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それは、純粋な興味だった。

『彼』に妹がいると知ったのは、つい最近のことだった。
親は亡く、故郷の村さえ滅んだと――いや、滅ぼされた・・・・・
のだと、たまたま機嫌が良かった彼から聞いたのは、いつの寝物語だっただろうか。
只ならぬ不穏な話に、どういうことかと身を乗り出せば、彼はそれ以上詳しく語ることは無く背中を向けて寝入ってしまったけど。

そんな彼は、アイレンに会いに来る時は常に一人だった。
かつて客を取らされていた娼館でだって、今住んでいる家でだって。

彼は……バクラという男は、いつだって孤高という名の外套をまとっているように見えたのだ。
少なくともアイレンの目には。

まぁもっとも。
結婚しているわけでも、恋人だと周囲に公言しているわけでもない女に会いにくるのに、一人で来る以外の選択肢があるとは思えないが。

そんなわけで、アイレンという女は、彼に妹が居ると知った時、まず『意外だ』と感じた。
それから、彼が言うところの『妹』とやらに一度会ってみたくなり、素直にその旨を申し出てみたのだ。

それで初めは「そのうちな」とはぐらかされたものの、諦めようとしたところでしかし、あと一度だけと懇願するように後日また同じ話題を口にすれば、彼は意外にもあっさりと妹の居場所を教えてくれた。

街の市場で工芸品等を売っているという情報。
歳の頃は10代前半、背格好はオレの頭一つ分くらい下……

彼――バクラが、まるで秘蔵の宝物を見せてくれる時のような口ぶりで、少し熱っぽく語っていたものだから。

アイレンは、これはもう絶対、くだん
の妹さんとやらを直接見てやるしかないと思い。
いざ、彼の妹がいるという市場へと向かって行ったのだった。



行き交う人々を掻き分け、市場特有の熱気に押されながら、彼から得た情報を頭の中で反芻するアイレン。
途中、美味しそうな匂いを漂わせる食べ物屋に誘惑されそうになりつつも、何とかそれらしき人物を見つけることに成功した。

(あれが……彼の妹さん)

なるほど、たしかにシルエットは少女のようだ。
バクラと同じ白銀の髪を持つ、少女――

「いらっしゃい」

本当に本人かと見つめれば、客かと思われたのだろう。
ふと目が合った瞬間、間髪入れずに営業の挨拶が飛んできた。

「…………」

これ以上黙って相手を凝視するのも不自然だと思い、アイレンは数歩そちらへ歩み寄った。
手作りと思われる工芸品や装飾品が並ぶ、こじんまりとした露店。

女性向けのものが多いそれら商品に素で興味を惹かれつつも、いや、商品に目を取られていたら『本人』を見ることが出来ないではないか、と思い直し、アイレンは慌てて顔を上げた。

「気になるものがあったらお手に取ってご覧下さい」

明朗で凛とした声には、少女らしい幼さが滲んでいる。
営業スマイルを張り付かせた顔――なるほど、涼やかな目元といい、全体的な雰囲気といい、彼にどこか面影がある。
可愛いというよりも綺麗、美人といった言葉が似合うだろうか。

そんな整った顔立ちを一瞥してから視線を下へ落とせば、彼女の首と胸を飾る鮮やかな装飾品が目に入った。
貝殻や組紐で作られた可愛らしいそれらは、あどけなさの残る少女によく似合っている。

「……何か?」

アイレンの、商品ではなく売り子自身を値踏みするような不自然な視線に気付いたのだろう。
少女は営業スマイルこそ崩していなかったが、その声には訝しむようなニュアンスも浮かんでいて、アイレンは慌てて「あ、ええと、」と声を上げた。

元々アイレンは本心を隠すのが下手だ。
完璧に客のフリをしながら商品についての会話等で時間を稼ぎ、スキを見て本人の全身をくまなく観察するなどいう器用な芸当は出来っこない。

彼女自身にもそれがわかっていたので、ここで素性を明らかにするのは得策ではないとは思いつつも、つい核心を口にせずにはいられなかった。

――自分が、今目の前でお客に何か買ってもらおうと微笑み続ける可愛い売り子の兄の、情婦であることを。

「あの……、私……。
あなたの、お兄さんの…………」

発した瞬間、空気がピリと張り詰めるのが分かった。
アイレンは続きをどう口にしたものかと、逡巡してしまう。

『私、あなたのお兄さんと付き合ってる者です』
――何となく嫌な言い方だ。
付き合ってるという部分を『交際させてもらっている』に変えれば、幾分マシか。

でも、交際とは一体何なのだろう。
男女交際という言葉から浮かぶのは、その関係を周囲から認知されつつ、節度を守って仲を育むような健全な関係しか浮かんでこない。
己の出自と現状、そして彼……バクラとの仲を顧みると、その言葉が似つかわしいとはやはり思えなかった。

