リャンという男が魚を買いに来た。
 リャンはときどきコウの干物を買いに来る、高利貸しの男だった。元々この街の者ではないのだが、上手に人間関係をやりくりして縄張りを張っている。金は城に来る客に貸しているらしい。
 だからリャンは羽振りが良く、暮らし向きは庶民のそれではないはずなのだが、なぜかコウの店などにたびたび顔を出す。ここらで一番年若いコウの店をひやかしに行くのだろうと、街の皆は思っていた。
 リャンはいつも飄々としていて、仕事をしているのかいないのか、辺り一帯をほっつき歩いていることがよくあった。何を考えているか分からないその雰囲気を嫌う者も多かったが、コウはリャンのことを避けてはいなかった。リャンの上辺だけの人づき合いを、軽薄だとか不誠実ととらえず、むしろ気安く思っていた。
 それでリャンが干物を買いに訪れても、コウは邪険に扱ったりはしなかった。
 干物や燻製を眺めながらリャンはコウに、元気か? と話を振った。

――相変わらずです。

 生真面目にコウが応えると、リャンはふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべた。市井の人々が嫌うその笑みに、コウはしかし苛立ったりはしなかった。細い体を斜めに傾いで立つ姿を、格好良いと憧れた。
 魚をいくつか見繕ってから、リャンはコウに囁きかけた。

――例のあれもくれよ。

 コウは黙って奥へ下がり、小瓶を携えて戻ってきた。
 それは特製の香だった。貝殻をすり潰して作ってある、コウの祖父から作り方を教わった香である。
 コウの店が他と違うのは、魚だけでなくこの香を扱っているというところだった。
 しかしコウはこの香を、限られた者にしか売らないことにしていた。リャンや、香の噂を聞きつけた城へ向かう客たちが主な相手だ。香は大量に作れる者ではなかったし、金回りが良く暗黙の了解を心得ている人を、コウは選んでいた。
 品物を受け取り去ろうとするリャンに、ついでのようにコウは話しかけた。

――城の下に棲んでる、足の不自由な女のこと、何か知ってませんか。

 リャンは片眉を吊り上げ、尋ねた。

――なんだ? そいつに物でも盗られたか。
――いや、ただ、舟で通りかかったときに見かけたもんで……。
――知らんね。おれも城の人間全部を把握しているわけじゃないからな。

 どうしてその女のことが気になる。城の下に棲みついてる、どこにでもいるようなかたわじゃないのか。リャンに問いかけられたが、コウはうまく答えられなかった。なぜスイのことを知りたいのか、自分でも説明がつかなかったのだ。まさかその女に惚れたのか? とリャンにからかわれたのには、さすがに首を振って否定した。

――足を引きずって、手をついて這いずってるのが、陸に上がった人魚みたいだ、って思っただけです。
――人魚? その女、美人なのか。
――いや。馬鹿みたいにへらへら笑っていた。
――そんなのは伝説の人魚様とは違うだろう。人魚っていうのは、城の天辺にいるあの女みたいな、いい女のことを言うんだよ。
――人魚姫を見たことがあるんですか。
――買ったことはないが、相伴にあずかって姫が踊るところは見たことがある。見る前は正直、尾ひれのついた噂だろうと思ってたが、実際は噂以上だった。あれは本物の人魚だ。歌と舞と美貌で男を惑わせ殺す……。その湿った沼に男を導いて、溺れさせるのさ。

 そこでリャンは下品な笑みをコウに投げかけた。コウは、リャンの言葉の意図するところを完全には理解できなかったが、何かしら不快さを感じて眉をひそめた。
 そのかたわの女のことが分かったら教えてやるよ、と親切にも言い残し、リャンは去った。
 コウは、沼じゃなくて海だろう、とまだ反芻しながら、人魚姫のことを考えた。陸に上がったが死なず、尾の代わりに足を得た人魚。天上にいても、海の中にいるようにふるまう。呼吸するように歌い、泳ぐように舞う。
 コウは人魚姫の美しく艶かしい笑顔を想像しようとしたが、浮かんでくるのはスイの阿呆な笑顔だけだった。



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