十六夜を愛す。
 そう決めた宿儺の行動は早かった。

「十六夜が天寿を全うして死ぬまでは、術師も人間も一人も殺さん。貴様らのくだらん呪霊狩りに付き合ってやっても良い。ただし、これより先の任には全て俺をアイツの傍に付けよ。再三言うが、貴様ら術師の言いなりになってやるのは、コレの生きているうちだけだ。せいぜい命懸けで守れ」

 五条と宿儺の結んだそれは、立派な縛りであった。

 上層部では、宿儺を抑えておくために十六夜をカゴの鳥とし、森羅万象から守らねばと言う意見と、宿儺の威を借りて今こそ呪霊を狩り尽くすべきだという意見で大いにモメたが、ひとまずは十六夜が卒業するまでは十六夜の任務には五条も必ず同行することで決着がついた。当然、五条の案である。

 彼女が生きている限り、その戦力は従順に呪術界に安寧をもたらし、
 例えば彼女の命を狙うつけ呪霊が現れたとしても、その命に牙を剥いた瞬間に呪霊が魂魄ごと打ち消されることも分かりきっている。

 呪いの王の寵愛を賜る少女は、最早、ただの少女ではない。
 この世で最も尊ばれる少女となった。

 ―――ただし、そんなことは青春真っ盛りの少女たちには全く関係ないのである。今現在、十六夜の目下の問題はまったく別のところにあったのだから。


「嫌でございます」
「は?」


 千年越しの想いを告げあい、晴れて(?)結ばれた十六夜と宿儺。
 その晩すぐに宿儺は言葉巧みに悠仁を引っ込ませ、十六夜のもとへと訪れるなり、身体を隅から隅まで堪能してやろうとベッドへ組み敷いた。しかし放たれたのは上記の言葉である。

「嫌と言ったか」
「はい、申しました」

 宿儺は一拍のうちに黙り、顔を横に向けた。
 そこには今まさに十六夜の部屋でガールズトーク真っ只中であった真希と野薔薇が臨戦体制で宿儺に対峙している。

「散れ」

 そう放ち、十六夜に顔を戻した。
 これで良かろうと言わんばかりだが、そうではない。

「宿儺様」
 十六夜は呆れたように言った。

「その身体は虎杖君のものでございましょう?」

 対する宿儺もまた、何だそんなことか、と面倒そうにしている。
「小僧の承諾があれば良いのだな」
 そう言うなり、顔に浮かんだ複雑な紋様が薄らいだ。
 背後にキュウリを置かれた猫のような勢いでベッドから転がり落ちたのは、言わずもがな悠仁である。

「どんなタイミングで変わってんだクソ野郎!!小夜!さんごめんねっ!!マジで!!全部!!」

 真っ赤になっている悠仁に、
「虎杖か」
「虎杖スね」
 と真希と野薔薇は警戒を解いた。十六夜も苦笑しながら身体を起こす。

「虎杖。お前状況分かってんのか?」
「ワカンナイデス。僕何も見てないので」
「正直に言えば今なら許す」
「スンマセン!!!見てました!!!思春期なんで!!!」

 野薔薇からの鉄拳を食らった悠仁が、おずおずと目を上げる。

「………小夜さん、あのさ、俺べつにいーよ」

 それが何を意味する「いーよ」なのか、分からない十六夜でもない。
 眉を下げた困り顔で虎杖のそばに膝をついた。

「よくないですよ、虎杖くん」
「でも……」

 悠仁は、宿儺の変化を何よりも、誰よりも感じていた。
 自分の中から十六夜を見つめる眼差しに、これまではなかった目まぐるしい感情の起伏を覚えるのだ。これは動揺だった。他ならぬ宿儺自身の。

「ほら俺、別に好きな奴とかもいねーし、女の子みてーに初めてが特別ってわけでもないしさ」
「……虎杖。あんたカミングアウトしちゃってるわよ」
「、んえ?!マジじゃん!!」
「十六夜。どうすんだよ」
 真希が尋ねる。
「私としちゃ、お前らがくっつくのなんか初めから反対だし、その先なんて以ての外だ。あ、今も認めてねーからな」
 真希が言い終える前に虎杖の頬から口が現れた。

「何故貴様如きの許可がいる」
「長生きをしたければあまり驕るなよ」
「まあ、術師などしている以上ロクな死に方はできんだろうがな」
 ケヒケヒ、と笑う宿儺。

「……こういう野郎だしな。」

 十六夜は改めて虎杖に向き直った。
「虎杖くん。」
「ハイ」
「今はいなくても、あなたにだっていつか大切な人ができますよ。守りたい人や、傍にいて幸せになる人や、愛していきたいと願える相手が」

 十六夜にとって、宿儺がそれなのだろうか。
 幸せそうに語る彼女が悠仁にはよく分からない。

「その相手が、あなたを同じように愛おしく思った時、あなたが過去に心の伴わない行為をしていたと知ったら、きっととても悲しくなる……それがどれだけ善意から生まれた行動であったとしても」

 十六夜は微笑んだ。

「好きな人は、爪の先まで自分のものであってほしいですものね」
「……小夜さんて、意外と独占欲強い?」
「勿論。そうでなければ千年想いをこじらせたりなんかいたしません」

 気付けば宿儺は静かになっていた。
 納得したのだろうか、と悠仁は思ったが、決してそういうわけではない。

(愛いものよな)

 そう思えど、やはり宿儺にとって小僧の貞操など心底どうでも良く、そんなことより早く十六夜を自らのものとしたいのだ。こうなれば夜にでも改めて忍び込み、甘い言葉で説き伏せてやる他ないか。
 歪に笑んだところで、ふと動きを止める。

 目の前にいる女が、あまりに愛らしく恥じらって、小さな口を開いていたからだ。

「それに、わたくしだってハジメテなのです……。最初は、ぜんぶ宿儺様がいい」

 宿儺は決めた。
 まずは完全体を手に入れる。
 十六夜の全てを奪うのはそれからだ。

(……小夜さんってわりかし魔性の女ですよね)
(アイツは天性の人たらしだよ。……呪いまで誑かすとは思わなかったけどな)
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