けれど、このまま黙っているわけにも行かない。
アイレンが意を決して、息を吸った時だった。

「シーッ」

人差し指を立てて、その先を制止するジェスチャー。
バクラの妹である少女は、そうアイレンを制すと、ニコリと微笑んだ。

その仕草、笑顔には、強烈な既視感がある。
彼が、ふざけた時にたまに見せる、アイレンを宥める仕草。

であれば、それを滲ませる彼女は……やはりどこまでも『彼』の妹なのだろう!



**********


「……お店、大丈夫なんですか?
ごめんなさい、迷惑でしたよね」

「別に大丈夫。
貴女が来る前に割と売れてたし、今日はちょっと早めの店じまいね」

「そうですか」

「……ていうか、貴女の方が年上でしょ?
敬語やめて自然に話して欲しいんですけど」

「ふふ、ありがとう」

「…………」

「私はアイレン。
あの……名前を聞いてもいい?」

「アマネよ。貴女の『いい人』の妹。
……私がここに居るって、兄さんから聞いたの?」

「はい……、うん」

「全く兄さんてば勝手に……何も言ってくれないんだから……」

はぁ、と思わずため息をついた。


バクラの妹であるアマネとアイレンは、市場から離れた木陰に並んで腰を下ろしていた。

不安になるほど人けがないわけではないが、会話が聞かれるほど近距離に人がいるわけでもない、適度な場所。

日が沈むまでにはもう少し時間があるし、ここでならゆっくり話が出来るだろうと、アマネは彼女を連れてやって来たのだった。

兄の彼女……いや、恋人?
ううん、もっと秘めやかで猥雑な……愛人とか情婦とか。
平たく言えば『バクラの女』。
その言葉を脳内に浮かべた瞬間、アマネは自身の胸がチクリと痛むのを感じた。

「それで?
自分の大好きな男・・・・・
の妹がどんな人間なのか、わざわざ見に来たってわけ……?」

『大好きな男』は皮肉だ。
兄、バクラはあの通り整った顔立ちで女からは好かれるし、まるで食事をするのと同じだとでも言うように、いかがわしいお店にも度々出入りしている。

いくら女が労力を割いて男の妹に取り入り、自分だけになびくよう仕向けたところで、男の放埒さが治るわけはないのに。

けれども。

「そうなんだよね〜
私、バクラさんのこと大好きだから……!
彼に妹さんが居るって知って、どんな方なのかなって気になっちゃって……!
それで会いに来たら、こんなに綺麗な女の子だったから……
顔立ちも面影あるし、えへへ……なんか嬉しい」

「…………ッ、」

ふわふわとした笑顔を浮かべながら語った女は、アマネとはもっとも遠いところに位置する女だった。

柔らかな声でダラダラと喋る喋り方といい、『大好きな男』という皮肉を皮肉と受け取らずに、まるで『その単語使っていいんだ、ありがとう』とでも言うようにそのまま返して来たことといい、アマネが少し険を滲ませながら応対してる事すら全く意に介さないというような態度といい。

はっきり言えば、『何こいつ』というのが正直な感想だった。

だが、向こうが親しげに話してくれている現状、ここでさらにキツく突っぱねてしまっては、こちらが悪者になってしまう。
元はと言えば、この女が勝手にやってきて、勝手に声を掛けてきただけなのに。

まぁ……衆目の中、店先で長話をされてはたまらないと思い、半ば強引にこの場所へ連れてきて話し合う体勢を整えたのは自分なのだから、こちらにも責任がないとは言えないが。

アマネはそんなことを考えながら、さてここからどう返したものかと、頭の中で思案した。
アマネがすぐ口を開かないのを悪い意味と受け取ったのか、アイレンと名乗った女はハッとして、慌てて二の句を継ぐ。

