四〇〇年前に花開き今なおつづく作陶法によって成された器が、和室の一段高くなった空間にうやうやしく飾られているのを、なつめ少年はいつも気にかけていた。平らな器の中では渋い紫色の小鳥が二羽楽しげに口遊んでおり、なつめはその世界に触れたく思った。
 しかし器の持ち主は彼の父親のさらに父親であり、気難しいその老人が粗忽な子供に接触の許可を下ろすとは思えなかった。なつめは誰にも言わず部屋に忍びこんだ。
 そこは母屋とは分かれた棟にある小さな部屋で、四人も入れば身動きが取れなくなるほどの空間である。鍵はしじゅうかかっておらず、低いくぐり戸からなつめは這いずって入室した。
 今日も器は同じ場所に鎮座している。なつめの目にはそこだけ輝いて見える。器の世界で遊ぶ小鳥の歌が漏れてくる。
 なつめはその世界に手を伸ばし、こわばった手の震動を器が拾った。器はそれを支えていた台からたやすく外れ、よく磨かれた床にぶつかり端が欠けた。
 折悪くなつめの恐れているこの器の主が入室した。老人は自分の息子の息子が庵に入るのを目撃していたのである。
 なつめが弁解の台詞を考える余地なく、祖父はふたあしで部屋を横切り器を拾った。赤子の耳朶に触れるように、欠けた箇所を指の腹で撫でる。なつめは早口で謝罪を口走り、衝撃に備えていたが、祖父はただ少年を自室へ招いただけだった。
 祖父は何やらこまごまとした道具を取り出し、材料を練り始めた。図書室で読んだ物語の、術師が万能薬を作る場面を、なつめは思い出した。
 なつめが見ている間に、祖父は器の欠けを練った材質で埋めてしまった。しきりに感心するなつめに対し、祖父は凪いだ湖面の瞳を向けた。埋めたい欠けがかつてあったと、老人は思い出していた。



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