それからどういうふうにしてお屋敷に戻ったのか、私はよく覚えていない。ジェームズ達は無事だろうか。ダンブルドア先生には、はじめから終わりまで迷惑をかけっぱなしだったなぁ。

「なまえ」

ぱっと目を開くと、こちらを見下ろす赤い瞳とかち合った。それがゆっくり細められて、私の状態を見極めていることが分かる。

「……寝てました?私」
「阿呆」

体を起こそうとすると、頭ごと枕に押し付けられた。起きるなということらしい。

「屋敷に帰ってすぐ倒れたのだ。随分と無理をしたらしいな」
「……無理」

寝不足っちゃ寝不足だけど、無理したというほどのことは何もしてないような気がする。(せいぜい全校生徒をアニメーガスもどきにして、ヒバードを大量生産して、ルシウスを石にしたくらいだ。……うん、意外と頑張ってたな私)

「ヴォルデモートさん、ダンブルドア先生は、私がこの世界に来た理由を知ってました……」

ヴォルデモートさんは何も言わず、私の話をただ黙って聞いていた。

「私はもと居た世界にいる大切な人たちを守るために、……守る手段を身に付けるために、ここへ来たんだって。つまり、魔法を」
「何故あの老いぼれがそんなことを知ってる。お前はそれを信じるのか」
「この世界のユニは死んじゃったんだって。ダンブルドア先生は、この世界のユニと会ったことがあるって言ってました」

私は、スカートのポケットに入れていた、割れたおしゃぶりの欠片を取り出した。これは彼女が肌身離さずずっと持っていたものなのだ。

「私が元居た世界が、ユニが生きてる最後の世界…。もう、そこにしか、ユニは居ないんだって」
「……パラレルワールド?そんなものを信じろとでも言うのか」
私は頷いた。

「証拠ならずっと、あなたの傍に居たじゃないですか…
ヴォルデモートさん」

私は違う世界からやってきた。
それも、こちらの世界の知識を確かに持ってここにいる。全部最初から決められていたことだったんだ。

私は、何の感情も読み取れないヴォルデモートさんの手をぎゅっと握って、顔を上げた。

「ヴォルデモートさん、私、ここが好きです。
ヴォルデモートさんとチェスしたり、怒らせたり、ルシウスをからかったり、ナギニをからかったり、死喰い人の皆さんをからかったりする毎日が、すき」
「お前は、ろくなことをせんな」
「へへ。……でも一番は、卿の隣にいるのが好きです。安心するから。……させてくれるから。」
「……」

ヴォルデモートさんは、もう私の言わんとしていることを理解していることだろう。べらぼうに頭がいいからな。

「あちらとこちらでは、時間の流れが違うそうだな」
「たぶん」
「私は常に、私の目的のために行動していることだろう。必ずしもこの屋敷にいるとは限らない」
「大丈夫、見つけ出します」
「……腕を出せ」
「は、…え!痛いのは嫌です!!」
「闇の印など刻まん。早くしろ」

おずおず、腕を差し出す。
そこに杖を押し付けたヴォルデモートさんは(すでに痛い!!)、ボソボソと呪文を唱え始めた。すると左腕の内側にじわりと赤い薔薇の刺青が浮かび、たちまち手首に蔦が巻き付き始める。

「っ、づ……い、いだいっ……痛い、ですよ!?」
「もう暫くの我慢だ」
「うううっ…!!」

皮膚にジリジリ焼け付けるように、ゆっくり蔦が巻き付いていき、ようやく薔薇の刺青の反対側で繋がった。汗ばんだ腕をひっこめようとすると、すぐに腕を掴まれてしまう。
「まだだ」
「ちょ、卿……もうや、です……!」

今度は薬指に杖先が向けられる。再びあの痛みに襲われるかと思えば、今度は痛みはなく、杖先から飛び出した細い蛇がそのまま皮膚に溶け込んで痕になった。
指の根本に二重にとぐろを巻いた緑色の蛇だ。


「……私の左腕の不良度数が一瞬で跳ね上がりました」
「ブレスレットと指輪と思えばいい」
卿は満足そうにそれらを眺め、頷いた。


「赤い薔薇は、対を成す薔薇のある場所へと主を誘う」
「対って…」
私ははっとして卿の腕を見た。
そこには、私同様に薔薇と蔦の巻き付いた刺青が浮かんでいた。

「これで迷わず俺様の元へ戻ってこれるだろう」
「ヴォルデモートさん……」
感動して目を潤ませた私に、「そして」と言葉を続けるヴォルデモートさん。

「…薬指の蛇は呪いだ。破れば薬指が爆散するだけでなくその血の飛沫を被った箇所全てが裂傷をおこす」
「闇の魔術過ぎるんですけど。爆散するとかやる前に一言かけてほしかったんですけど」
「ぐだぐだ抜かすな。貴様が破らなければいいだけのこと」
「な、何をです?一日一善とかはたぶん無理ですよ?」
「馬鹿め。俺様がそんな無意味なことをさせると思うか」

そりゃ、卿の部屋に「一日一善」なんて張り紙が張ってあったらそりゃもう、ビビる。終末すら疑うレベル。

「じゃあ、一体何を誓えば」
「お前が私に、誓おうとしていることだ」

ヴォルデモートさんは私のローブと鞄を投げつけてそう言った。
(やっぱり、もう全部筒抜けってわけか…)
私は思いがけず露にされた独占欲をくすぐったく感じながらも、卿の左手をとって薬指に口づけた。
恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。

「必ず、またあなたの隣に帰ってきますから」


バチン。
私は身体中引き伸ばされるようなメチャクチャな感覚を存分に味わったあと、白いコンクリの床に投げ出された。
最後に見えたヴォルデモートさんの口許には、わずかな笑みが浮かんでいたように思う。

「…………ていうか、こんな簡単なことだったんだ」
底の知れない魔力は、日に日に増していく魔力は、きっと時空を跨ぐ必要があったからだ。

立ち上がって辺りを見回す。
ここは、見慣れた並盛中の屋上だった。

(帰ってきたんだ)
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