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 服飾の歴史についてならもっと興味が持てるかと思って選んだはずが、うっかり隣にあった洋書が手にしてしまっていたらしい。
 英語は苦手だったが、これもいい機会ととらえて、題名すらわからぬ本を読み始めた。
 私だって大学生なんだし、ちょっとくらい読めるかもしれないじゃない。そう思った。せめて何について書かれた本なのかくらいは知ろう。
 書庫はあまりに静かすぎた。
 聞こえるのは低い空調の音だけ。室温はほどよく保たれている。顔を伏せるのに最適な机。難解な英文。
 もはや眠気にあらがえるはずもなかった。全てが亜沙子に眠ることをすすめていた。
 そして五分ともたずに、亜沙子はうたた寝をしてしまうのだった。

「柊さん、柊さん」
 声をかけられた時、まず、しまったと思って亜沙子は手で顔を隠した。
 不覚にも黒峠に寝顔を目撃されてしまった。どうせまた笑うのだろう。
 イマドキの勉強熱心な女子大生は本に額を押し当て、目をつぶって学ぶんだね、カンシンカンシン。今にもそんなような嫌みを吐くかもしれない。
 しかし妙だ。黒峠は柊「さん」などとは呼ばない。
 おそるおそる顔をあげてみると、そこには全く別の顔があった。あまりにびっくりしたせいで、危うく椅子から転がり落ちそうになってしまった。
「柊さん、僕です」
 眼鏡をかけた、気の弱そうな青年。知らない顔ではなかった。
 ストーカー疑惑が持ち上がっている、経済学部一年の宮崎青年だ。
 どうしてこんなところにいるのだろう。前触れのない登場に気が動転して、黒峠が変装しているのかと疑ったが、確かに本人のようだった。
「えーっと……宮崎、くん?」
 宮崎は頷いた。
「ここで何してるの?」
 こんな閑散としたところで、こんなタイミングで偶然ばったり出会うのはどうも妙だ。まさかつけてきたなんて白状されたらどう返せばいいのだろうか。
 宮崎は恥ずかしそうに笑って頬を掻いた。
「僕、向こうの閲覧室にいたんです。そしたら柊さんと怪しい男が急いで書庫に行くのを見て。柊さん、困った顔してたし、何かあったのかと心配になっちゃって……すいません」
 怪しい男というのは間違いなく黒峠のことだ。
 その点について擁護しようとは思わない。本人は怪しさをあえて演出している節すらあり、黒峠はそれでいいのだろうがこちらは迷惑を被っている。
 宮崎君って、良い人じゃない。



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