過去企画 | ナノ

!『乙女』
!過去拍手01続編


草薙灰音、今年で十七歳になる。
所謂女子高生という奴だ。

そんな彼女は自宅の縁側にてぼんやりと空を眺めるという、子供の頃から変わらずに続けている日課を現在進行形で行っていたのだが。
ボスリ、と何かが彼女の背中に当たった感触に灰音はゆるりと視線をズラす。

其処には綺麗に肩よりも若干上辺りで切り揃えられた青い髪の少女がいた。
灰音と似て非なる青い瞳を少女は潤ませて自身を見上げる姿が灰音の視界に映った。


「・・・・・・」
「灰音おねえちゃん」
「・・・・・・・・・」
「あのね、まい、おにいちゃまに会いたいの」
「・・・・・・・・・・・・」

何かを期待するかのような視線に灰音は無言の抵抗をした。

沈黙を貫く灰音に、素直に自分の欲求を訴えかける少女―――聖川真衣。
現在、双方は無言の攻防を繰り広げているが真っ直ぐな人間や愛情に滅法弱い彼女が少女のお願いに折れるまで、後三分。



(・・・何でこんなことに・・・)

深く深く溜息をつく灰音の目の前にはこれ以上無い位の存在感を出している学び舎がある。
彼女の隣りには灰音の幼馴染の妹、真衣がいる。
灰音にとっては酷く理解し難いが何故か手を繋いだ状態だ。

優しくした記憶なんてないのに何故この兄妹は私と関わろうとするんだろうか。

灰音にとっては永遠の謎である。


「おねえちゃんっおにいちゃまはここにいるの!?」
「・・・・・・ええ」

純真無垢な人間に弱い自分が心底憎い。
何故断れないんだろう・・・。

胡乱気な表情を僅かに出して再度溜息をつく。

・・・しかしあの幼馴染が芸能学校に入るとは思わなかった。
嫌がっているくせに、嫌いきれない家の命令を人形のように聞いていたあの幼馴染が、家の反対を押し切ってまで入学した、と聞いた時は驚いた。

(・・・あの堅物が、ね・・・)

実は真斗が家の意見に反抗したのはこれが初めてではない。
(具体的に言えば家ではなく使用人の藤川で話は止まっているのだが)真斗は嘗て灰音と一切関わる事を止めるように使用人から進言を受けたが真斗はそれを拒否した事がある。

勿論その事を灰音は知る由もない。


「おねえちゃん!はやくっはやくおにいちゃまに会いたい!」
「・・・・・・ええ」


因みに現在の灰音の格好は早乙女学園ではない、他校の制服だ。
白い半袖のシャツに濃い群青色のプリーツスカート。
その下には黒いスパッツ、同じく黒のハイソックス。そして焦茶色のローファー。

・・・彼女がローファーではなく安全靴や仕込み靴が欲しいという何とも物騒な考えを知る人間は幸か不幸か、本人を除き誰もいない。
彼女の幼馴染が知ればどうなるか想像に難くなかったので灰音は黙っている。
思うだけならタダだし。

閑話休題。
とりあえず見付かった場合どうすれば良いのか深く考えることをせず、ノープランで侵入する事にした。


・・・そして数分後。


「・・・・・・・・・」
「わあっおねえちゃん!このひとだぁれ?」


・・・・・・・・・それは私も聞きたい。

二人の目の前にはサングラスをかけた男の銅像がある。
灰音の青灰色の双眸はこれ以上無い位冷めているが、真衣の方は何処か興奮している。
・・・これの何処にそんな魅力があるのだろうか。


二度目の生を受けた今でも変わらずに人間に興味を持たない彼女に嘗ての伝説のアイドルの像を見てもピンと来ないのは当然のことだった。


「・・・そろそろ行かないと日が暮れるから行こうか」
「うんっ」

先を促す灰音の姿を見て真衣は破顔し足を動かそうとした。
―――その瞬間。

「やぁ、其処のレディ達。此処は他校生が入ってはいけない場所だよ?」


甘ったるい声が二人の耳に届くと同時に灰音の青灰色の双眸が細くなった。



  ♪



所変わって早乙女学園内某教室。
其処には翔とお馴染みのAクラスの3人が揃っており、音也の手には何時ぞやの雑誌があった。


「音也、またその雑誌かよ・・・」
「またって、これは今月号のだよ!同じじゃないし!」
「あ、この子また出てるんですねぇ。ふふっ小っちゃいなぁ」

翔は那月の言葉をまるっと無視し、半ばウンザリとした口調で音也の手元を見る。
もはや翔にとってその雑誌には余り良い思い出がないからである。

彼の友人の一人、聖川真斗の容姿に関する感覚がどうも頓珍漢に噛みあわない事が先日発覚した原因の雑誌。
当の本人はそれをとんと自覚していないというから性質が悪い。
翔は本人―――涼しい顔をしている真斗へと胡乱気な表情を浮かべつつ口を開いた。


