刀語×とうらぶネタ3

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認めたくなかったが【私】という存在は一振りの太刀に成っていた。


何というかこれだけ聞くととんでもなくイタイ奴だと思われるが事実は事実。
受け入れて貰うしかないので嘘と思われてもこのまま続けよう。
鉋達に言っても「はあ?」という表情を向けられるだろうという光景が簡単に思い浮かべられるというのがまた悲しい。

・・・閑話休題。話がそれた。


【私達】を作ったというパパン・・・げほんごほん四季崎記紀という男は刀鍛冶だ。
しかし刀鍛冶でありながら柄師、鍔師まで兼任し、刀にまつわる全ての事をたった一人でやってのけた天才的な刀鍛冶、らしい。

一応、一応父親という立場であるその男は世間では伝説などと囁かれてはいるが【私達】からすればただの変人である。
・・・まあそれは黙っておこう。
とにもかくにも私はかつて宇練家の男に振るわれていた。

―――そう過去形だ。
私を振るっていた主サマは死んでしまった。もうこの世にはいないのだ。
因幡国城主であり宇練家当主が死に絶えた事により、残った家臣たちは私の本体である刀を主君と同じ墓に埋葬する事が決定したらしい。


『・・・・・・』

他の刀は知らないが、私はこの結果で満足している。

これでもう人が死ぬところを見なくてすむ。
これでもう命の音が止むのを聞かなくてすむ。

刀とはすべからく人殺しの道具だと誰かが言った。
例外を言うなら"誠刀・銓"位だろうが・・・。
何せ名前の如く"誠実さ"に主眼が置かれて作られた、"人間の姿勢を天秤にかけるように、人によって受け取り方さえ違う曖昧な刀"なのだから。

・・・まあそれは今は置いておこう。


そんな事を考えていたらいつの間にか私の本体は元主、宇練銀閣の墓に入れられていた。
ああ、どんどん光が遠くなる。小さくなる。

思う所は色々あるが・・・手放す直前に聞こえたのは主の散り際の一言だった。


「―――これでやっと・・・・・・ぐっすり、眠れる」

ずっと眠りが浅かった主。
当主であり城主でもあった主が心休まる時間など少なかった。
そんな彼がようやく深い眠りについたのだ。


『―――お休みなさい、主』

私は瞼を閉ざしたその状態で、意識を手放した。

  ■■

時は流れ、時代は江戸。
権力者は徳川家。

いつの世も権力者に下心を持つ者はごまんといる。
今回、一振りの刀を巡って馬鹿をやらかしたのもまた、そのうちの一人だった。


付喪神が宿る曰くつきの刀を掘り起こしたその男は正しくその刀の価値を知っていた。

製作者はかつて戦国の世を支配したと言っても過言ではない伝説の刀鍛冶、四季崎記紀である事。
昔のトアル権力者が蒐集しようと試みて敢え無く断念したという十二本の内の一本である事。

その価値は計り知れない。
文字通り城一つ分建てられる位桁違いだ。

薄ら笑いを浮かべ、不穏な思考を巡らせる。


「これで俺も、―――の仲間入りだ・・・!」

  ■■

刀工、四季崎記紀が作ったとされる日本刀は合計千本。
その中でも最も完成度が高く、それぞれに特殊な機能を持っている十二本の刀。
その刀を持てば戦況さえも覆せる、四季崎の刀をより多く所有すれば戦況を優勢に進められる。

そんな刀の一振りが今、江戸幕府の一室にて献上された。


「ほう、これが四季崎記紀が作りし完成形変体刀十二本が一本・・・"斬刀・鈍"か・・・」
「しかし確かその刀、因幡国城主の宇練銀閣の墓に埋葬された筈では」
「まさか貴様、あの因幡砂漠を越えただけでなく刀を手に入れる為に墓を暴いたと・・・!?」
「なんて罰当たりな、」


因幡砂漠。
元々砂漠というものは存在した因幡国であったが因幡国城主である宇練銀閣が死亡してからほぼ同時期に急速な砂漠化が進んだ。
よって因幡国は事実上誰も住めない土地となってしまった。
更に言えば宇練銀閣の墓は因幡砂漠の蜃気楼によって守られている為、因幡城―――正式名、【下酷城】と共に"存在しない"ものとして、攻めるに難く守るに易いというまさに自然が作りし要塞となっている。

