コウはまた早めに舟を漕ぎ出し、真っ暗な城のふもとに寄った。
 スイはその日もほとりにいた。地べたに横座りして、あのとろけた笑みを浮かべている。
 コウを見ると、スイはすぐに這って近づいてきた。また干物がもらえると思っているのだろうか、飼い慣らされた犬のように目を輝かせている。
 コウはスイから目を逸らし、懐から干物ではなく小瓶を取り出した。例の香が入った小瓶だ。
 コウはその貴重な香を、スイに差し出した。スイは小瓶を引ったくるようにして受け取ったが、食べ物ではないと分かると、舌を出して嫌そうな顔をした。

――これ、食べられる物?
――食べる物じゃないが、役に立つ物だ。
――でも、変なにおいがする。
――変なにおいじゃない、これはいいにおいと言うんだ。

 スイは小瓶を開けたり閉めたりして子細に眺めていたが、捨てたりはしなかった。コウは、貴重な香をスイにあげたのは間違いだったかと考えたが、物を与えるという満足感の方が勝った。

――この粉は、魚をすり潰してできてるの?

 小瓶の中の香を手に取り、まじまじと見つめながらスイが尋ねた。

――魚じゃない、貝殻だ。

 貝殻? とスイが首を傾げるので、コウは首にかけているお守りを服の下から出して示した。コウの手のひらに置かれた、紐に貫かれた三枚の貝殻を、スイは寄り目でじろじろと観察した。

――これが貝殻。じいさんからもらった物だ。
――ああ、これなら見たことある。よく川の底に張りついてるよ。

 コウは振り返って川を見た。今は暗いので水の底が見えなくて当然だが、昼間だって川の底は濁って見えない。スイはどうやって川の底を見たのだろう。不自由な両足でも潜れるのだろうか。人魚だから?

――あたしも貝殻ほしい。

 お守りの貝殻をじっと見つめてスイが言うので、コウはあわてて、これはやらないぞ、と念を押した。貝殻がたくさんある場所まで連れていってやる、とコウは言い、スイを担いで舟に乗せると、スイは奇声を上げて喜んだ。



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