孤独な華。 | ナノ

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Crimson



 八戒と冬夜がお互いの相棒の話をしているその時、悟浄と旬麗は同じ部屋にいた。旬麗の彼氏である慈燕の話、悟浄が妖怪であるという話をしていた。それを外で気まずげに聞いている人がひとり。外の窓の下でしゃがみ煙草をふかしていた。
 
――はーーまいった。たまたまとはいえ、聞いてしまった

 そしてもう一度ぷかーと煙を吐く。その人は、嵐詩である。部屋にいては那都に質問されるのが目に見えていた嵐詩は、そそくと外で暇潰しをしていたのだ。
 時間を潰してから旬麗の家に入ろうとしたときに中から話が聞こえてきて、そんな所に気づいてしまった以上空気も読まずに玄関から入る度胸もなく、かといって暗くなってきた村を自分のような輩が歩き回るのも悪い。どうしようもなくて外でしゃがみこみ、煙草をふかしていたのだ。


――入れねぇ…

 完全にタイミングを逃した。と何度思ったことか。嵐詩はまたもう1本、と火をつけた。出来るだけ聞かないようにしてはいたが、そう意識すればするほど耳は良いほうなので聞き取れてしまったものもある。頭抱えた。そんなこんな心の中で葛藤していた内に静かになる。
 ガチャ
 今の嵐詩の真上ともいえるところにある窓が開く。ヒュッと息が詰まり、咳き込みそうになるのを抑えて慌てて煙草を消し、音を立てずに少しは隠れようと壁にくっつく。
 ふわっと自分のものではない煙草の香り。
 恐る恐る見上げると 紅い髪の毛。あっやべぇと思うのも遅い。


「盗み聞きかぁ?」

 ニヤッとした笑みとともに声が降ってくる。そして、紅い瞳と目があった。

――バレてた
 これはもうどうしようもない、言い逃れもできるわけない。


『あーーー悪かったよ、一応言うと聞く気はなかった』

 嵐詩はそう言うと立ち上がり、伸びをした。1本無駄にしちまったなとぼやきながら。それに対して悟浄はフーン?とニヤニヤした顔で、本心かどうかはさておき、怒っているわけでも不機嫌なわけでもなさそうだ。


 
「悪ィと思ってンなら火ちょーだい」
 

 悟浄は火のついていない煙草を咥えたまま笑う。てっきり吸っているものだと思っていたが、先程の香りはただ部屋に充満していたものだったのだろう。


『ほら』

 嵐詩は自分も新しく咥えて火をつけてから、ライターを近づけて悟浄の煙草に火をつけた。窓越しに顔を見合わせることになったが、居心地が悪く 嵐詩はすぐに窓を背にして壁に凭れる。

「さんきゅ」

 小さく笑う声が、横から聞こえた。2つの紫煙が空へ上がっていく。

 

「………つか、お前 外で何してんの?」
『ん…あーーー。散歩してきた』
「ンだそれ…」

 顔を見ずとも呆れている顔をしていることくらい嵐詩にでもわかった。でも、嘘ではない。実際、この辺を歩いていただけだ。“なんで”とは聞かれていないし、と嵐詩はなぜか誰に聞かれたわけでも言うわけでもなく言い訳を考えていた。

 

「居心地でも悪かったワケ?」
『……そりゃ、お互い様だろ』

 悟浄の冗談めいた口調に呆れた口調で返すと、悟浄はハッとかわいた笑いを浮かべ、そーねと呟いた。お互いに踏み込みにくい、踏み込めない話題だと思っているのか、柄にもない腹の探りあいのような会話をしてしまい、また居心地が悪くなってしまった嵐詩は、どうすっかなと空を見上げた。もう暗い。



「……お前、“ジエン”って知り合いでもいんの?」


 ドス。核心に刺さる音がした。気がした。
 のらりくららとさっきまでしていたじゃないか。


『な……んでだよ?』

 わかりやすく声は動揺していて、自分で心の中でへったくそが、とつっこむ。悟浄はそれをからかうこともせずに


「さっき知ってる風な反応してたろ」

 気づくわあんなん、俺でも と嵐詩の後ろ頭を小突く。その瞬間 うっと呻き、そんなん言ったらオメーもだろぉがーと思って嵐詩は悟浄のほうを見る。すると、お互いの紅い目に姿が映りこむ。目があってしまっては、雑な返しができる訳もなく、目を逸らしてから気持ちを落ち着かせるように煙草をふかしてからゆっくり口を開いた。


『兄貴だよ』

 ガタン!
 嵐詩の返答に悟浄が驚いて、何処かに身体をぶつけたらしい。いって という声も同時にして、嵐詩は思わず振り返る。悟浄はわかりやすく狼狽えていた。


「まじ…?」
『……ンなことで嘘ついてどーすんだよ…』

 悟浄の反応の意味がよくわからず、訝しげな顔で睨むと、悟浄は嵐詩から視線を外して あーー、その、とか言いにくそうに続けた。


「俺の、兄貴も爾燕ってんだ」

 今度は嵐詩がぎょっとした。煙草を地面に落とした。ポカンと口を開けたまま悟浄を見て、パクパクとさせる。悟浄は気味悪そうな顔をして

「変な感じだぜ」

 と頭をガリガリかいた。嵐詩はようやく我にかえって、2本も無駄にしてしまった煙草を思いだし勿体ないことをした、と心の中で手をあわせる。落ちた煙草を踏んで火を消しておく。それからもう一本に手を伸ばす。気が動転しているのか火を上手くつけられずにいると、悟浄が ん、と火のついた煙草を差し出してきた。嵐詩は、サンキュと煙草を近づけて火を貰う。
 フーとふたりは暫く沈黙のまま煙草を吸い続けた。


