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「うわあああああああ!!か、海賊ユースタス・キッドだぁあああ!!」
「きゃーああああぁぁ、助けてぇぇダーリンンン!!」
「ハ、ハハハ、ハニー!逃げるんだぁぁああ!!」
「い、いやよっ!あなたをおいてなんていかない!!」
「だがっ」
「一緒にゴールして、賞金で旅行に行こうって約束したじゃない!!」
「ッハニー…」
「ダーリン…!!」
「ハニー、愛してホグァーっ!!!!」(ガクッ)


角を曲がったところで遭遇したカップルに開口一番叫び尽くされ、鳥肌が総立ちになるような茶番を見せつけられたため、取り合えず男の方を殴って気絶させた。
ガタガタ震える女を見下ろして、俺は口を開いた。

「そのまま寝かせときゃ殺しはしねェ」
「ユ、ユースタス……キッドッ!!このっ人殺し!」
「いや殺してねェよ」
「よくも、マイスウィートダーリンを…っ許さない」

この女。アイツと同じような匂いがしやがるな。

「ころしてやる!」
どこからか取り出したナイフをこちらに突き付けて、女はだっと地を蹴った。
溜息を吐いて手をかざした瞬間。俺の横をなまえがすり抜ける。


「そいやっさー!」
勢いづけて蹴り上げた足は女の腕に当たり、ナイフはびゅっと宙高くを舞った。
腕を抑えて尻餅をついた女の前に仁王立ちになるなまえ。

「うちの船長に物騒なもの向けないでくれる?」


その台詞をなまえがどんな表情で言っているのか、想像に難くない。
俺は、なまえを拾った当初の頃を思い返し、ふっと笑みを浮かべた。

こいつも変わったな。
強くなりやがった。



勢いよく振り返ったなまえは、俺のシャツの裾を掴むとバッと上にあげて見せる。その突拍子もない行動は、俺の理解の範疇を越えた。

「ほら!見て!この筋肉!ねえ!この筋肉美!」

「え…」

「かの万能人ミケランジェロもビックリでしょ!ダヴィデ像にも劣らないっていうか最早アイツもひれ伏して然るべきなこの筋肉美!!あなた、この素敵な腹筋にこんなもんぶっ刺そうとしたんだよ!?」

回転しつつ落ちてくるナイフを、バシッとキャッチするなまえ。
奇跡的に柄の方を握ったが、今のこの熱弁具合を見ると、刃を握ってもしばらくは気付かなそうである。

「それってすごい罪深くない!?そりゃさ、ここにこう、刀傷とかあったらかっこいいと思うけど…ていうかむしろセクシー?眺めて撮って眺め倒したいと思てしまうだろうけど!でもキッドさんの血が流れるわけだからさ!!やっぱよくないよね!?」

「いや……え?」

「ん…?でも待って。キッドさん…流血キッドさん…。弱々しくなりながらも強気な笑みを絶やさないキッドさんとか超萌え…、うん。燃える。主にあたしが。看病するチャンス巡って来るし、あわよくばおかゆをアーン(はあと)みたいな展開もあるんじゃ……。あれ?大変だ。メリットしかない!キッドさん!メリットしかない!あの、このナイフあのひとに返してリトライしてもらうっても…ほぎゃー!!!キッドさんの腹筋!!」
「やかましい!!」
「ふぎゃ!」

自分で晒したままの俺の腹筋を見て、性懲りもなく叫び出す変態。
男を気絶させたのと同じやり方でなまえも眠らせ、肩に担ぐ。
耳鳴りがしそうなほど奇妙な沈黙。
俺は振り返らず、女に告げた。

「ーーー全て忘れろ。」

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