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「――ったく、どこに行きやがったあのアホ」

あの勢いで走っていったなら海に飛び込んだ可能性もある。というかそれが9割だが。甲板が騒がしい。

「なまえ嬢が身投げしたぞー!!!」
「またか!あのガキ!」
「今回は浮き輪持って飛び込んだらしい!引きあげろ!」

ほらな。
あいつには今一度身投げの概念を説いて聞かせてやる必要がありそうだ。
浮き輪ごと引き上げられたなまえに近付く。

「げほっごほ!!」
「テメェいい加減にしろよ」
「身投げじゃない頭を冷やしただけです。衝動的に」
「風呂場でやれや!」
「キッドさん!!」

なまえの澄んだ目に見上げられて、俺は拍子抜けした。

「私、ようやく分かりました。
どうしてキッドさんが権利をくれないのか」
「.....いや、どうせテメェは分かってねェよ」
「分かりましたったら」

軽く笑いながら大の字になる、びしょ濡れのそいつからは、嫉妬やら何やらの負の感情は感じない。
あくまでさっぱりと、まるで憑き物でも落ちた様子だ。

「だって海に落ちた時、見上げてしまったんです。
そうしたらバッチリ目が合って.....それで思い出しました。
キッドさんは私の大好きで愛おしいフォーエバーマイダーリンだけど、その前に、絶対に誓っただろうって……あの人に」

仰向けになったまま、なまえは真上で風にはためく海賊旗を指さした。ジョリロジャーの真っ白くくり抜かれた目玉がこちらを見下ろして笑っている。

どうやら、こいつは本当に自力で気付いてしまったらしい。

「キッドさんは、この旗を掲げると決めた日に、権利は全部手放したんですね。持っていると奪われるから。いっそ全部くれてやったんだ。.....ね、そうでしょう?」
「だったら、どうする」
「どうもしません。」

なまえは諦めたように言う。

「私は今まで通り、この船で一番キッドさんに愛を捧げるだけです」
「甘ェな」

俺となまえを囲むように、クルー達が様子を見て黙り込んでいる。ただならぬ雰囲気を感じたらしい。

「俺はお前の全権利を持ってる。この船に乗っておる限り、お前が生きるも死ぬも俺次第だ」
「その通りです.....今更だけど」
「だが、俺が仕方なく、テメェに渡してるもんがあるのを知らねェだろ」

なまえのふたつの目がパッと広がった。
答えに思い至ったからか、俺が急に距離を詰めたからか理由は分からない。そんなのとっくにどうでもいい。俺はぽかんと間抜けな唇を、真昼の太陽の下で奪った。
呼吸の隙など与えず、押さえ込んで、腹の底に溜まりかねた欲望の渦を僅かに垣間見せる。なあ、


「握って離すなよ。
齧り付いてしがみついて、
絶対に他のやつにやるんじゃねェぞ」


お前のはち切れそうに脈打つ心臓の隣で、こんなに毎度、馬鹿らしいほど、同じ鼓動で心臓が騒ぐ。
全部全部テメェのせいだとこれからじっくり分からせてやろう。


「覚悟しろ、バカなまえ
お前は死んでも、絶対誰にもやらねェよ」

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