因果応報

※バクラ出てきません。タイトル通りの結末なので、不穏なものを見たくない方はブラウザバック推奨。





とある放課後。

いつものメンバーで学校を後にした私は、遊戯君や杏子たちと別れた後、家が近い獏良君と少しの間だけ一緒に歩いていた。

今日は獏良君のファンクラブの女の子たちも居ないようだ。
だからこそ、こうやって2人きりで会話をしていられるのだが。


獏良君のマンションの前。
別れの挨拶を交わし、私は一人家路に着こうと彼に背を向けた。

その時。

「犬成さん」

背後から呼びかけられた声は、たしかに獏良君だった。
決して『もう一人』の闇の人格などではない。

しかし振り返った先に立っていた彼は、いつもの穏やかで人当たりの良い雰囲気ではなく、やけに沈重な面持ちを湛えていた。

「……これ、犬成さんのじゃない?
落としてたよ」

そう口にした獏良君が、私に差し出したもの。

それは、目立つ柄のついた私のシャープペンだった。

「あ、そうかも……! ありがとう!」

お礼を言ってペンを受け取ってから、私はふと思い出す。

「あれ……、でもたしかこれって」

そうだ。
私はこのシャープペンを……少し前に無くしたんだった。

シャープペンが無いことに自宅で気付いた私は、軽く持ち物や部屋の中を探しても見つからず、もしかしたら学校かどこかで落としたのかも知れない、週明けに学校に行ったら探そう……などと思って、そのまますっかり忘れてしまっていたのだ。

でも獏良君がこれを持っているということは……
彼はこれをどこで見つけたのだろう?
やはり、学校……?


「そっか、やっぱり君のだったんだね」

「うん。無くして探してたんだ!
見つかって良かった。ありがとう」

――言い終わった瞬間、獏良君の顔がさらに険しくなる。

その時、ずき、と私の中で高鳴った心臓は、決して甘い感情から来るものではなかった。

頭の隅で警告音が鳴る。

ちょっと待って。
私はこのペンを、本当に学校で無くした……?

それ以外にも可能性があったのでは?
たとえば、『誰か』に呼ばれて行った家で、ついでに勉強をした日だとか――


「やっぱり、君だったんだね」

眉根を寄せて紡がれた獏良君の声。

何かを確信するような、強い口調。

決して普段の彼からは出てこない、そこはかとなく悪意の滲んだ声だった。

「ば、くら君……?」

胸を打つ鼓動が激しく暴れ出す。

だめ。ダメ、それ以上言わないで。
お願い、お願い――っ!


「……アイツと通じてるのは、君だったんだね犬成さん……!!」

「ッッ!!!!」

私は言葉を失ってしまった。

それは全身に冷水を浴びせかけられたような衝撃だった。

世界が揺らぐ。

私と……、あのバクラの関係が……この獏良君、に…………何故!!!!