ちなみにそれは現在進行形の話である。
現将軍は正直刀の"伝説"にのめり込みすぎるのもあまり良くないと知っていた。
そうでなくば刀の魔力に取りつかれて、行き着く先はきっと身の破滅だろう。


そう、思っていたのに。


「・・・お前の望みはなんだ?××××よ」

将軍は刀の魔力に取り付かれたかのように、気付いたらそんな台詞が口からつるりと出ていた。

  ■■

ふと。
眠っていた筈の意識が何かに反応したのか、【彼】は意識を覚醒させた。

徐に霊体で顕現させると同時に三日月を宿した夜明け色の双眸がぐるりと部屋を見渡した。

『・・・おお、』

実体のない体―――つまり霊体で移動できる距離は限られている。
実体があれば本体を手にした状態で移動も自由になれるのだろうが今はそれを可能にする術が無いので一時保留。

【彼】、もとい三日月宗近は自分の意識が覚醒させるに至った理由はすぐに分かった。

足元にある、異様な存在感を醸し出している一振りの刀が原因だ。
昨日まではこんな刀は無かった。
柄や鍔、鞘と全てが漆黒の刀。

此処まで来ると刀身も漆黒ではないだろうかと予想したが生憎それを確認できる術は無い。
何度も言うが彼は実体のない存在であり、己の本体さえも触れないのだ。


さて。
この日本刀はどうも己と【同じ】であると、三日月の中で確信にも似たナニカがあった。
今は深く眠りについているらしく、気配が微弱だがこの漆黒の刀は付喪神憑きだ。

三日月は久々の同属であり話し相手に心躍った。
顔もいつもより緩んでいる気がするがそんな事は些末な事だ。
今はとりあえずこの刀と話をしたかった。


三日月は相手の付喪神が深く眠っているという事に気付いていたが、その事を彼は忘却の彼方へと放り投げたらしい。
遠慮も何も無い起こし方で新参者の刀が起きるまで声をかけ続けたのだった。

  ■■

『・・・・・・ら、』

『き・・・』


・・・誰だろう。
瞼を閉じているはずなのにいやに眩しいと感じるのは可笑しくないだろうか。

いや、というよりこの声は私に向かって話しかけているのか?
もしそうなら相手は余程の霊感があるのか、はたまた【私】と同じ存在になるんだけど・・・あ、もしかして。


『こら、起きよ』
『―――"鉋"?』

完成形変体刀十二本の中で長兄にあたる存在の名前と、さっきから誰かを呼ぶ声が重なった。


『おおやっと起きたか。待ちくたびれたぞ、思ったより眠りが深かったようだな。
・・・ふむとりあえずおはようと言ったところか?』
『・・・・・・どちら様ですか』

ほけほけと笑っている男の雰囲気はまるで好々爺だろうか。
瞼を閉じたままの状態で彼を【見る】が、分かった事と言えば私と同じ・・・そう付喪神である事。
そして何となく人(刀)のいう事をあまり聞かなさそうな感じがひしひしと伝わってくるのは気のせいだと思いたい。切実に。


『俺は三日月宗近。天下五剣の一つにして、一番美しいとも言うな。
十一世紀の末に生まれた。ようするにまぁ、じじいさ。ははは』
『・・・・・・そう、ですか』

何だろう自画自賛か。
いやその前にテンガゴケンって何ぞ。
分かった事と言えば、十一世紀末に生まれた="きょうだい"ではないという事位か。

完成形変体刀に限らず、パパンが作った刀は"鎧"みたいに奇抜のもあれば私みたいに何の変哲もない刀もあるから、瞬時に"きょうだい"と認識するのはかなり難しい。

・・・あれ、これって私も自己紹介をしなければいけない感じ?
ていうか今何年?
いやそれより此処何処?
私確か墓に入れられて眠った筈だよね?・・・合ってるよね!?


『・・・三日月殿、此処は何処ですか』
『うん?そなた此処が何処だか知らんのか?』
(知らないから聞いてるんだよぉぉぉおおおお!!)

ほけほけと笑いながら首を傾げる三日月とやらの顔に右ストレートを決めたくなったのは私が短気だからだろうか。
いや違う私は寝起きが悪いだけだきっとそうだ。
大体人が眠っていたところを叩き起こすか普通!?

