盗賊の娘と盗賊の王3



女は、異国人の母親から生まれた混血児だった。

子供の頃から環境には恵まれず、貧しい村で貧しい暮らしを続けていた。


しかし貧しくても家族がいる間は幸せだった。

異国人の母親と、たまにしか帰って来ない父親、そしてきょうだい――

女……まだ幼かった少女にとって、それはかけがえのない者たちだった。


ある日、妹がいなくなった。
親に聞いても知らないと言われ、必死で探したが結局見つからなかった。


少しして、今度は弟がいなくなった。

またもや行方はわからず、結局見つからなかった。



ある日女が家に帰ると、家が燃えていた。

母親が残忍に殺され、ほかのきょうだいたちはいなくなっていた。



女の父親は盗賊だった。

盗賊の住家を見つけた兵が、父親がいない時に家にやってきて――
あまり事情を知らなかった母親が、口を閉ざしていたら――

異国人の女だったこともあり、半ば拷問のような事をされて殺されたらしい。


女はその事実を、事情に通じた奴隷商人から聞いた。

女は、家を失い、放心状態になっているところを、半ば騙す形で奴隷商人に連れて行かれたのだった。


女を打ちのめしたのは、さらに苛酷な事実だった。

父親にはあちこちの村に愛人がおり、異国人である母親もその一人に過ぎなかったと――

そして妹たちがいなくなったのは、貧しさから口減らしの為に奴隷商人に売られたからなのだと。

売ったのは父親だが、母親も仕方なく同意していたと――


あげく、盗賊である父親はその後捕まり、あっけなく処刑されたと――



女は己の運命を嘆いた。

しかし、いくら嘆いてもどうすることもできず――

女は何を憎めば、何を悲しめば良いのかわからなくなっていた。


ただ、孤独と――


大切だったものを失った、という思いしかなかった――――



女はバクラに、その半生をぽつりぽつりと語った。

不思議なのは、結末がどうであれ、何も知らなかった幼い頃の日々を、
ただあの頃は楽しかったと遠い目で語ることだ。

その幸せが虚構だったことは、今となっては明らかなはずなのに。



「ケッ……
馬鹿じゃねぇのかてめえ……
そんな親ども、死んで当然じゃねえか。
てめえを騙して偽りの幸せを信じさせている影で、ガキを売るだぁ盗みだぁ好き勝手やってんだからな。

つーか、それに気付かねぇオマエも馬鹿だな」


「……そう……ですよね。
あははは……」

女――アイレン――は、自虐的に笑った。


「悔しくねえのかよオマエは……
親もそうだが、正義を気取って家に踏み込んできた兵士たちとやらも、ただの悪人じゃねえか……!
復讐してやりてえと思わねえのかよ」

そう言ってから、何、ガラにもなく他人の事で熱くなってるんだとバクラは自戒する。

しかし彼のもやもやはすぐに収まりそうになかった。


「ふふ……
そうですね……

私にもっと力があれば――
何か変わったかもしれませんね」

また自虐的な――どこか他人事のような口ぶり。


「ちっ……」


(面白くねぇ)


バクラは廃墟の壁にドン、と拳を叩きつけた。


「虐げられてばかりで……
それに逆らうことも、復讐しようともしない――
力のねぇ人間。

オレ様はそんなのは御免だぜ!
オレの村を滅ぼし……
村人を虫ケラのように扱った奴ら……

絶対に許さねぇ!!
あの正義を気取った連中を根絶やしにしてやる……!!!」

呪詛を吐く。

腹の底がチリチリする。
思考が、憎しみで塗り潰されていく。


復讐。


その言葉だけが、このドス黒くてやりきれない思いを鎮めてくれる。


そしてこの強烈な想いだけが、バクラの精霊獣、ディアバウンドを強くする。


「ククク……
今に見てやがれ………!」

不敵な笑みを浮かべる。


「バクラ様、私……」

「いいぜ」

「え?」


女の前にドカッと腰を下ろす。


「オレ様と来たいんだろ……?
面白れぇじゃねえか。

……いいぜ、飼ってやるよ」

「……!!」


女の顔が心なしか赤くなった気がした。


「わ、私……
な、なんでもしますから!!
だから……

よろしくお願いします……!!」

女はまた、ペコリと頭を下げた。
荒野の風が、女の髪を撫でる。

薄汚れた身なりの癖に、アイレンの髪からは良い匂いがした。


「とりあえずその格好をどうにかしねえとな……
小汚ねえし……そんなんじゃ犯す気にもならねぇ」

「!!!!」


女がバッ! と顔を上げ、目を見開いてたじろいだ。

顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。


「おいおい……
何動揺してんだよ?
オレ様に飼われるってことはそういう事だぜ……?

なんでもする、っつったよなぁ?」

顎をくいと持ち上げてやると、女が真っ赤な顔をして固まっていた。


「盗賊と異人の合いの子のクセに清純ぶってどうすんだよ」

「……」


アイレンが悲しそうな顔をした。
目尻に涙が溜まっていく。


(めんどくせぇ……)


「ま、嫌いじゃねえけどな。

……おら、暑くなってきやがったしそろそろ移動するぜ!
ボケッとしてねぇで着いて来いアイレン!!」


ぱあああっ

名前を呼んでやると女の顔が明るくなった。


ケッ。
単純な馬鹿女だぜ。

だが、まあ――

しばらくは連れて歩くのも悪かねェかもな――


バクラはそう一人ごちて、二人で荒野を後にしたのだった――――




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