9


ずっと、ずっと大昔、海で溺れたことがある。気泡の渦に囲まれながら、空よりも透き通った青に抱かれて、私は感動で水面に上がるのを忘れていたのだ。


海楼石の錠は腕に重く心に痛い、あの時は、こんなに憂鬱にはならなかったのにな。


「……オイ」
「、ぁ」
俯いて歩いていたせいで、止まっていたキッドさんの背中に顔をぶつけてしまった。鼻をさすろうにも腕を上げる力が出ない。
力なく笑えば、キッドさんは黙って私の前に屈んだ。

「キッ、」
「はやくしろ」

錠が背中に当たるとコート越しでもしんどいということで、腕ごと彼の首に回す形に落ち着いた。


「……キッドさん、距離近いですね」
「泣くなキメェ」
「本日はご迷惑おかけして本当に申し訳なかったと…思ってはいるんですが、いかんせん態勢が幸せすぎて……」
「落とすぞ」

うなじにぴたりと頬をつけていれば、香水の香りが鼻腔をかすめた。

「あれ、キッドさん香水なんてつけてましたっけ?」
「あ?……悪ィか」
「ムラムラします」
「よし分かった落とす」
「あーん冗談ですよう。でも、素敵な香りに胸ときめきっぱなしです」

首元で鼻をひくつかせて告げる。
そりゃマニキュアも自分でやっちゃうお洒落さんなキッドさんだもの。女の子をメロメロ腰砕けにしちゃう香水の一つや二つ持っててもおかしくない。

「私も同じの買って、キッドさんと同じ香りになろう」
「俺の使えばいいじゃねェか」

何言ってんだこいつ、と言わんばかりに発された言葉に、私は石のごとく固まった。「そ、たっ、そ、確かに、そうですね」
激しくどもりながら、かっと熱くなった顔を俯かせた。
(深い意味はない深い意味はない)

独占欲とか、そういうのは、たぶんない!!

(それにしても殺し文句すぎるようはああんイケメン)
(コイツほんと顔に出るな。見えねぇけど)

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