上條の解剖の授業は農林系高校、医療系高校の生徒達からはかなりの好評だったようだ。中には稲葉高等学校に編入したいと言い出す者もいた。
しかしその他の商業系高校や情報系高校の生徒達は、もう二度と解剖はしたくないという者が殆どだった。
おそらくこの一日体験入学の後上條は校長から色々と小言を言われるだろう。(しかし、校長はよく以前の生徒会長から話をぶったぎられる程気弱である)
終わった事にとやかく言わず、真悟は九郎達に昼食後にある部活動見学の事を学食で話す事にした。
「昼飯の後は部活動見学だけどよ、何か見たい部活動とかあるか?因みに、俺と花梨はサッカー部。黄色い声援が飛び交うのはバスケ部。敵対心剥き出しなのは弓道とアーチェリー部があって」
真悟は宣言通りにキツネうどんを食べている。
あの解剖の後に物が食べられるのは、『慣れ』としか言いようがない。
「あんな解剖やった後でよくそんなに食べれるよね…」
菊もさすがにこたえたのか真悟の食いっぷりにうんざりしている。
「そう言えば九郎は?」
「あそこ、完全にへばってるわ」
指を指した方向には九郎が体育座りをして項垂れているそこに何事もなかったかのように真悟が
「おーい九郎ー次どこの部活いくんだー?」
「剣道部…剣道部はないの…?」
未だに顔が青ざめている九郎に、真悟は言う。
「あるぜー。まぁ、うちの剣道部ハードだからちゃんと昼飯食っとけ」
「そーそー。ま、うちのサッカー部のマネージャーには負けるけどね」
花梨がうどんを啜りながら話した。
「ところでお前何うどん食ってんの?」
「たぬきうどん」
「げっ。何の冗談だ」
あの解剖の後にたぬきうどんを食べる花梨は物凄い度胸だとその場に居た者は思った。
もうあの解剖の事は忘れさせてくれと言わんばかりに九郎が、若干生気の無い目で花梨を見る。しかし花梨にはそのような事は御構い無しらしい。
結局昼食をまともに取ったのは真悟と花梨、キアロだけだった。
*
昼食を終え、花梨達は九郎達を第二体育館へ案内する。真悟はサッカー部の方へ行かなければならないらしく、途中で部室の方へと行ってしまった。
「ここがいつも剣道部が練習してる第二体育館なんだけど…」
花梨は剣道部部員に知り合いは居らず、どうしたものかと暫し考えた。いかんせん殆どの者が防具と面を着けている為、誰が誰だか判らない。防具に付けられた名札を見ても、誰が部長なのか判らない。
するとそこへ竹刀を持ってはいるが防具を身に付けていない男子生徒が声を掛けてきた。
「見学?」
「うん、そだよー。ってか、何で葵君が剣道部に居るの?帰宅部じゃなかったっけ?」
「帰宅部だよ。でも剣道部の奴らがヘルプに入ってくれって五月蝿くてさ。俺、昔剣道やってたけど、面倒だから嫌だって断ったのに」
葵の喋り方には覇気がなくどことなく気だるげな印象を受ける。
「とりあえず顧問の所にいこうかついてきてー」
大きな声で、竹刀をふっている生徒に罵声を浴びせているあのガタイのいいいかにも、剣道部の顧問ですといったおっさんを指差した
「先生、体験入部がしたいという生徒らしいんですけど…」
「おぉ!!ご苦労だったな!!!!で体験入部は誰がやるんだ?」
「こいつです」
菊が呆れた風に九郎を前につきだしたそして九郎の耳元で
「ちょっと…九郎?」
「え?何?」
「あんた…自分の立場わかってるんでしょうね」
「何で?何が?」
「だらず!!どうなっても知らんからな」
「?」
後ろから菊の盛大なため息が聞こえた。
何でだろう。剣の腕のことなんだろうか菊が言っていることがよくわからないまま前に出た
菊の態度に花梨もよく判って居ないようだ。頭に疑問符が浮いているような感じである。
しかし、九郎に気付いた一部の剣道部部員は次第にざわつき始めている。
そのようにざわめく部員達を顧問は一喝する。
「喧しいぞお前ら!!」
「すいませんっした!!」
「よし、じゃあ日向(ひなた)、竹刀を貸してやってくれ。というかお前はうちに入部せんのか?」
「嫌です。それに俺、『ひなた』じゃなくて、『ひゅうが』です。ついでに下の名前は『まもる』です」
顧問に言われて葵は九郎に竹刀を手渡す。竹刀を九郎に渡したときに葵はふと思った。
「(……侍だ……)」
竹刀を手にとった瞬間九郎の回りを取り囲む空気が変わった目には見えないのだが、何だか別人の前にいるような…そんな感覚だった
「さて…誰が相手をするんだ?さっさとやってしまおう。」
花梨がようやく雰囲気がかわったのに気づいたみたいで
「え?誰?!」
その質問にキアロが
「誰ってくろーだよーあのね、剣とか持っちゃうと凄く性格とか変わっちゃうの!!とと様の血を感じるところだよねー」
困ったといった風に菊が
「ちょっと、花梨にお願いなんだけどこの学校で一番強い人、連れてきてくれないかしら?…剣道っていった時点でやめさせればよかったわ…」
同じようなのりじゃない…真剣も剣道も…とぼやきながら菊が頭を抱えている
「え?九郎君って何者?」
「柳生新影流の跡継ぎよ」
「あらぁ」
柳生新影流、花梨も名前だけは知っていた。確か以前にテレビで特番が組まれた時に、ちらりと目にした事がある。