「ご、ごめんなさい……!
突然押しかけて迷惑でしたよね、やっぱり……
我慢出来なくて……ごめんなさい。
会ってくれて本当にありがとうございます」

――ズレている。
やっぱりこの女はどこかズレている。

同世代の人間よりも聡明であると自負しているアマネは、このツッコミどころの多い女にどこから突っ込めばいいのかと眉根を寄せた。

とりあえず、真っ先に喉元まで出かかった、『媚びるのはやめろ』という一言を、初対面ゆえの手加減という理由からオブラートに包んで、告げた。

「……私と会話しても、得るものはないと思うけど。
兄さんは兄さんの理屈で動いてるんだし。
あなたが私と仲良くなったところで、あなたと兄さんとの仲に利益になるようなことは何もないわよ」

言い切る。
それから、もう一つ。

「あと、本当に敬語で話すのやめて。
私に気に入られようと媚びてるように聞こえるから」

口に出した瞬間、あれ、とアマネは思った。
これでは、一言目でオブラートに包んだ意味がないのではないか?

媚びる、という印象の悪い単語を耳にして、さてこのアイレンという女はどう出てくるのか。
媚びるなんてそんなつもりじゃ……! とでも、上ずった声で否定して来るだろうか。

だが。

「私がアマネさんに会いに来たのは、さっきも言ったけど、彼の妹さんがどんな方なのか気になったから……
顔は似てるのかなぁとか……バクラさんてすごくカッコイイから、似てたら美人だろうなぁとか……
あんなカッコイイお兄さん居たらすごく誇らしくて嬉しいだろうなぁとか……
あと、あと……」

「待って、何言ってるの?
たしかに兄さんがカッコイイのは当たり前だけど。
本当にそんな理由で私を見に来たの?」

言い切った瞬間、アイレンが表情を明るくしてこちらを見て来る。
アマネは自分の今の発言に何かおかしな点があったかと考えて、いや変なことは言ってないはずと一瞬で結論づけた。

しかし女は、話が通じた! とばかりに満面の笑みを浮かべ、身を乗り出してアマネに食いついてくるではないか!

「良かった……!
やっぱりアマネさんもバクラさんのこと大好きなんだね!?

お願いがあるの……
アマネさんと一緒にいる時のバクラさんがどんな感じなのか、話聞かせて欲しい!
かわりに、私と居る時のバクラさんの様子も教えるから……!
あと、バクラさんの好きなところとかお話ししたい!
……ダメかな?」

アイレンはとんでもないことを言った。

そしてアマネは嫌でも悟ってしまった。
このアイレンという『バクラの女』が、本当に心底どうしようもないくらい、バクラ
に惚れているのだということを。

それから、今アイレンが興奮気味に口にした『お願い』が、この女の本音なのだということも。

思慮深そうには見えない女のこと、
『好きな人の妹がどんな子なのか見たい〜!』
『それであわよくば好きな人について共通トークしたい!』
と単純に考えたのだろう。

それはどこまでも甘ったるく、下らない動機だった。
けれど、悪くもない。

何故なら、アマネもまた、兄であるバクラを世界一良い男だと信じている人間の一人だったのだから!



『自信たっぷりに笑う顔が素敵』
『なんでもソツなくスマートにこなす(こなせそう)なところがカッコイイ』
『というか頭の回転が早い、言ったことをすぐに理解してくれるし、意外と人の話をちゃんと聞いてる』
『わからないことを聞けば、何だかんだで教えてくれる』
『武勇伝を得意げに語ってる時の彼が好き。カッコいいけど、少年ぽくて可愛い』
『頭を撫でてくれるのが好き』
『意外と気前がいい。気まぐれでいろんなモノをくれる』
『腕っ節が強い。頼り甲斐がある』
『意思も強くて弱音を吐かない』
『でもたまに落ち込んでる……というか気分が少しだけ沈んでるように見えるときがあって、そんな時はちょっとだけ甘えてくる』
『多分本人はバレてないと思ってる。じゃれてるだけのつもりなんじゃないか』

アマネは、アイレンがよどみなく次々に挙げる『バクラの好きなところ』について、素直にウンウンと頷きながら話を聞いていた。

会話を始めるにあたり、まず「なら兄さんのどんなところが好きなのか語ってみてよ」とアマネはアイレンに振った。
その結果が、これ。

アイレンは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、嬉々として『バクラという男のプレゼン大会』を始めたのだった。
そのあまりの熱量の大きさに、アマネはアイレンに『兄について語れ』という課題を文字数制限無しで出してしまったことに、少し後悔を覚えてしまったくらいだ。

そもそも何故、はじめに兄の好きなところをこの女に語らせたのか。
答えは簡単。この、『バクラの女』であるアイレンが、会話をするに足る人間であるかをまず見極めたかったため。
端的に言えば、アマネはアイレンがどの程度、兄・バクラを『わかっている』のかを探りたかったのだ。

