目を焼くほど白い雪に 村は閉ざされていた
 重い雪に埋もれるようにある家の中 女は黙々と針仕事をしていた
 ほとほと と扉を叩く音に 女は顔を上げた
 こんな雪の日に尋ねてくるのは 化けものか死人だけだ
 と思いながら女は戸を開けた
 家の外に立っていたのは 薄汚れた布きれを纏った男だった
 男は旅の途上で 雪に閉じこめられてしまったと言う
 女は隣家への道も白い雪に覆われているのを見遣り 男を中へ招き入れた
 冬の日はすぐに暮れ 村は雪だけでなく闇にも閉ざされた
 こんなさびしい所に一人で住んでいるのか と男が尋ねると
 夫は冬の間じゅう 出稼ぎに行っているのです と
 味の薄い汁をよそいながら 女は答えた
 長い夜 雪の音はしないが その気配だけが降り積もる
 降り積もる雪のように黙々と 女は縫い物をつづけている
 何を縫っているんだ? と男が尋ねる
 夫の皮膚です と女は答えた
 男は怪訝な顔をし 聞き間違いでないと分かると 不気味そうに眉をひそめた
 女はちらりと微笑んだ 喩えですよ
 皮膚のように身に纏って 夫の体を守ってほしいと 祈りをこめて縫っているのです
 会得したように男はうなずき 訥々と語り出した
 自分の故郷では 女は嫁に入ると 自分の死装束を縫うんだ
 女が黙々と縫う姿を見て 男は思い出したのだろうか
 真っ白な死装束だ
 真っ白? まるで白無垢のようね だって花嫁なんだもの
 女は縫い物の手を止め呟いた 産着のようでもあるわね
 産着に花嫁衣装に死装束か 男は口の端を上げた どれも似たようなものだな
 俺が纏っているのも 死装束みたいなもんだ と男が言う
 いつ死ぬか分からないからな
 どういうことかと女は首をかしげた
 男は 自分は傭兵で いつも戦場にいると言った
 戦場でいつ死ぬか分からないから いつも一張羅を着ているんだ
 と男は言った
 これが俺の死装束だな
 その晩じゅう 雪は降りつづけた
 雪はその晩だけでなく その後数日降りつづけ 人々を家の中に閉じこめた
 傭兵の男は 夫のいない女の家に 雪の降る間じゅう泊まりつづけた
 ようやく姿を見せた陽の光に雪も溶け 傭兵の男は再び旅をつづけることにした
 女は男を見送るとき ずっと縫っていた羽織を男に贈った
 これは旦那にあげるものではないのか と男は問うたが
 結局は女の差し出す羽織を受け取った
 男の着ているぼろとは比べものにならない 美しい布でできている
 戦場で男は 女の作った羽織を纏い戦った
 血を吸ってその羽織は より美しくなっていくように思えた
 変わった戦装束だな と他の兵に言われると 男はいつも
 これは俺の皮膚だ と答えた
 あの男が着ているのは皮膚だとさ と噂が広まり
 男は 裸の武者と呼ばれるようになった
 男は戦から戦へと渡り歩いた
 ある国に雇われ 敵国を攻めたあと
 攻め滅ぼした地の中に あの羽織をくれた女の村もあったと知った
 男は村を訪れた 村だった場所はなにもかも焼けていた
 あの女の家ももはや影も形もなかった
 平らに焦げた地面に 弔いのつもりで 男は羽織を置いていこうとした
 しかし男は羽織を脱ぐことができなかった
 いったい誰が 皮膚を脱ぐことができようか?







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