「アーラ…「しッッ!!」」 呼びかけるタマキを、アラタは小さく鋭い声で遮った。大好きな人に自分の名を呼ばれることは、もちろんこの上ない幸せなのだけど、今は……口をつぐんで、何事だろう、とアラタの隣に並んだタマキは、その視線の先を見て、ああ、と思った。 「ツバメの巣……」 古びたアパートの軒下に。まだ泥と藁の混じった、ごく小さな固まりでしかないが…時折、その製作者たちが忙しなげに行きつ戻りつしているのが観察できる。 「ラッキーだな」 「え?」 「まだ作り始めたとこじゃないか。これから、巣が完成して…雛が生まれて育って、そして巣立つ…それをずっと見ていられるってことだろ」 小さな声で呟くタマキの声は、陽だまりのようにあたたかく、幸せに満ちている。 「……昔はね、生き物…とくに『小さくてかわいい』生き物って。――大嫌いだったんだ」 「そうか…――」 それ以上語ろうとはしないアラタの、頭にタマキの掌が載せられる。やさしく撫でられる感触に、アラタはそっと目を閉じた。 「明日も見に来ような」 タマキの言葉に瞳を開けると、目の前に笑顔の花。 「うん!!!」その笑顔に、自身も笑顔で応えられること。こころからの気持ちで。幸せだと、実感しながら―― 二人は、歩き出す。少し後になりながら、アラタはタマキの後ろ姿を見つめた。 あなたがいるから。あなたが笑うから。世界は美しい。 そして。僕が笑うから。世界は美しい。 あなたと、あなたの好きな人が共に笑顔でいられますように。アキヒコ