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「…いや」
鼻血を出すわけでもなく、ニヤけるわけでもなく、ただただ見つめられて、キッドは居心地が悪くなった。
一発くれてやろうかと足を上げかけた瞬間、なまえの目から大粒の涙が零れ落ち、キッドはギョッとした。お、おい、まだ殴ってねェぞ!!

「お、おま」
「パチ子羨ましいぃぃ!!!あたしもキッドさんに急接近されたいようおうおうっ」
「いつまでひきずってんだよ!!」


そこへ、大会観覧者らしき少女たちが通りがかり、
「あのぉ、これ使ってください!」
「これもどうぞっ」
「応援してます!」
キッドにタオルと飲み物を差し入れて、きゃっきゃと立ち去って行った。

突然の出来事に返事すらしそこねたキッドだったが、すぐに、呆然として言葉をなくしたなまえの次の反応に警戒した。…何が来るか。


@泣きわめく
A不機嫌になる
B女共を殺戮に行く


…どれも知ったこっちゃねえが。

「キッドさん」

「…あ?……ンだそりゃ」

「え?何がです?」


にへら、と急に引き締まらない顔つきに変わったなまえ。予想のどれにも当てはまらない表情を、キッドは怪訝を通り越して不気味に思った。

「気持ち悪ィぞ」
「失礼なっ!プンプン」
「リペル」
「ほぶっ!ちょ、鳩尾にスプーンが」
「ニヤニヤしてんじゃねェよ」
「だって」

唇を尖らせた彼女に、無言で続きを促す。


「女の子に人気なんですよ?嬉しいじゃないですか」

「わけのわかんねェ野郎だ。そこは妬くとこだろ」

「ええ!?妬きませんよ!」

見栄を張って言っているわけでもなさそうだ。
言い切ったなまえに、キッドは不機嫌そうに眉を寄せた。(…あ?何で俺がイラつかなきゃなんねェんだ)
答えの出そうにない問いに増す苛立たしさ。
しかしそれは、なまえの一言によって一瞬で拭い去られる。


「だって、キッドさんはもう私のですから!」

「……は?」


言い終えてから照れたらしい。
やや頬を染めつつも嬉しそうに微笑む姿に、その自信はどっからくんだ、とか、テメェは俺のだが俺はテメェのじゃねえだとか、いろいろ言いたい事はあったが


「えへ、…自慢のダーリン、です!」


(可愛いとか、思っちまったじゃねェか)

不意を突かれた。

結局何も言わずに視線を逸らしたキッド。
はたから見ればこちらも十分甘々しい雰囲気を醸し出しているのだが、渦中の二人は当然そんな事には気付いていないのだった。

(えへへ…ズゴー)
(ってそれ俺の差し入れだろうが!)
(ごっごっご…ぷはぁ)
(ジジイか!)
(え?やだ、これはダメですよ!飲んだら妬きます!)(結局かよ!)

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