動けず、口も聞けなくなってしまった私の前で、獏良君は答え合わせをするように語り出した。

「そのシャープペン、ボクの家で見つけたんだよ」

「っ!」

「……おかしいよね?
犬成さんはしばらくうちには来てないはずなのに」

「…………っ」

獏良君は黙ったままの私の前で、続きを語った。

「前々からおかしいと思ってたんだ。
学校が終わった後や、休日の間に度々記憶が飛んでたから……
一度や二度じゃない。何度も、何度もだよ……!」

胸に突き刺さる彼の言葉。
全身から血の気が引いていくのがわかった。

「ボクも薄々気付いてたよ……
記憶が飛んでる時……それは、千年リングに宿る『あいつ』が何かしてる時じゃないかってね……!」

「っ……!」

膝が震える。
背筋から広がった寒気は決して気のせいではないだろう。


私は唇を噛み締め、一刻も早くこの恐ろしい告白を終わらせるために、それをすることが出来るたった一つの存在の、発現を願った。

『彼』が今すぐ表に出て、全てを遮断してくれたなら、私は。

私達は、また『二人』で、今後の方策を練って――

だが。

「無駄だよ……っ!
千年リングは家に置いてきた。
いくら願っても今あいつは出てこないから!」

「……っ、」

私の心の拠り所を粉砕するように、震える声で獏良君は言い切った。

ひどく苦しそうな、怒りを押し殺しているような、彼の顔。

彼の激情に当てられて、私の喉の奥もチリチリと熱を発して燻りはじめていた。

込み上がってくる涙――
この涙は獏良君への罪悪感か。
彼に秘密を知られた恐怖か。

それとも……後悔か。
バクラと関わりを持ってしまった事への。

否――それだけは無い。

後悔なんてものがあったらとっくにめている。
こんな、私以外誰も得しない裏切り行為など。


「獏良、くん…………わたし、」

「どうして……どうしてだよ……
こんなこと、信じたくなかったのに……!
勘違いなら良かったのに……っ!」

悲痛な本心を吐露し、その場に崩れ落ちるように膝を着いた獏良君。

残酷な事実を突きつけられて打ちのめされた彼の前に、私が発しようとした言葉は呆気なく霧散した。


「ねぇ、犬成さん……!
どうして君のシャープペンはボクの部屋に落ちていたの……?
どうしてボクの記憶は度々飛んでたの……?」

「っ…………、」

「っ、どうして……
どうしてボクのベッドには、ボクのじゃない髪の毛が……っ
君と同じ長さの髪の毛が!
落ちてたんだよ!! ねえ!!!」

「――ッ!」

獏良君が吐き捨てた声には、気付きたくなかった事実に気付いてしまった悲しみと、生理的な嫌悪感が宿っていた。

「どうして……なんで、なんでだ、よ……っ
何故キミはあいつと……!!
ボク達を苦しめたあいつと……、何故!!

っ……、答えてよ犬成さん……!!!」

俯いたまま、感情の全てを絞り出すように叫んだ獏良君。

ぽた、ぽた、と握りしめられた拳の上に落ちた水滴。
彼は涙を零していた。


「…………わ、たし」

紡ごうとした言葉はそれ以上声にならなかった。

私はあのバクラを愛している。

かつて獏良君を――
遊戯君や私達全てを苦しめた、あのバクラという邪悪な人格を。

さらにあろうことか私は、獏良君の体を借りたあの存在と、何度も何度も口に出せないようなコトを――

ごめんなさいと言おうとして、何と薄っぺらい言葉かと内心自嘲した。

謝るくらいなら初めからやらなければいい。

私はあのバクラが邪悪なモノだと知っていて繋がりを持った。
そこに後悔はないし言い訳はない。

詭弁を弄してこの場を凌ぐことは出来るかもしれないが、それをしたら私の全てが壊れてしまう。

文字通り、存在意義の全てが。


獏良君は地面に蹲り、嗚咽を漏らして肩を震わせている。

「なんで……、どうしてだよ……っ
わからないよ……っ、わからない……ボクにはわからない……っ!!」

叫んだ彼は、どこまでも善良で温厚な獏良くんでしかなかった。

彼は私を罵倒するわけでも、淫蕩を詰るわけでも、激昂して殴り掛かって来るわけでもなかった。

私にはただそれが哀しく思えた。


「っ……! そうだ、やっぱり、何か事情があったんだよね……?
もしかしてあいつに脅されてたりとか……無理矢理、とか……
あとは、騙されてるって可能性も……それなら!」

「可愛いところもあるんだよ、あれでいて」

何かを思い出したように顔を上げ、僅かな希望に縋ろうとした獏良君を、私は正面から否定した。

彼の顔にはまるで、ようやく掴んだ蜘蛛の糸を断ち切られた罪人のような、信じられないといった表情が浮かんでいた。

分かっている。罪人は私だ。
どこまでも優しく仲間思いである彼ではなく。

「悪いとは分かっているけどね。
それでも、好きだから……この世の、誰よりも」

口から吐き出されたのは、謝罪よりももっと薄っぺらい言葉だった。

まるで、周りから見たら最低で最悪な男を庇う、馬鹿な女のような。


「ごめんなさい。
獏良君を傷付けて、ごめんなさい」

もはや何を言っても遅いのだろう。
それでも私はやはり、言わずにはいられなかった。

獏良君は被害者だ。
バクラという悪魔の。

そして私は悪魔に魂を売った。
その代償がこれだ。

因果応報。
闇に魅入られた愚かな人間の、行き着く先。

全てを悟ったといった顔で、私から視線を逸らした獏良君。
涙が滲むその目は、彼が人間である証拠だった。

それから彼は、ふらつく足でゆっくりと立ち上がる。


終焉は近い。
だが私はその前に、心を決めなければいけないだろう。

即ち、ここが、彼ら『お友達』との決別の時だと。


「全部、ごめんなさい」

繰り返し唇に乗せた言葉は、ただただ虚しい。

獏良了という人間は、怒りと、哀れみと、憎しみと悲しみを込めた眼で、覚悟を決めたように私を見据えた。

その真っ直ぐな視線に、しかし私は二度と、友としての言葉をかけることはないし、かける資格もないのだ。

何もかもがもう、遅い。

そこにはただ、現実だけが横たわっている。

悪魔を選んで友を裏切ったという、逃れようのない結末だけが。

ただ、そこに。



END


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