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 疑惑はみるみる萎み、気弱そうな表情は控えめな好印象すら亜沙子に与えた。自分はかなり誤解をしてしまっていたようだ。何のことはない、優しい青年だ。チャラい男よりは真面目君の方が話しやすいし、好感が持てる。
「宮崎君、その怪しい男はまだここら辺にいる?」
「いいえ。僕が書庫に入った時には見かけませんでしたけど……誰ですか? あの人は」
 探偵よ、変人だけど害はないわ。とも言えない。どうして探偵が大学の書庫にいるのかと質問されるだろうし、自分があんなのを連れ込んだと思われても嫌だ。あなたがストーカーなんじゃないかって疑ってるのよ、などとは口が裂けても言えない。
 亜沙子が沈黙していると、宮崎が気遣わしげな顔をする。
「まさか柊さん、あの人に脅されているんじゃ……」
「ち、違う違う!」慌てて亜沙子は否定する。「あの人、学長の知り合いで、私が図書館へ案内したのよ」
 黒峠の話を信用するなら半分は本当だ。
「そうだったんですか。僕はてっきり、学校に無断侵入した不審者かと思ってしまって」
 当たっているかもしれないので笑えない。
 宮崎は少しの間黙って通路を見ていたが、亜沙子の方へ向き直って、改まった顔をした。
「あの、柊さん。お願いがあるんです。突然ですけど、聞いてもらえますか」
「私にできることなら」
 宮崎に対する警戒心はとけてきていたものの、急なお願いとやらには構えてしまう。そして怪しい男の方は、散々待ちぼうけをさせた挙げ句どこに行ってしまったのか。
「あの……」
 視線を泳がせる宮崎に亜沙子の不安は募る。まさかまた新たなトラブルに巻き込まれようとしているのだろうか。宮崎はついに亜沙子の目を見て、口を開いた。
「僕と一緒に、食事に行ってもらえませんか」
「え……はい?」
 食事。
 これには拍子抜けした。
「フラれたばかりであつかましいお願いだとは思うんですけど。行ってみたい店があるんです。二人きりとは言いません、他の方誘っても結構ですから。友達として……いえ、後輩として、ですかね。是非一緒に行ってもらいたいんです」
 静かな場所で思いつめたように言うから、どれほど深刻な内容なのかと思ったが、案外普通のお願いでほっとした。こうしてまともに口をきいてみると、宮崎は思った以上に流暢に喋る。ストーカーではなさそうだし、断る理由もなかったので亜沙子は承諾した。
 宮崎は嬉しそうにほほえむと店の場所と指定の時間を告げ、立ち去って行った。
 亜沙子も開きっぱなしになっていた本を閉じて立ち上がる。
 黒峠はどこに行ってしまったのだろう。まさか、帰ってしまったのか。



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