もしここでバクラの魅力について、女が『妹のあなたにはわからないだろうけどw、彼は(愛人である)私の前ではこんなに魅力的な態度を取るのよ』というようなマウントめいた態度を滲ませてきたら、即座に会話を打ち切ってやろうとアマネは思っていた。
そういう、顔と体だけがとりえのよくある性悪女なら、一言だって口をきく価値は無いと彼女は考えたからだ。

だが、アマネがどれだけ突っ込んで聞いても、女は一向に自分が彼の寵愛を受けていることを歯牙にかけてこない。
アイレンという女は、どれだけ『バクラ』を語らせても、まるで恋する少女のようなキラキラとした瞳で熱っぽく語るだけなのだ。
それも、男女の仲である生々しい部分は妹に聞かせないようにとの、最低限の分別も一応備えた上で。

それに、アイレンが語った『バクラの魅力』の全てにおいて、悔しいがアマネは同意せざるをえなかった。
彼女がうっとりとしながら挙げた全ての内容について、アマネはそれにまつわる兄とのエピソードを詳細に思い出せるくらいだ。


「兄さんて、けっこう気まぐれなところあるのよね。
自分のペースでものを考えるというか。
こっちが真剣に考えてたのが、バカみたいに思えてくる時がある」

「あっ! わかる……!
バクラさん、前にすごく真剣な顔でこっちをじーっと見てた事があって……
どうしよう、私何かしたかなとドキドキしてたら、急に『踊れ』って言われた」

「踊れ……? アハ、何それ」

「何でも、王侯貴族は宴の場で踊り子たちを踊らせて、それを見て楽しむんだとか……
『オマエ、王の前で舞う踊り子になったつもりで踊ってみろよ』って、いきなり……!」

「アハハッ、それでどうしたの?」

「私、育ち良くないし、踊りなんか踊れないし……
でもバクラさんの言うことだから、頑張って手をひらひらさせてギクシャク踊ってみた。
そしたら彼、笑いをこらえてた」

「フフッ……、わかる。
こんな風に、『ククク』って、口の端を釣り上げてでしょ?」

「そうそう! あ、今のそれ似てた〜!
すごく恥ずかしかったけど、あのカッコイイ顔見られたから結果的に良かったかなって」

「私も、歌を唄ったら『ヘタクソ』って言われたことある。
それも、二度も。『ヘタクソ』って。
そしたら、兄さんがお手本として出だしの部分を歌ってくれたの」

「えっ……! バクラさん、歌を唄うの!?
それは意外……、う〜ん私も見たい……!!」

「フフン」

アマネは、アイレンの『バクラ』に対する本心を知り、徐々に自分の持っている『兄のエピソード』を彼女に分けてやってもいいかなという気持ちになっていた。

兄の、ただの遊び相手であるはずの女と話すのは、しかし思いのほか悪い気分ではなかったからだ。

そして会話を続けるうちにアマネは気付いてしまった。
隣にいる女性から時折ふわりと香ってくる、花のようなソフトな匂い。
それは、兄であるバクラがいつからか、たびたび全身に纏わせていた残り香だった。

逢瀬の相手である女の匂い。
アマネは、バクラ本来の匂いとは違うその香りを嗅ぐたびに、顔の見えない女が残した痕跡に複雑な感情を抱いていたが――
今日、ようやく『繋がった』。

兄が足繁く通っている特定の女は、この女なのだ。
今、自分の隣で、目を輝かせながら惚れた男に想いを馳せている、アイレンという女性。

それに気付いたとき、アマネの頭の中には、
「どうだ? 可愛い女だろ?」
と得意げに笑っている兄の声が聞こえたような気がした。

バクラの女――兄の『お気に入り』。
それを知った時、アマネは「へぇ……」と、ただ納得するだけなのだった。
そこにはもちろん肯定的な気持ちは無かったが、かと言って落胆や怒りのような気持ちも無かった。

『まぁ、いいんじゃない』
そんな感想を抱いたことに、当のアマネ自身も少し驚いた。
バクラという『共通の話題』を経て、人畜無害そうな女に思いのほか絆されてしまったのかもしれないと、アマネは自己分析するのだった。


「あなたは兄さんのことをどれだけ知ってるの?
さっき武勇伝とか腕っ節が強いとか言ってたけど」

アマネは、はじめは全く興味の無かった事柄について、ふとアイレンに訊いてみることにした。

兄バクラが、遊び相手に己の素性をどこまで明かしているか、そんなことは聞くまでもない。
……いや、盗賊という素性くらいは明かしているだろうか。
あの見た目と口調から言って、真っ当な稼ぎ方をしている町人には見えないだろう。

