「約束を守ってくれてありがとう」
 そう言ったリリイの服はよく見ると、魔女というより女王のようだった。夜色のドレスに透明のビーズが星のように散りばめられている。
 その姿に見覚えがあった。昔この遊園地で迷子になった時、話しかけてくれた女の子だ。それから親を探すのも忘れて二人で遊んだんだっけ。
 昔来た遊園地のことなんて覚えているわけがない、なんて嘘だった。何を考えているか分からない父の目も、ぶっきらぼうな母の手も、リリイの記憶とともに思い出せた。思い出そうとしていなかっただけだ。
「僕は約束を守れてない」
「守ってくれたよ。また一緒に遊んでくれるって」
「もう一つ、約束したんだ。きみをここから連れ出すって」
 はぐれていた親を見つけ、リリイとの別れ際、遊園地から外へ出たことがないと言ったリリイに、僕は約束したのだ。
「それは叶わない約束だから、いいの」
「叶うさ。こんな壊れた遊園地にいつまでもいないで、僕と行こう」
「私はここから離れられない。私はこの遊園地そのものだから」
 何言ってるんだ、早く手を取って、と僕が伸ばす手には見向きもせずに、リリイは真っ直ぐ立っている。
「一緒に遊べて嬉しかったよ、ばいばい、壮亮」
 不意にリリイがにっこりと微笑み、僕に手を振る。僕が伸ばす手も、激しい風に隔てられ、むなしい。
「また一緒に遊ぼう、何度でも遊ぶから! だから……」
 鏡が割れるような音がしてリリイの姿は掻き消え、僕の手は闇をつかんだ。

 握った手を開くと、何も無い地面があった。
 辺りを見渡すと、そこはただの空き地だった。街明かりにぐるりと囲まれ浮かび上がる丘だった。
 丘の上に遊園地はもう無かった。朽ちた遊具も何もかも無かった。閉園した後すぐに撤去されたんだった、と僕は思い出した。
 何も無い丘の上を、お化け屋敷の住人たちや、白馬たち、着ぐるみの鼓笛隊が通り過ぎていった。懐かしいあの音色が彗星の尾のように後を追い、やがて消えた。

   (了)




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