夜眠る時に見る夢の話だけれど、私は温室の中にいた。
 南国の温湿度を保つようしつらえられた硝子の小さな館の中は、刺を持つ優美な花の株で満ちていた。白い一重咲きは香り良く、赤い八重咲きは華やかさを誇っていた。
 濃い黄色の小粒な薔薇が咲き急ぐ繁みの前で、義姉が小さく歌っていた。口を閉じて歌う声は、春の風音のようだった。
 義姉は自分の温室の闖入者を、拒むような愚挙は犯さなかった。ここは義姉の夢の中にある薔薇園で、夜な夜な訪れては花の世話をしていると彼女は語った。夜な夜なと言っても今いるこの世界は昼だと感じられた。温室の外に淡い光があった。
 花や葉、土の上にも、飛ぶ虫や這う虫はいなかった。けれどもどこからか病は入りこんだ。アーチに絡みつく蔓に見出だした病葉を摘み、薬が欲しいわと義姉は呟いた。
 そこで現実に戻った。私は朝一の授業を放り出し、義姉の家へ向かった。たまさか休みであった兄が応対に出た。あなたの妻に花の殺菌剤を届けに来たと言うと、兄は異星人を見るような目で私を見た。この家に庭などない、と無言で訴えていた。兄の後ろから顔を出した義姉に薬剤を渡すと、彼女は頬をゆるませ私に謝意を述べた。夢の中のできごとだと気づいてしまったのはそのあとで、しかしそれを明確に指摘しない義姉の鷹揚さこそ、私が愛する彼女の美徳の一つだった。
 私は夢の中で義姉の温室に入ることを許された。私は彼女の庭師となり、彼女の分身である薔薇の世話を焼いた。
 赤い果実酒の元となる果樹園の周りにはこの刺のある花を植えるのだと、義姉は物語った。つまり紫の果実に迫る危機を、茨が病にかかることで知らせるのだと。
 物語った翌日から、義姉の温室に彼女は現れなくなった。現実から彼女は去り、夢の中からもその存在は消えた。義姉の温室を守るのは、私一人きりになってしまったのだった。



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