けれど、己の出自にまつわる悲喜こもごもと、そこから生まれた血塗られた目的は恐らく明かしていないはずだ。
彼は、己の悲劇を他人に語って同情を得るようなタイプでは無いし、あの惨劇にまつわる暗い話をする時に眼の中に浮かべている殺意めいたモノを、何の関係もない女の前では決して見せないだろうからだ。

『そこ』を共有するのは、この世でただ一人……妹であるアマネだけ。
女遊びという『休憩』とは違う、全人生を掛けた目的を果たすための、血の絆。
兄の片腕となれるのは、自分だけ。きっとそこは揺らがない。
アマネは強くそう確信している。

それでもアマネは、兄のたかが・・・
恋人に、何故持たなくていい興味を持ち始めているのか。

それは、アイレンという女があまりにも常軌を逸してバクラに熱を上げていたからだ。
それこそ、街中で声をかけられて懇ろになった程度では、考えられないくらいに。

そして、まるで自分の生の全ては『バクラ』だというように恋焦がれるアイレンを見て、アマネはわずかな哀れみの気持ちも抱いたのだ。

決して兄の『本質』は理解出来ないくせに、キラキラとした目でバクラを語る女。

だからアマネは、疑問と、同情めいた哀れみを抱き、アイレンに興味という名の探りを入れることにしたのだ。


あなたはバクラという男をどれほど知っているのか――

そう問われた女は、視線を少し泳がせ、記憶を探る素振りを見せてから答えた。

「ええと……盗賊、ってことは一応。
罠の張り巡らされた偉い人のお墓に忍び込んでお宝を手に入れたとか、同業者を出し抜いて戦利品を奪ったとか。
あとは……」

「ふぅん……」

アイレンが言い淀む。
沢山エピソードがありすぎて迷っているのか、それとも記憶力の乏しさゆえに忘れかけた記憶をサルベージするのに難儀しているのか。

どちらにせよ、彼女の緩やかな思考ペースに合わせてやる必要もないと思い、アマネはさらに奥へと切り込んだ。

「ねぇ。あなたと兄さんて、どうやって知り合ったの?」

「あ、…………っ」

アマネの質問に、一声だけ発したアイレンがすぐさま口を噤む。

彼女は曖昧にあははと笑うと、アマネから視線を逸らして目を伏せた。
顎に手をやったのは、無意識だろうか。
何かを考えているようなその仕草は、ここに来てアイレンが初めて見せた、迷いに見えた。

「……何?」

アマネは、臆せずに先を促す。
兄の妹に知られたくない『出会い』の事情――何となくだが、ピンと来る。

「その…………、お店で」

バツが悪そうに答えたアイレンの言葉は、アマネの推理を裏付けていた。
そして、彼女が言い淀んでいるのはきっと二つの理由からだろう。

それは、アマネが他でもないバクラの妹であるという事と、アマネがまだ15に満たない歳若い娘であること。

「……私、もう子供じゃないから。
兄さんがどこでどんなお店に行ってようと、どんなひと
と遊んでようと、別に気にしないから」

だからハッキリ言いなさいよ、と言外に告げてから、アマネは今の言い方はさすがに良くなかったかも、と少し後悔する。

前半はいいが、問題は後半だ。
これでは兄・バクラが、不特定多数の女と遊んでいるように聞こえるではないか。

どこかへふらりと出掛けていった兄が、やがて上機嫌でアマネの元に帰って来た時に、このアイレンのものではない別の香水の匂いを纏わせている日もあるなんて――
それを嫌味ったらしくアイレンに教えてやるつもりは、さすがに無かったのに。

けれど、口に出してしまったものは取り返しがつかない。
願わくば、この『バクラにゾッコン』な女性が、他の女の存在に気を取られて話が違う方向へ行きませんように。

兄の女の嫉妬に付き合ってやるつもりも無かったアマネは、そんなことを願わずには居られなかった。

けれど、アマネの心配をよそに、アイレンはおずおずと口を開き始めた。
まるで、妹さんにこんな話を聞かせて申し訳ない、とでもいうように。

「バクラさんは……、私が娼館に居た時の、お客さんだったんです」

――ほらね、やっぱり推理通りじゃない。

アマネは、それがどうしたとでも言うように、勝ち誇った気分で頷いたのだった。

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