『………気味悪いとは思ったけど、名前同じなんてザラにいるよな、よくあることだわ』
「……あーそうだな、あるある」

 嵐詩の言葉に悟浄はうんうんと頷いて、また少し沈黙。それからもう一度、顔を見合わせる。


「あるか?」
『知らねーよ。少なくとも俺は初めてだわ、兄貴同士の名前被ってんなんて』
「そりゃそーだよな」

 悟浄の下手くそなノリつっこみのような問いに、嵐詩はあ゛ーーもーーと返し、乱暴に頭を掻く。そして、ふたりで煙を吐き出した。


「……因みに、お前の兄貴も妖怪?」

 嵐詩の質問に悟浄は「おお」と短く答える。

――本当に名前同じだけだよな…妖怪なら兄貴じゃねぇし……いや、兄貴であってたまるか案件だけど。ま、兄貴がここに来てるなんてほぼありえねーだろうしな…
 と嵐詩は一先ず安心する。


「なんで妖怪かどうか聞くんだよ」
『は?いや、お前の兄貴なら妖怪だろうと思ったけど一応。俺の兄貴は人間だからな』
「………あーーー?そういう?」

 嵐詩の返事に悟浄は考えすぎてたな とボリっと頬をかく。


「…嵐詩チャンの兄貴ってどんなヤツ?」
『は?』

 悟浄からの質問に反射で返してしまったが、あーーと続ける。兄のことを思い返し、少し考えてどう言うか迷う。


『頼れる兄貴だったよ』
「…だった?」
『今、行方不明だからな。うちの兄様は。』

 はぁとため息混じりに吐き捨てるぐらいの勢いで言うとまた悟浄は、がんっとどこか……今度は肘を窓のさん辺りにぶつけて痛がる。嵐詩は聞かれたこと答えたのに今度は難なんだよと悟浄のことを睨む。悟浄は噎せたり、痛がったり忙しそうだったが、視線に気づくと言いにくそうにしだした。

 
『なんだよ』

 もう流石に驚かねぇわ、と嵐詩はいう。


「俺の兄貴も行方不明で、一応探してんだわ」

 悟浄が言い切るより先に嵐詩は煙草で噎せた。ゲフォゴフォと咳き込む。悟浄は大丈夫かーと窓越しに背中をとんとんと軽く叩く。げほげほと少し落ち着いてから嵐詩は涙目のまま悟浄を見あげた。


『嘘だろ』
「こんなつまんねぇ嘘つかねぇよ」
『不気味なくらい偶然だな』
「こんな偶然いらねェよ……」
『全くだわ』

 どんどん目が死んでいくふたりは、静かに煙草を吸い直して気を落ち着かせようとした。

 
――偶然なんてない、全ては必然だ とか言うヤツもいるけど、こりゃどんな必然だよ…
 嵐詩は頭の中で自分が知っている魔術師達の顔を思い浮かべて、問い質すように肩をつかんで揺らすが、どいつもこいつも答える訳なく、アハハとかにこにこと笑うだけだった。
 嵐詩の脳内だから答えが出ないのも不思議ではないが、実際嵐詩の思い浮かべた人物に会い聞いたところで笑顔ではぐらかされるというのも充分にありえる話だ。

 現実逃避にそんなことを考えていたのだが、嵐詩は余計に顔が死んでいく。無駄に疲れてしまった。お互いに黙りこくっていると、時間だけが流れ、煙草が消費されていく。

 気まずいとかではない。ふたり共先程までの話を飲み込むのに時間がかかっているだけだ。



『……そいや、お前の兄貴はどういう奴なの?』

 嵐詩はだいぶ落ち着いたのか、先程された質問を同じように返す。

 
「…自分でしといてだけどよ…どうって…言われてもな」

 悟浄は自分達の吐いた煙越しに遠くを見た。悟浄は爾燕のことを思い返す。でも、嵐詩に上手く伝える言葉が見つからなかった。出てこなかった。嵐詩はその様子を見て、あぁ聞かない方がよかったな…と視線をずらした。


「昔のことすぎて思い付かねぇわ」

 悟浄が“昔”を思いつつ呟く。それにひっぱられるように嵐詩も昔を思い出していた。楽しかったことも、腹の立ったことも、最後のことも。
 嵐詩は

『ま、だよな。俺も漠然としたことしか言えねぇし…』

 と茶目っ気のある笑みを浮かべ、そんなもんだわと言う。兄弟なんてそんなものかもしれない。それこそ、他人に話すなんてこっぱずかしいか、と嵐詩はこれ以上は聞く気ないと態度で示す。
 悟浄はそれを察して甘えた。

 

「……つかよ、嵐詩そろそろ中入んねぇの?」

 普通に名前を呼ばれたことに一瞬戸惑ったが、別に気にすることでもないので嵐詩は

 
『いや、体なまっちまうから もう少し散歩してくるわ。体動かしてぇし』

 とぐいいいと背伸びを伸ばす。それを聞いた悟浄はうへぇと呆れ顔。


「熱心ねー」
『女は筋肉つきにくいんだとよ。これ維持すんにもジミーーな努力が必要なんだよ』

 ちっちっとわざとらしく音を鳴らして、わかってねぇなと笑い、嵐詩はヒラヒラ手をふって家から離れていった。悟浄は「へいへい」と言い返す気もない返事をしてそれを見送る。フーと煙をまた吐いた。

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