『此処は江戸で、しかも江戸城だ。そなたはこの江戸幕府に献上された刀なのではないのか?』
『・・・・・・は?』



茫然と己を見る新参者―――もとい新参刀は自分がどういった経緯で此処に来たのか分かっていない様子だった。
姿を現した付喪神は、かつて平安の世を共に過ごした純白の太刀、鶴丸国永とは真逆の印象を三日月に与えた。

刀全てが黒一色である為か、霊体で顕現した姿もまさに黒一色だ。
腰程まである長い髪も装飾品が付いておらず、ただ垂れ流しにされている。
衣装も内側に白色の重ねが覗く黒曜石色の小袖に下もまた小袖と同様同色の袴。

唯一瞼に閉ざされて分からないがこの分だと瞳の色も黒なのだろうと三日月は予想した。


『江戸?・・・此処は、因幡国ではないのですか?
私は主と共に墓に入れられた筈では、』
『・・・ああ、此処は江戸であって、因幡国では無いなあ』
『・・・・・・そうか、ならば私はまた、』


―――人を斬る為に振るわれるのか。

彼女は絶望にも似たものに打ちひしがれた。
刀は所詮人を斬る為の道具。
変体刀の中でもそれが一番顕著に示されているのは"千刀・ツルギ"と自分だろう。
"ツルギ"は割り切っているから別に気にしていないだろうが問題は自分だ。
何せ精神は未だ人間のモノなのだ。
いつまで経ってもこればかりは慣れそうにない―――慣れる筈が無い。
そもそも慣れる気すらないのだから。


『・・・・・・私はもう一度寝ます。起こさないで下さい』

何故だろう。
瞼を閉ざした事で視界を完全に絶った筈なのに、目の前にいるであろう【同属】が悲しそうな顔をしたのが何となく伝わった気がした。





『おおやっと起きたか』
『・・・・・・』

瞼を閉じていても分かる。
自分の思惑通りに起きてきた自分を見て笑う男に、彼女は今日ほど実体があればと後悔した日は無かった。

数日過ごすうちに彼女は知りたくなかった事に気付いてしまった。
―――この男、好々爺の皮を被ったとんだ狸だという事に。

『起こすなと言った筈ですよね私。
何故起こすのですか、正直迷惑です』
『はっはっは、確かに起こすなと言われたが俺はそれを了承した覚えは無いのでな。
一方的な口約束なぞ守る義務もあるまい?』
『・・・』

ぐうの音も出ない。

いやしかし何故私にそんなに構うのか果てしなく謎だ。
安眠妨害しまくるこの男の顔を拝んでみようかと思ったが何となく癪な気がして結局三日月の顔を今日まで見ていないのだが。

『して、"鈍"よ。
そなたは何故瞼をずっと閉じておるのだ?
それでは四季の移り変わりを見られんぞ?』
『・・・見たくないものがあるからこそ瞼を閉じました。
それだけです』
『俺はそなたの目を見たいのだがなあ』
『私は興味ありません』

のらりくらりと言葉を受け流す鈍に三日月は軽く嘆息した。

・・・まあ今の世は比較的平和であるから、気長に待つとしようか。




そうして季節は巡る。
運命の日が音も無くやってきた。


『ほら鈍、桜だ』
『そうですか、もう春が来たのですね』

道理で暖かい筈だ、と小さく零す付喪神の目は相変わらず閉ざしたまま。
早くその瞳に俺を映してほしいと願いつつ、今日も彼女の隣りに座る。

―――彼女は、戦国の世を支配したと言われる伝説の刀の一振りらしい。
俺を美しいと褒め称え、彼女を蕩けるように見る人間がそう言っていたのを俺は静かに聞いていた。
ちなみに彼女はその時眠っていたから気付いてはおらんようだったが。