かなりの腕が立つ猛者達が集まる柳生新影流の跡継ぎとなっては、いくら全国大会へ出場している稲葉高等学校剣道部の部員とて相手にはならないだろう。
「あ…」
「何?どーしたの?」
部員達をまるで風か何かのように斬っていく九郎。それは最早剣道とは程遠い。今の九郎を一言で表すなら、『九郎無双』といったところか。
そのような彼の姿を見て、葵は何かに気が付いたように言う。
「あれは、怪我人出るね」
「だから、この学校最強を連れてきてって言ってるじゃない」
「学校最強って事は生徒じゃなくても良いよね」
「それもそうだけど…」
「ちょっと待ってて」
菊が何か言おうとしたが、葵はそのままだるそうに第二体育館から出て行った。
そうしている間にも『九郎無双』の状態は続く。
「え、衛生兵ー!!」
部員の一人が九郎に倒された別の部員を見てそう叫んだ。この際いつの時代だとのツッコミは無用であろう。
「ははははは!!!!ぬるい!!ぬるいわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!そんなんで俺にかかってくるなんざ100万光年はえぇぇ!!!!」
「こ、光年は距離だぁぁぁああ!!」
相変わらず九郎は、我を忘れてそれでも止めてやろうとしている来る剣道部の生徒を切り捨てている先生なんて手塩にかけて育て、全国までいった生徒が赤子同然に扱われる様を顔を青ざめてみている
「あいつは誰だぁぁぁぁぁぁ!!」
「だから!!柳生新影流の跡取り!轟斬九郎ですって!!」
先程タヌキの解剖をみてほぼ半泣き状態の九郎と比べると本当に別人のように豹変している
九郎のお陰であの和やかだった体育館は一瞬にて戦場と化していた
「取り敢えず、隠れましょうか最強の人が来るまで」
「はいなー」
「花梨もいらっしゃい、殺されるわよ」
「人って見かけによらないよね…」
「全くだわ」
3人はそそくさと体育館を後にした。
そして、出口の扉をに手を掛けた時だった。自動でもないのに扉が勝手に開いた。それにビックリした菊が声を上げたが、扉が勝手に開いたのではなく同じタイミングで別の人が外から扉を開けただけであった。
「おぉ…。ビックリしたー」
差して驚いた様子も見せずに葵はそこに立っていた。
「連れてきたよ。いなこう最強」
そう意って葵の後ろから現れたのは、授業体験で生物の実験を行なった上條だった。
その上條に無双状態の九郎は未だ気付いていない。
「止めれば良いんですかね?」
「はい、宜しくお願いします」
その場に居た全員が上條に声を掛けた。
「と〜ど〜ろ〜き〜くぅーん」
九郎の苗字を間延びしながら呼んだ上條の右手には、何故か黒いビニール袋が握られている。
「あぁ?!」
九郎は声がするほうに振り向いた途端
上條はビニール袋を逆さにした
ビニールから先程のタヌキなんだろうが肉片になっている何が何だかわからないそれが床にボタボタと落ちた
それを見た途端、また上條の手によって場の空気が固まった
「…っきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
九郎が女みたいな悲鳴をあげながらそのまま倒れる
「さて、片付けますか」
既に青い顔をしている九郎をそのままにして、上條は何処からか取り出した道具でモザイク処理並みのタヌキの臓物を片付ける。
「ほら、いなこう最強」
「いやいやいやいやいやいや」
葵が表情も変えずにそう言いながら九郎の傍らに落ちている竹刀を回収した。
「戦わずして勝つっていうのかね?」
葵は竹刀を部員に返して言う。
「成る程そういう止め方もあるのね」
菊が納得したように頷く
「おーい何があった…え?!九郎?!」
真悟が騒ぎを聞き付けて覗きにきたようだ
「大丈夫、解決した」
と葵が気だるそうに答える
「九郎どうしてへばってんだよ?」
「あー話すと長くなるからめんどい、他の人に聞いて。帰る」
「あ、おい!!」
葵が大きく伸びをして眠たいのだろうか、欠伸をしながらだるそうに歩いていくキアロが楽しそうに
「ありがとーひまわりー」
「ひまわりじゃない。日向だ。」
ひどく真面目に訂正された。
*
「今日は色々凄かったねー」
花梨が校門前で九郎達に挨拶をする。
九郎は未だに気を失っているらしく、真悟に担がれている。
「おい、九郎。しっかりしろ」
「うーん…」
おそらく今日の解剖で九郎には凄まじいトラウマが植え付けられたに違いないだろう。
「あれ?…学校は…?」
「もう終わった。どうだった?学校は」
「途中からなにが起きたのか解らないけど……怖かった…」
「それ、お前が言うか?」
笑いながら、真悟が言う
「?」
「そうよあんたが知らない間にどんなことがあったと思ってんのよ謝りなさい」
戸惑ったようにそして某が寝ている間に一体なにが起きたのか全く解らないけど取り敢えず謝った
「ごめんなさい…」
「おう、まぁ、うん」
真悟と花梨が苦笑いをする中、九郎達は二人に手を振り、稲葉高等学校を後にした。
夕日が辺りを茜色に染め上げる中、九郎達は稲葉高等学校の近くにある稲葉川の土手を仲良く三人並んで帰って行った。
2010.3.3
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