゃねえけどな。
……おら、暑くなってきやがったしそろそろ移動するぜ!
ボケッとしてねぇで着いて来いアイレン!!」
ぱあああっ
名前を呼んでやると女の顔が明るくなった。
ケッ。
単純な馬鹿女だぜ。
だが、まあ――
しばらくは連れて歩くのも悪かねェかもな――
バクラはそう一人ごちて、二人で荒野を後にしたのだった――――
前へ 次へ
←短編一覧へ戻る
←キャラ選択へ戻る
bkm