曰く、一振りにつき一国の城を買える程の価値がある。
曰く、一万人斬りを達成した刀。
曰く―――墓から掘り起こされ、徳川家に献上された刀。


彼女の他にも蒐集困難とされる刀があるらしく、いずれはこの部屋に彼女の"きょうだい"が来るのだろうか。

『三日月?どうかされましたか』
『ああ、いや何でもな、』


ばきん、

『・・・ん?』

ばきばき、

突如、自分達以外誰もいない筈の部屋から何かが割れる音がする。
三日月はくるりと何気なく視界を後ろにズラすと、人間でもないナニカと目が合った。

『な、』

青い、蒼い、青白い光を灯しながら割れた空間から出てくる異形のモノ。
三日月の本能が警鐘を鳴らす。

まずい。
これは良くないモノ。冷酷に放たれるそれは殺気であり敵意。
そしてこの異形のモノが狙っているのは―――。

ひうん、と音が、聞こえ―――


『三日月!逃げ―――』

『改竄・・・歴史・・・イテハナラナイ存在ハ、排除スル』


バキンッ


―――"斬刀・鈍"は"ありとあらゆる存在を一刀両断に出来る、鋭利な刀"であって、決して"世界の何よりも固き、折れず曲がらぬ絶対の刀"でも"守りに重きを置いた、巨大な防御力を有する、甲冑を模した刀"でもない。
故に頑丈さ、防御力は普通の刀と何も変わらない、ただの斬れ味が良すぎる刀だった。

だからこそ。
異形のモノが振り下ろした武器により"斬刀・鈍"はもう振るう事が出来ない位、致命的な傷を負ってしまった。
その傷をしっかりと見届けた、不気味な敵はまた割れた空間にその身を滑り込ませる。
それと同時に割れた空間も瞬く間に元に戻ったのだが三日月はそれを見届ける事はしなかった。

『っ鈍・・・!』

叫ぶ。慟哭する。
三日月の腕は彼女に届いたが果たして声は届いたのか。

『・・・ごめんなさい、・・・お別れ、です』
『なにを、』
『分かっているでしょうに、・・・刀として、致命的な傷を負わされ、ました・・・。
奴が何かは分かりませんが・・・まあ今となっては詮無き事、でしょうか』

青白い、不気味な敵。
数百年後にはその存在を検非違使と呼ぶのだが、今の二振りにとってはそれを知る術はない。

『・・・ああ、・・・あなたはその両の目に、その名の如く、月を持っていたのですね』
『鈍、』
『ふふ、・・・昼でも月が見れるとは・・・贅沢な、ものですね・・・』

頑なに閉ざされていた両の瞼が開かれる。
瞼の裏側に隠されていた、冬の空のように澄んだ空色の瞳に三日月の姿が映し出された。
息を呑む程、綺麗な双眸。
いつまでも見ていたいと思わせる程優しい色だった。

―――それが、彼女の散り際の一言だった。


  ■■


それと同時刻。
家鳴幕府、とある一室にて似たような事が起こっていた。

『はあ?!化け物が鉄の塊である俺達を盗もうっていうのか、ってそれは・・・!』
『え、』

『・・・鉋、どうやら私は此処でお別れのようです』
『はあ!?』


―――ふふ、・・・昼でも月が見れるとは・・・贅沢な、ものですね・・・。


・・・何処からか、そんな声が聞こえた気がした。
月とは、一体何の事だろうか。

そんな事を、反転する視界の中でそう思った。


  ■■


そうして時は過ぎて、西暦2200年頃。

時の政府が検非違使という敵を認知し、すぐに見つけ次第討伐せよと審神者にお触れを出した頃。
各地に散らばる本丸の一室にて審神者は三日月からある事を頼まれていた。

「―――主よ、その検非違使とやらの討伐なんだが今度からは俺も参加して良いか?」
「え?三日月さんがそう言うなんて珍しいね?」
「はっはっは・・・いや何、ちょっと思う所があってな?」

人の時間で言うなら、彼女と過ごしたあの日々はまさに瞬き一つ分位短かった。
だがそれでも彼女と過ごしたあの日々が色褪せる事は終ぞ無く。

―――あの青白い光を、三日月は忘れる事はしなかった。
ずっと頭の片隅に置いていた。
その正体がやっとわかったのだ、今度こそ逃がすまい。


仄暗い光が三日月の目に灯るのをこの時審神者は見逃していた。
だからこそ―――三日月がそう申し出た理由も聞きそびれてしまう事になったのだ。


『主!検非違使を無事撃破しましたが見慣れない刀剣を落としましたがいかが致しましょうか?』
『え?み、見慣れない刀って??』




三日月の決意を余所に、トアル本丸にて再び邂逅する事になるのだが―――それは別のお話である。
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