「・・・なあ聖川」
「何だ来栖」
「・・・・・・・・・・・・お前、本ッッッ当に男に興味は無いんだよな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

翔の真顔での台詞に真斗の米神が波打つ。
次いでブツリ、と何かが切れる音がしたと後に音也は語る。



  ♪



視点を戻して灰音と真衣は現在進行形で嘗て遭遇したことのないタイプの人間と対峙していた。

「お、おねえちゃん・・・」
「・・・・・・・・・」

無言で真衣を後ろに庇いつつ灰音は目の前にいる男をスッと僅かに目を細めて警戒する。
敵とかそういう問題ではない。
遭遇した事のないタイプの人間とはそれ即ち、対処法が分からない事を指す。
今までの人生でこんな新手の妖気みたいなのを放つ人間なんていただろうか。
・・・否無い。


灰音に妖気と言わしめたモノは実は色気、フェロモンの類である事、また灰音がそう評したことを男は幸運にも知る事は無かった。
男にとっても彼女の様なタイプの人間はまさに遭遇したことが無いだろうから。
つまりこの二人の出会いはお互いがお互い、未知との遭遇という事になるのだが、当然現時点においてそれを知る術は無い。


「レディ、そんなに警戒しなくても良いんじゃないかな」
「・・・お、おねえちゃんれでぃって何?」
「可愛らしい女性のことを指すんだよ、小さなレディ」
「まい、れでぃってなまえじゃないもん!」
「・・・・・・・・・」

何だろうこの会話。
灰音は内心頬を引きつらせながら会話を聞き流す。
構えたのが馬鹿みたいだ、さっさと退散した方が良さそうだ。


そうと決めれば灰音は真衣を連れて退散しようと踵を返そうとした。

「って、レディ?何処へ」
「触るな触れるな近付くな近寄るな息するな面倒臭い。
後誰がレディよ、柄じゃないし此処は日本なんだから普通に呼べないのそれ何のキャラ作り?
・・・ねぇちょっと 聞 い て る の ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

今まで沈黙を貫いていたその反動がこのタイミングで跳ね返ってきた。
男―――神宮寺レンは目の前にいる儚さを体現化させた様な美少女の口から放たれた言葉に思わず凍りついた。
レンは今まで女性からこの様な辛辣な言葉、基い毒舌を言われた経験は殆ど無い。
その為この銀髪碧眼美少女の言われた言葉が余計に信じられなかった。


(・・・あ、固まった。意外と繊細なのかしら・・・)
「・・・おにいちゃん、うごかなくなったね」
「真衣、意外とおじさんかもしれないわよ」

無表情で何を言い出すのかこの銀髪美人。
このやり取りを見ていた周囲の人間は心の中で突っ込んだ。



神宮寺レンは家名も相俟って学園生徒の同性からあまり良い印象を持たれていないのが正直な所だが、異性にこれ程相手にされない上に毒舌を吐かれる場面等初めて見た。
逆に哀れに見えるのは仕方が無いという物だろう。
此処まで来るといっそ清々しさを覚える。

というよりこの幼女を連れた女子は誰だろうか。
腰まで真っ直ぐに伸ばされた青みがかかった銀髪に髪と同色の睫に縁取られた青灰色の双眸。
肌の色は髪と同じ日焼けを知らない位白い。
瞳の色を見なければ一見アルビノかと思うような容姿。
未だ凍りついて動かないレンが所属するSクラスも大概の容姿端麗な生徒が揃っているが彼女も負けてはいない。下手をすれば上回るのではないだろうか。
雪を連想するような類稀な美貌を持つ美少女ぶりであるが如何せん先程の台詞が強烈すぎた。

それはそうと早乙女学園生徒ではないのは他校の制服を着ているので其れは明らかだ。
アイドルコースの成績優秀者の一人である神宮寺レンを捕まえてあそこまでの毒舌ぶりからしてミーハーではないだろうが、じゃあ彼女の目的は何なのか。


早乙女学園生徒の視線を完全無視して灰音は真衣を連れて更に深く学園内へと踏み入れた。

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続くよ!

20120415