三年前に亡くなった友人がいる。彼は、容貌や行動にこれといった特徴は無かったが、その生活は他人から見れば少し変わっていたかもしれない。
 彼はマンションの九階に住んでいた。その部屋は端にあるため、他の部屋より狭かったが、彼にはそれで十分だった。
 彼に家財道具というものはほとんど無かった。何もない床をただ埋め尽くすのは、無数の彫刻だった。彼は彫刻を作って生活していた。
 木彫りの小さな作品は、その繊細な作風ゆえになかなか人気があるものだったが、彼は、売るために彫刻を作っているふうでもなかった。むしろ、木を色々な形に彫るという行為がただ、彼にとって必要なことなのだというふうに、わたしには見受けられた。彼はその華奢な手で、時にはごつごつとした人間を、時には柔らかい毛を持つ動物を、次々彫り出していった。
 夜になると、彼はその何もない部屋の真ん中で、彼の作った彫刻たちに囲まれて眠った。無造作に散らばる木屑の中で眠る彼は、まるで桜の花びらに埋もれる木の精のよう。せめてベッドでも置いたらどうか、とわたしがおせっかいを焼いても、彼は静かに微笑み、また毛布にくるまれて、床に直接寝転がるだけだった。

 冬に近づいたある日、わたしは彼に古いストーブを贈った。彼はまた頑なに断ったが、アンティークなストーブの形が気に入ったのか、とりあえず部屋に置いてくれた。わたしも、きっと彼はこの形を気に入ってくれるだろうと思い、わざわざ選んだのだ。
 しかしいよいよ寒い季節が訪れても、彼はそのストーブを使うことはなかった。毛布を二枚三枚と背中に重ねて、彫刻にかがみこむ彼の後ろで、ストーブは部屋の飾りに甘んじていた。

 彼の死の原因は確実に、ストーブを持ち込んだわたしにあるのだろうが、そのストーブを気まぐれに付け、そしてそのストーブが壊れていたのが、彼の運の尽きだった。
 朝、わたしが彼の部屋に行くと、彼は無数の彫刻の真ん中で桜色に染まって死んでいた。
 ストーブはくすぶりつづけていた。わたしはあわててベランダの大きな窓を開けた。眼下に広がる街を見て、わたしは彼の部屋が空に浮かんでいることを、今さらのように思った。
 わたしは部屋中に転がる無力な彫刻たちを一つ一つ、小さく見えるビルの間に投げ入れたい衝動にかられたが、そのかわり、桜色の亡骸の周りに、それらの彫刻をきれいに並べた。








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